15 最強はオカマに苦戦する
「【召喚】――『氷龍』」
不意にシリウスが召喚したのは、水色の龍。
『ギギャァ……』
鱗の表面が凍結しているその龍は、出現すると同時に周囲一体を凍らせ始めた。
パキパキと、地面が氷で覆われていく。大気もかなり冷えてきたようで、吐く息もまた白くなっていた。
「……どういうつもりだ?」
「決まってるじゃない。熱には強いけれど、冷気にはどうなんだろうって思っただけよん。もしかしたら、苦手なんじゃないかと思って」
氷龍。その名の通り氷属性の龍である。触れるものを全て凍らせるほどの冷気を有し、その場に居合わせただけでも凍え死ぬといわれている恐ろしい龍らしい。
そんな龍の出現に、しかし太陽は平然としていた。
「冷たいのは苦手じゃないぞ? 俺は炎の魔法使いだ。熱を生み出す方法ならいくらでもある」
そう言って、彼は右手をかざした。
「【火炎】」
発したのはただの炎。されど、太陽の膨大な魔力のこもった炎だ。保有する熱量は凄まじく、地面を覆っていた氷が一気に溶けて蒸発してしまった。
『グギャァアアアアア、ァ……』
あまりの熱に、氷龍の方が先に参ってしまったらしい。苦しそうなうめき声をあげて地面に倒れ込んでしまった。もう、起き上がる気配はない。
「あらん? こっちが熱に耐えきれなかったみたいねん……なるほどだわ。地力が違うから、間逆の属性をぶつけても意味がないのね」
氷龍がやられても、シリウスは動揺一つ見せない。氷の蒸発によって熱気も凄まじいはずなのだが、肉体に召喚した【火炎魔神】がいるのでで何ともないようだった。
「趣向を変えようかした……【召喚】――『不死鳥』『天馬』『ミノタウロス』」
次いで、三体の召喚獣が出現した。炎を纏う鳥『不死鳥』、羽根の生えた馬『天馬』、大斧を持った人型の牛『ミノタウロス』。
どれも神獣クラスの召喚獣である。三体を同時に召喚して、シリウスは好戦的な笑みを浮かべていた。、
「物量で押す作戦にしたわん。一体一体がとてもつもない力を持ってるわよん……さあ、アナタはどうするのかしら?」
挑発するような言動に、太陽はわざと乗るかのごとく魔法を放った。
「【爆発】」
全てを一掃する爆発の魔法。これを受けたが最後。普通の生物なら熱と爆風によって形を残さないし、普通の生物でなくとも戦闘不能には陥るであろう絶大な一撃。
だが、今太陽が相対しているのは……伝説級の、召喚獣なのだ。
そう簡単には上手くいかない。
「――っ!?」
太陽は目を見張る。三体の召喚獣が、爆発の魔法を受けて……まだ生きていたからだ。
不死鳥は炎の直撃を受けて一瞬絶命したが、しかしすぐに復活した。不死の性質のせいで倒せなかったのである。
天馬は持ち前の機動力を活かし、爆発の魔法を見るや否や上空へと飛び立った。爆風の及ばない場所に避難したがために倒せなかった。
ミノタウロスは、単純に耐久力が高いようだ。熱も、爆風でさえも、耐えきったミノタウロスは真っ直ぐに太陽へ向かって突撃してくる。
どれもが凄まじい力をもっている、といったシリウスの言葉はどうやら本当のようだった。
「ちっ……【火炎の矢】【火炎の矢】【火炎の矢】」
舌打ちを零して、今度は火炎の矢を三つ放つ。不死鳥、天馬、ミノタウロスに向けての攻撃だった。
だが、爆発さえも防いだ三体の召喚獣に、火炎の矢が効くはずもなく。
先程と同じ結果が生まれるだけだった。不死鳥は蘇生し、天馬は回避し、ミノタウロスは耐える。
「やっぱりか」
半ば予想できていたので驚きはないが、攻めあぐねて太陽はため息をついてしまった。
その隙に、三体の召喚獣が襲いかかる。
『『『――――!!』』』
言葉にならない雄たけびをあげながら、突貫してきた。
ミノタウロスは斧を振るう。不死鳥は捨て身の体当たりをしかけてくる。天馬は頭上から降下してその蹄で踏みつぶそうとしてくる。
「【火炎魔法付与】」
太陽は即座に付与魔法を自らの体にまとい、それらの全てを対処した。
大斧を熱で溶かし、不死鳥を殴って体当たりを防ぐ。天馬は不死鳥が死んだのを見て、触れるのはまずいと判断したのだろう。すぐさま旋回して太陽から離れて行った。
全ての攻撃を防いで、しかし太陽の表情は晴れない。
「このままじゃジリ貧だな……」
攻撃は効かない。こちらも、向こうも、同様に。
そのまま戦っても同じことの繰り返しにしかならなそうだった。太陽は、中級魔法を放とうかなと頭の中で考える。
しかし、ヘズとの戦いで分かったことだが中級魔法だと魔力の消耗が激しすぎるのだ。相手が召喚士である以上、こちらも持久戦に備えなければならない。
火力不足。太陽が初めて直面した問題に、彼は思わず唇を噛んでしまうのだった。
一方で、シリウスの方もジリ貧なのは気づいていたらしい。
「あらん。このままはちょっとまずそうね……」
伝説級の召喚獣、それも三体でも倒せない太陽を前に少し表情が険しくなっていた。シリウスもまた、あまり余裕はないのだろう。
「仕方ないわ。とっておきを、出すわよん!」
そこで、シリウスは仕掛けてくるようだ。
「【召喚】【召喚】【召喚】【召喚】【召喚】【召喚】【召喚】【召喚】【召喚】【召喚】【召喚】【召喚】【召喚】【召喚】【召喚】【召喚】【召喚】」
次々と繰り出される、召喚の魔法。前の三体と合わせると合計二十にもなる召喚獣が、シリウスの周囲に出現した。
「……何をする気だ?」
突然の大規模召喚に太陽は眉をひそめる。二十体でかかれば倒せるとでも思ってるのだろうかと、召喚された召喚獣を観察した。
だが、前の三体と比較するとあまり強そうではない召喚獣ばかりである。これなら爆発の魔法一つで吹き飛ばせそうだと思うほどだ。
「うふふっ。これは、アタクシの使える最大の召喚魔法よん」
対して、シリウスは不敵に笑っていた。
自信に満ちたその表情は、万に一つの敗北さえもないと確信しているようでもある。
「一つ……教えておこうかしらん。召喚魔法には、究極とも言える形態があるということを」
「究極? 召喚魔法って、召喚するだけだろ?」
「一般的な考えだとそうねん。でも、アタクシは【超越者】……普通を超えた、特別なの。召喚魔法の深奥を、覗き見ることができたのよ!」
そう言って、シリウスは手を広げた。
その体には、膨大な魔力が収束している。
「見なさい……これが、召喚魔法の奥義! 【生贄召喚】!!」
そして、魔法が展開された。
出現したのは大きな魔方陣。召喚獣全てを覆う魔方陣が、発光して――
「なっ……」
次の瞬間。召喚獣が消えた。
否、『生贄』にされたのだと、太陽は理解した。
「うふふ……来て、【炎龍】!」
そうして、二十体の生贄と引き換えに召喚されたのは、炎龍。
『グルァアアアアアアア!!』
太陽がかつて、討伐したはずの炎龍だった――




