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174 そして彼女のお話

 さて、この世界において加賀見太陽は死んだことになっているわけだが。

 そうなると、必然的に彼女がどうなっているか気になるところである。


「はぁ……とりあえず、俺はどうすればいいんだ?」


 と、太陽が女神フレイヤに今後のことを聞こうとした時だった。


 広間に、一つの人影が飛びこんできた。


「――っ」


 その人物は、加賀見太陽を視認した瞬間に目を大きく見開く。


「…………」


 次いで彼女は、露出の多いメイド服を揺らしながら太陽の方に歩み寄った。


 目元には大粒の涙が浮かんでいる。


 それを拭おうともせず、真っすぐに太陽を見据えていた。


「お……」


 太陽も彼女に気付いたようで、親しそうな笑顔を浮かべて手を上げてきた。

 その瞬間にはもう、彼女は何もかもが我慢できなくなっていた。


「――ご主人様っ」


 彼女は、太陽に飛びつく。

 太陽が裸なのもまったく気にせずに、その体を力いっぱい抱きしめた。


「えぇ!? ちょ……ぬぉお」


 不意打ちの抱擁に一番驚いていたのは太陽だった。


「お、おっぱ……おっぱいがっ」


 布越しに感じるたわわな感触が太陽を動揺させている。

 そのくせ、やはり嬉しいようで鼻の下を伸ばしている様は、とても気持ち悪かった。


 だが、それでもなお彼女――ゼータは太陽を離さない。


「ご主人様、ですよね?」


 確認するように、ゼータが太陽に顔を近づける。

 美しい瞳が、太陽を映していた。


 綺麗な顔立ちのゼータに見つめられて、太陽は少し視線をそらしてしまう。


「お、おう……」


 しどろもどろになっていると、ゼータは太陽の顔を両手で掴んで固定した。

 まるで、目をそらさないでほしいと言うように。


「こっちを、見てください……」


 震える声は、涙と共に零れ落ちる。


「やっぱり、生きてました……死んだなんて、ゼータは一度たりとも信じませんでした」


 でも、彼女は涙を流す。


「だけど、不安でした。ずっと、会いたかった……ご主人様がいなくなって、ゼータは諦めずに待ち続けていました」


 ゼータは、太陽のおでこに自分のおでこを合わせる。

 その体温を確かめるように、生きていることを実感するために……強く強く、太陽に体を押し当てる。


 おっぱいが当たっていようとも、そんなのどうでも良かった。


「生きてます……ご主人様は、生きております」


「し、死んでは、ないな」


「……なら、いいです。それだけでゼータは、嬉しいです」


 そう言って彼女は、太陽に抱きついたまま泣き始めた。

 声を押し殺した、すすり泣く声が広間に響き渡る。


「申し訳ありません……少しだけ、このままでいさせてください。ご主人様に、触らせてください」


「うん……いいよ」


 縋りつくゼータに、太陽はようやく冷静さを取り戻した。

 突然のおっぱいで動揺していたが、彼女が泣いているのを見て気を引き締めたのである。


「その、ごめんな? なんか、死んだことになってて……」


 慰めるように抱きしめて、頭を撫でてあげる。

 綺麗な髪の毛をすくように手を動かせば、ゼータはくすぐったそうに身をよじらせた。


 だが、拒絶はしない。

 むしろ、もっと触ってほしいと言わんばかりに、頭を押し付けてきた。


「いいえ。信じておりました。ご主人様が、死ぬわけないと……分かっております。ゼータは、ご主人様のことを理解してますから。ゼータを残して死んでいくわけがないと、信じていましたから」


 嘘だと、太陽は分かっている。

 この言葉が、虚勢だということくらい、女心に疎い太陽でも察していた。


 きっとゼータは、太陽が死んだと聞かされて相当ショックを受けたのだろう。

 現に、太陽と再会して泣きつく程度には、落ち込んでもいたはずだ。


 そんな彼女を見て、太陽は胸を痛くする。


(ったく、俺は何をやってるんだよ。ゼータを泣かせるとか、バカやってないでさっさと帰って来いよ……)


 同時に、憤りも感じていた。


 ここにいる太陽は、現在ここにいるゼータの知っている太陽とは少し違う。

 加賀見太陽であることには変わりないが、言ってみれば別人なのだ。


 そのことも、しっかりとゼータに伝えなければならない。

 騙すという選択肢は太陽になかった。


 ゼータに対しては、誠実でありたいと思っている。


 太陽にとってゼータとは、身内であり好きな人なのだ。

 誰よりも……何よりも、優先するべき存在でもある。


 故に彼は、押し黙っているフレイヤや王女様との会話を中断することにした。


「ごめん。ちょっと、ゼータと話してくる。話はまた後で」


「了解した。待っている……」


 フレイヤの了承を得たところで、太陽はゼータを抱き上げて広間の外に出た。

 城は半壊こそしているが、広間を出ると多少はマシになっている。少し歩いて、客室と思わしき部屋に入った。


 誰もいない部屋で、太陽はゼータと二人きりになる。


「ゼータ? そろそろ降りてくれない?」


「……降りないと、ダメですか?」


 二人きりになったことで、ゼータは先程よりも更に太陽に密着していた。


「だ、ダメってわけじゃ、ないんだけど……」


 なんだか甘えられているようで、太陽もまんざらではない様子である。

 ゼータは普段あまりこういう態度を見せないので、新鮮な感覚でもあった。


「できれば、もっと強く……抱きしめてくれると、ゼータは嬉しいです」


 しかし、話はきちんとしなければならない。

 伝えたいことがたくさんあるのだ。


 だから太陽は心を鬼にする。


「うん、分かった! 好きなだけ、抱きしめてやる」


 心を鬼にして……だが辞めた。

 ゼータが可愛かったので、とりあえず彼女の言う通りにすることにしたのである。


「い、痛くないか? 結構、強めなんだけど」


「……ゼータは、痛いのも好きです」


 柔らかく微笑むゼータは、心から幸せそうである。

 他世界のゼータは、太陽が知る彼女以上にデレデレだった――

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