158 償いと、これから
影で構成された世界が、崩れていく。
もう頑張らなくてもいい。何もしなくても、太陽に愛される――とルナが理解したがために、世界を構成していた魔法が維持できなくなったのだ。
影の世界は、ルナの不安によって生み出されたものである。
故に、不安がなくなった今……影が、光で塗りつぶされるように、消えていったのだ。
ルナの構成していた世界が、崩壊する。
影の世界に閉じ込められていたフレイヤ王国も、世界の崩壊と同時に姿を消した。元の場所に戻ったのである。
太陽とルナも、影の世界から魔王城に場所を変えていた。
二人きりである。
「お父様……ルナは、愛されてもいいんですの?」
「もちろん。お前は俺の子供だからな。しっかり、愛情もたっぷり与えてやる」
「そう、だと……嬉しいですわ」
ルナも、涙がようやく止まって落ち着いたようだ。声は先程よりはっきりとしていた。
「大きくなれよ。俺も、しっかりと育てるから。一緒に暮らして、お前の成長を見守るのも楽しみにしてる」
「……はいっ。ルナのこと、どうかよろしくお願いしますの」
ルナは、太陽にぎゅーっと抱きついた。
今まで甘えられなかった分を取り戻すかのように、彼女は太陽にべたべたとくっつく。
「お父様……あの、えっと」
「何だ? 何でも言えよ、親子なんだから」
「じゃ、じゃぁ……頭、なでなで、してほしいですわ」
「任せろ」
黒い髪を梳くように、ルナの頭に触れる。
ただそれだけで、彼女は嬉しそうに頬を緩めていた。
「も、もっと……」
「このほしがりめっ」
遠慮がちにではあるが、甘えるルナはとても嬉しそうだった。
太陽も、親としてルナをきちんと甘やかす。子供のお願いを叶えるのは、親としての役目だと認識したのだ。
「甘えんぼだな、ルナは」
「だ、だって……今まで、我慢してきましたのっ」
「うん、分かってる。ごめんな、今までしっかりしてなくて」
「……これから、お父様と一緒にいられるなら、許してあげますわ」
「もちろん。お前のこと、責任持って育てる。もう、心配しなくていいからな……」
親として、ルナの責任は全て持つ。それもまた、親であることを自覚した太陽が決意したことだ。
子供のやってきたことの責任は、親がとる。
もちろん、今回の件だって――太陽が、償うつもりだった。
想起するは、一連の出来事について。
「色んな人に、迷惑かけちゃったな」
「…………はい」
ルナの『太陽英雄化計画』に、多くの人が巻き込まれていた。
これについては責任ととらなくてはならないと、太陽は思っている。
「エルフと魔族……あと、フレイヤ王国の住人たち、か」
「……ごめんなさい、ですわ」
「うん。一緒に謝ろう……特にフレイヤ王国には迷惑かけたから、しっかりけじめをつけないと」
エルフや魔族はまだ、過去のこともあるので罪悪感は小さかった。しかし、フレイヤ王国の人間は太陽とあまり接点がなく、ただ単純に巻き込まれただけである。こちらに関しては、色々と償う必要があるだろう。
具体的に言うなら、フレイヤ王国の住人が今回の件を水に流せるくらいの、何かを与える必要があった。
それは、分かりやすく考えるなら――やはり、お金だろう。
あるいは、国の繁栄でもいいかもしれない。
そのために、どうすれば良いか。
「…………俺もそろそろ、身を固める時かな」
手段は、すぐに思いついた。
太陽は苦笑しながら、腕に感じるルナの重みを確かめる。
子供もできたのだ。そろそろ、自由奔放に生きるのをやめて立派な父になる必要があると、そんなことを考えていたのである。
「あの、お父様。ルナのせいで、ごめんなさい」
「だから、俺には謝らなくてもいいんだって」
申し訳なさそうなルナに笑いかけて、太陽は大きく頷く。
迷いはルナのために消した。なるべく明るい声を発するように心がげて、こんなことを口にする。
「俺、フレイヤ王国の騎士になるよ」
彼の持つ尋常じゃない力を、自分のためでなく……国のために使う、という決意をしたのだ。
子供であるルナに、親として胸を張るために――あえて太陽は、この選択をしたのである。
