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176 女神フレイヤ

「……話は終わったようだな」


「おかげさまで」


「あのメイドはどうしてる?」


「寝た。俺のことで心配して、最近眠れてなかったらしい」


「そうか。あの子にも、しっかりと謝らないといけないだろうな」


 太陽が大広間に戻ると、そこには女神フレイヤしかいなかった。

 エリスとアルカナはどこかに行っているようで、姿が見えない。


「あれ? 一人だけか?」


「そうだ。あの二人には退出してもらった。私と貴方だけで、少し話がしたいのだ」


 金髪金眼の、美術品のように美しい女神が太陽に言葉をかける。

 それだけで男ならドキドキしてもおかしくないのだが、彼女は神だ……そのような感情を抱くことさえ失礼だと思ってしまうような威圧感がある。


 故に、美女の前でも太陽はドキドキせずに平静を保てていた。


「なぁ、話の前に服とかくれない? 裸だと落ち着かなくて」


「……貴方はこの状況にいるというのに、不思議な人だな」


 女神フレイヤは頬を緩めてから、虚空より衣服を出現させた。


「貴方の世界にあるのと同じような衣服だ。これで良いだろうか?」


「うん、助かる。じゃあ、あっち向いてて」


「……? 何故だ?」


「い、いや。着替えるから……」


「あ、ああ。そういうことか……すまない」


 フレイヤは慌てたように後ろを向いた。

 その間に、太陽は素っ裸になる。


 着替えの衣擦れ音がやけに大きく響いていた。

 なんとなく、気まずい空気が流れる。


 その沈黙をイヤがったのか、フレイヤの方から太陽に言葉をかけた。


「……見られたら恥ずかしいのか?」


「べ、別に恥ずかしくないけど!?」


 太陽は上ずった声を返す。

 強がっているが、彼は自分の体に自信がないので裸はなるべく見られたくない派である。


 特に息子さんが立派とは言い難いので、そこが少しコンプレックスなのだ。


「お、お前だって裸見られたら恥ずかしいだろ! 男だってそうなんだよっ」


「……そういうものだろうか。私は別に、気にしないが」


「けっ。やっぱり外見に自信がある奴は言うことが違うな……」


 太陽は恨めしくフレイヤを眺めながら、着替えを進める。

 後ろ姿だけでも彼女の容姿は絵になっていた。


 フレイヤはおっぱいが大きいとか、ムチムチしているとか、そういう体型ではない。甲冑に覆われているので分かりにくいではあるのだが、アルカナなんかと比べるとかなり細身である。


 どちらかといえばスレンダーだ。エリスもタイプ的にはそちらなのだが、彼女と比較してもフレイヤは細い。


 しなやかな体だ。モデルみたいだなと、太陽はぼんやり思っていた。


 だが、その認識はフレイヤと大きく異なっていたようだ。


「貴方は何を言っているのだ? 私は自分の外見を良いとは思っていない。こんな貧相な体を見たところで、誰も何も思わないに決まっている。それを理解しているからこそ、私は裸を見られても気にしないのだ」


 過剰なまでに、彼女は自己評価が低いようだ。


「神ではあるが、他の神と比べると特に実感する。醜い、とまでは言いたくないが……こんな容姿でありながら、裸を見られて恥ずかしがること自体にも気後れするよ。私ごときが自意識過剰になるな――と」


 こいつは何を言っているのだろう?


 太陽はポカンとしていた。

 何せ、言葉と事実が食い違っている。フレイヤは綺麗だし、女性らしい。なのに彼女自身は、自分の容姿を見るに堪えないと卑下しているのだ。


「……え? 何それ、神様の世界で流行っているギャグとか?」


「ギャグなら、嬉しいのだがな。残念ながら事実だ……」


「えぇ……マジかよ。そんなに綺麗なのに、本気でそう言ってんの?」


「綺麗などではない!」


 思わず、といったところだろうか。

 フレイヤは大きく声を上げて、太陽に振り返った。


「あ…………」


「…………あ」


 目を見開いて、お互いに動きを止める。


 フレイヤはばっちりと見てしまった。

 ちょうど、パンツをはきかけている太陽を――フレイヤは、見たのである。


 太陽もばっチリと見てしまった。

 太陽のあそこを見たフレイヤの顔を、しっかりと見てしまったのである。


「ぬぁあああ!? まだ着替えてるんだけど!?」


「ど、どうして下を先にはかないのだ!? そこは真っ先に隠すべきところだろうっ」


 慌てて視線をそらすフレイヤと、焦ってパンツをはく太陽。

 シチュエーションが逆なら美味しいシーンだったのだが……太陽は現在着替えを覗かれている側なので、あまり楽しくはなかった。


「はぁ……もうこっち向いてもいいぞ」


「……ちゃんとはいたか?」


「もちろん」


「もろちんだと!?」


「そんなわけあるか! 大丈夫だからっ」


 振り向くように促せば、フレイヤは恐る恐ると言わんばかりに太陽へと振り向いた。

 その顔は真っ赤に染まっている。こういうのには弱いようだ。


「…………っ」


 見てしまったことで羞恥を感じているようで、彼女は落ち着きなく視線を動かしている。

 一方の太陽は、ジト目だった。


「何だよ……何か、言いたいことでも?」


「い、いや。なんというか……初めて見たのだが、意外に可愛い形をしているのだな」


 もじもじしながらそんなことを言い出したフレイヤに、太陽は頬を引きつらせる。


「こ、子供にも優しいのが長所だからなっ。別にサイズなんてどうでもいいんだ……大切なのは、気持ちだから!」


 強がっているが、彼はちょっと泣きそうだった。


「わ、私は別にそれが悪いことだとは言ってない! 他の神からは、凶悪だとばかり聞いていたので……私は好きだぞ! 優しい感じがして!!」


「それはもうフォローになってないし……お前って、結構むっつりスケベだな」


「む、むっつり!? 私はそんなことないっ……」


 プルプルと震えて拒絶しているが、太陽のあれをガッツリ見たり、『もちろん』を『もろちん』と聞き間違えたりしているので、エッチなことに興味があるのはバレバレだった。


「――ってか、本題は? まだ話すらしてないぞ」


「……そ、そうだな。話を、するのだったなっ」


 まだ始まってすらない話し合い。

 太陽は息を吐きながら、話を元に戻す。


「そ、そのだな……えっと、なんだっけ」


 しかしフレイヤの顔は、まだ赤く染まったままだった――

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