16 災厄級クエストとの再会(笑)
「はぁ、はぁ……っ! 【生贄召喚】って疲れるのよねん。でも、おかげでどうにか炎龍ちゃんを呼ぶことができたわ」
炎龍を召喚したシリウスは肩を上下させて荒い息を吐き出していた。額には大粒の汗が浮かんでいる。
『人間……貴様はぁああああああ!!』
炎龍は大口を開けて咆哮している。しかも、なんと言葉を喋っているようだった。以前討伐した時は人間の言葉など喋っていなかったというのに、である。
というかそもそも、炎龍は死んだはずなのだ。
「なあ、この炎龍ってあの炎龍だよな? 炎龍山脈に封印されてたやつ。あれなら俺が討伐したはずなんだけど」
『黙れ! 人間、殺す……貴様を、殺すぅううううう!!』
どうやら炎龍は相当太陽に恨みがあるようだ。今にも襲いかからんと太陽を睨みつけている。
しかし、シリウスに制御されているのだろう。いくら睨みつけようとも、攻撃に移る気配はなかった。
「はいはい、炎龍ちゃんはちょっと黙ってなさい」
『ぐ……ぅ』
シリウスの言葉一つで途端に口を閉ざす炎龍。それを見ても分かる通り、炎龍は完璧にシリウスの召喚獣になっているらしい。
「この子は確かに死んでるわよ。でも、アタクシが魂を召喚したのよん……二十体もの召喚獣を依代に、炎龍ちゃんは再び生き返ったとも言えるわ」
更に、補足するかのごとくシリウスは得意げに言葉を続けた。
「この生贄召喚はね、生死関係なく召喚獣を呼べる上に、しかもその召喚獣の能力を強化できるのよ! 凄いでしょう? あなたが倒した炎龍ちゃんと同じとは思わないことねん」
「……あれ? でも、召喚って契約獣しかできないんだろ? お前いつ炎龍と契約したんだ?」
「うふふ。アタクシには【魅了の幻惑】っていうスキルがあるのよ。このスキルのおかげで、召喚した子に嫌われたことはないわん。ほとんど強制的に、契約が結べる」
だからこそ、ああやって伝説級の召喚獣を何匹も従えることが出来ているのだ。改めて感じるシリウスの強さに、太陽は意識を集中させる。
「そうか。じゃあ、こっちからも行くぞ」
相手は炎龍。強化されているとはいうが、どれくらい強くなっているのか。
試しに太陽は、以前炎龍を葬った魔法を放つことにした。
「【炎熱剣】」
前に、炎龍山脈ごと炎龍を真っ二つにした魔法である。
前回と同じ炎龍ならこの魔法で死ぬはずだと、そう思っての一撃。
しかし、やはりこの炎龍は前回と違った。
『温い……温いぞ、人間!!』
火炎剣を受けて、しかし炎龍は生きていた。それどころか傷一つないようである。
「甘いわねん。言ったでしょう? 強化されてるって」
それにしても耐久力が高くなりすぎているような気がした。まあ、ミノタウロスも生贄にされていたので、その性質を多少なりとも引き継いでいるのだろうと太陽は推測する。
(厄介だな……)
ただでさえ火炎耐性の高い炎龍。太陽の魔法でも、通用するかどうかちょっと分からなくなってきた。
「【地獄の業火】」
今度は中級魔法を放つ。火力不足を考慮して、魔力の消費を理解した上での攻撃だった。
『グルァ……無駄だ、人間!』
それでも、炎龍には効かない。
相当強化されているようで、赤黒い大炎でさえ燃やしつくすことはできなかった。
「今度はこっちから行くわよん? 炎龍ちゃん、やっておしまい!」
『【灼熱熱線】!!』
次いで、炎龍が咆哮する。
炎を一点に集中させた熱線は、大地を抉りながら太陽へと直撃した。
「――っ」
以前とは比にならない威力。熱にこそ負けはしないが、衝撃には耐えられなかった。吹き飛ばされ、地面に身を打つ太陽。
『フハハハハハハハ!! 死ね、人間! 死ねぇえええええええええ!!』
炎龍も元気が良い。太陽を圧倒しているのが楽しいらしく、機嫌よさそうに熱線を放ち続けていた。飛び上がり、上空から太陽へと咆哮を続ける。そのせいで太陽は地面に磔にされ、身動きがとれなくなってしまっていた。
(……痛くはないけど、どうにもならんな)
例えるなら、強い風に身動きがとれなくなったような。太陽にとって炎龍の攻撃とはその程度でしかなかったのだが、しかしそれが酷く腹立たしかった。
「おほほほほ! これでアタクシの勝ちねん。炎龍の炎に焼き殺されなさい!」
少し離れた場所からはシリウスの高笑いが聞こえてくる。恐らくは、炎龍こそシリウスにとっての切り札だったのだろう。負けるわけがないという自信がよく伝わってきた。
太陽という最強を前にして、シリウスは自らの最強を示していたのだ。
その様に、太陽は思わず苛立ってしまった。
熱線に身動きがとれないまま、地面の上でぼんやりと思考する。
(めんどくさいな……っていうか、俺はなんでチマチマ戦ってるんだ? 今まで小技でしか戦ってこなかったから、無意識にセーブしてたのか……?)