「騎士になって、功績をあげて……稼いだ金を、償いとして住民に配布する。あと、国も繁栄させれば、誰も文句言わなくなるだろ」
ルナに巻き込まれたせいで色々と損をした、というイメージを払拭するために。
ルナに巻き込まれたから太陽が騎士になってくれて、得をした。そう思ってくれれば、償いになるだろうと太陽は判断したのだ。
「王女様も喜ぶだろうし。まぁ、悪くない案だろ?」
「…………ごめんなさい、迷惑かけてしまって」
「だから、お前が責任を感じるなって。子供なんだから、迷惑くらいたくさんかけろ」
彼は笑う。別にルナのせいで、なんて思っていなかった。
むしろ、いいきっかけになったとさえ思っている。
この世界に来た当初は、他人のために力なんて使いたくないとばかり思っていた。
自分が楽しければいいと、そういう風に考えていた。
だが、子供ができた今……自分勝手のままではいけないと、彼は自覚したのである。
異世界に来て、大分時間も経っているのだ。太陽も少しずつではあるが、成長していたのである。
幸せにしてあげたい、と思っている対象が増えていることも理由の一つだろう。
ゼータ、ミュラ、リリン、そしてルナ……みんなが笑えるような毎日を過ごすためにも、太陽は身を固める決意をしたのである。
「よし、じゃあ帰るか! 俺たちの家に」
今後の事を決めてから、太陽は暗い顔をするルナの頭を撫でる。
「もし、今回のことで申し訳ないって思ってるんだったら……健やかに、育ってくれ」
「え?」
「お前が、元気に育つこと。それが何よりの、恩返しだから」
ルナを元気づけるような力強い声だった。
そんな太陽に、ルナは小さな拳をぎゅっと握った。
「……ルナ、大きくなりますのっ。大きくなって……お父様と結婚しますわ! それで、幸せにしてさしあげます!」
それが、ルナの『償い』らしい。
良い案を思いついたと言わんばかりに胸を張るルナに、太陽はより大きく笑うのだった。
「そうか。まぁ、できるできないは別として。これから、よろしくな」
「はいっ!」
子供らしい、元気な返事だった。
願わくば、これからも――ルナが子供らしく過ごせるように、と太陽は祈る。
そのためにも、色々と頑張ることを決意した。
「まずは、ゼータに報告から先か……その後にリリンとかミュラも回収して、王女様とエリスさんにもお願いしないと……やることは多いけど、とりあえず屋敷で休もうか。ルナ、移動よろしく」
「お任せください、ですわっ」
二人は手を繋いで、屋敷へと帰る。
世界を巻き込んだ大規模な親子喧嘩が、ようやく終わりを迎えたのだ。
ゼータの想像通り、終わってみればただの茶番である。
全ては、不器用な親と子のすれ違いでしかなかった。
しっかりとコミュニケーションを取った今、二人の間に親子の絆が芽生えた。ただそれだけで、全部解決したのである。
これからの太陽の生活は、子供が加わったことでよりドタバタするだろう。
しかし、前以上に楽しいものになることも、間違いはなかった。
依然、童貞のままではあるが……成長した太陽である。童貞卒業の日も、きっと近いだろう。
こうして、太陽は元の平穏な日常を取り戻した。
代償として、フレイヤ王国の騎士になったのだが……これはこれで、悪くない選択だったようだ。
何故なら、この後のフレイヤ王国は、かつてないほどの繁栄を見せたからである。
太陽はいつしか国の守護者とまで呼ばれるようになった。住民もルナによる事件を忘れるくらい、王国が隆盛の時を迎えることになったのだ。
ある意味では、ルナの計画が成功したともいえよう。
太陽は、真の意味で『英雄』となっていたのだから――
異世界から来た少年、加賀見太陽の異世界生活はまだまだ続く。
平穏な日々は、彼が異世界にやって来た当初に思い描いていたような、幸福の日々だった。
第四章 英雄編~童貞なのに娘が出来ました!!~【完】
第四章、終わりです!
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
この後、数話ほど間話を挟んだ後に、第五章に入ります。
これからも、どうぞよろしくお願い致します!