ふと気付いたのは、自分の選択が甘いことについて。
低級魔法も、あるいは中級魔法も。太陽にとってそれらは小技に過ぎない。それはそれで本気で取り組んでいるものの、だからといってこれが太陽の底力なのかといわれれば、そうでもなかった。
太陽の強さとは、人間ではありえないほどの膨大な魔力と魔法を暴走させることに特化したスキルである。
つまり、何が言いたいのかというと……太陽が得意なのは、魔法などの指向性を持たせた戦略的攻撃ではない。
『無差別な大規模攻撃』こそ、彼の真骨頂ということだ。
「よし、やるか」
ぽつりとそう呟いて、太陽は右手をかざす。
ゆっくりと、しかし着実に……己の体内から、魔力を右手に注いでいく。
そうして、膨大な魔力が太陽の右手に収束させて圧縮した。
もうこれ以上は無理だなと彼が判断したところで、一つの魔法を発動する。
「【超新星爆発】」
それは、太陽のオリジナル魔法。
ただただ膨大な魔力を圧縮して、火炎の魔法と同時に解放するというだけの単純な魔法である。
だが、その威力は――まさしく、超新星爆発のごときものだった。
「『え』」
シリウスと炎龍の声が重なる。
その時にはもう、空間から色という色は消し飛んでしまっていた。
大爆発――では足りない、超大規模爆発。
最早音を知覚することはできなかった。周囲数十キロほどは熱風と爆風に地面が抉れてクレーターとなってしまう。
大気は焼け焦げ、雲は消し飛び、大地は砕ける。それほどまでの一撃に、シリウスと炎龍が無事で済むはずがなかった。
爆発が、辺りを蹂躙してしばらく経った後。
「く、ぁ」
裸のシリウスが、地面を這いながらうめき声をあげた。
それを見て太陽は感心したように一つ頷く。
「流石はギルド最強の【超越者】。これでも死なないんだな」
「え、炎龍ちゃんを、盾にして……ようやく、ってところよ」
シリウスの言葉に、太陽は更に一つ頷いた。
「なるほど。あの炎龍はまた瞬殺されたのか……弱いな」
その言葉に、シリウスは乾いた笑いしか返すことができないのだった。
「アナタが、強すぎるの……よ」
そう言って、パタンと気を失ってしまう。
最強の少年は、苦戦しようとも結局は最強のまま。
たった一撃で、相手を葬りさったようだ。
「……こんなの、戦いでも何でもない」
己の手のひらを見つめながら、太陽は小さく呟く
勝ちはした。だが、満足はできていなかった。
「ただの、『蹂躙』だ」
例えるなら、足元の蟻を踏み潰すかのような。
達成感も何もない、当たり前のことでしかない勝利を喜ぶことなどできるわけなかった。
後に残る虚しさに、最強は無言で目を閉じる。
こうして終わった最強と最強の戦いは、人間を辞めたチート野郎の勝利で幕を下ろすのだった――