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149 決着

 幾多もの攻防を経て、二人の生傷は増えていく。

 戦いが始まって大分時間が過ぎているのだが、二人はへばる様子を見せなかった。


 ――否。限界は着々と近づいているが、二人がそれを見せる気がないのである。


 こっちはいつまでも続けられる。だからお前はさっさと諦めろ。


 負けん気の強い太陽とヘズは、決して弱みを見せたりしない。

 しかし、やはり少しずつではあるが、二人の動きは粗くなっていた。


「焼けろぉおおおおおおお!!」


 太陽は最早狙いすらつけるのが億劫になっており、手あたり次第に炎をまき散らしている。あまりにも適当な攻撃だった。


 とはいえ、膨大な魔力が枯渇する気配はない。体力も有り余っているようで、どちらかといえば太陽は精神的な疲労で動きが粗くなっているといったところだろう。


「ふぅ……」


 一方のヘズは、太陽のように無茶苦茶にはなっていなかった。集中力は未だ途切れておらず、太陽の攻撃にもきちんと応じている。


 太陽の無差別攻撃は見切りやすく、対処もそこまで難しくはなかった。

 しかし、こちらは肉体的な疲労が蓄積されていた。ヘズの技はわずかなブレでさえ許さない繊細なものである。疲労に伴って肉体制御の制度が落ちているのに、ヘズは危機感を覚えていた。


(今はまだ、どうにかなっているが……)


 現在、ヘズは持ち前の集中力で、鈍っている動きを強引に制御している状態である。そのせいでより精神を酷使しており、疲労が重なり始めていた。


 もしも、精神が摩耗して、集中力が途切れたら――たちまちにヘズは太陽の炎に飲み込まれて、敗北することになるだろう。


 対する太陽は未だ元気だ。ふざけた身体能力はなおも衰える気配がない。


 このあたりも、太陽の誇るアドバンテージであろう。幾ら戦いが続こうとガス欠を気にすることなく、太陽は好き勝手に動き続けることができるのだ。


 長期戦に持ち込まれると、不利になるのはヘズである。


(まだ、十全の力が発揮できている今――勝負を、仕掛けるべきだな)


 現状、お互いに決定打がない戦況だ。

 力が拮抗している。このまま戦いが持続するのはヘズからするとあまりよろしくない。


 勝利のために、早いうちに仕掛けなければならなかった。


(感知しろ……隙を、探せ!)


 炎にまみれる中、ヘズはより集中力を研ぎ澄ませる。

 ここで勝負を決める。その覚悟をもって、この一瞬に持てる力の全てを注ぎ込もうとしたのだ。


「【火炎ファイヤ】!」


 業火が押し寄せる中、ヘズはあえてその炎を斬らずに浴びた。

 致命傷にならないよう炎の弱い部分を見抜き、そちらから太陽に接近したのである。


 とはいえ、炎はヘズの体力を奪う。ダメージだって、無視できるものではない。今までのヘズなら、回避を選んでいた攻撃だった。


 だが、ここで勝負を決めると覚悟しているヘズは、前へと突破してくる。

 それが太陽の意表を突くことになり、隙を生んだ。


「っ! 自分から炎に突っ込むとか、狂人かよ……っ!?」


 戦いが膠着してずさんになっていたこともあり、太陽は見事に反応を遅らせる。

 全ては、ヘズの思惑通りだった。


(超える)


 刃を鞘から引き抜いて、太陽に向ける。

 抜刀術では太陽を斬るには至らなかった。だからこそ、技に頼ることをヘズはやめた。


(超える!)


 今までの研鑽を信じて、ヘズは一振りに身命を賭す。

 それは技でも何でもない、ただの突きだ。


(最強を――超える!!)


 しかし、その突きは……ヘズの今までを貫き、あまつさえ最強の化け物さえも射貫くための一撃となった。




「某が、最強だ!!」




 生まれつき目の見えなかった、落ちこぼれ。

 誰からも相手にされず、嘲笑されてばかりいた。


 それでも、盲目ながらに戦いに魅了されたヘズは、夢に向かって手を伸ばし続けた。


 魔物にも人間にも敗北を重ね、そのたびに反省して、着実に力をつけて行った。

 いつしか盲目であることを武器として、だからこそ自身が最強なのだと信じるようになり、胸を張って生きられるようになった。


 立ちはだかる壁を、何枚を超えてきた。


 ようやく、あと一歩のところまで来たのである。

 最強の称号を手に入れるまで――あと、加賀見太陽を残すのみだ。


「っぁあああああああああ!!」


 吠える。雄叫びに応じるかのように、剣先が炎を貫きながら太陽へと迫る。

 全体重、全膂力、全能力を、その一撃に込めたのだ。


 最強と、なるために。


「ぐ、がっ……」


 その刃は、加賀見太陽の腹部を貫く――かに、思えた。


「させる、かよ」


 だが、剣先が腹部に到達すると同時に太陽がその刀身を掴んだ。

 結果、刀身はそれ以上前に進めずに、立ち往生することになる。


 あと少しだ。もう少しで、太陽を射貫くことができるのに。

 最強を、貫くことができるのに。


「――っ!」


 ヘズは力を込めて、前に踏み込む。

 だが、太陽は踏ん張って、これ以上の貫通を許さない。


 血が刀身を伝って落ちていた。だというのに、太陽は痛みなんて感じていないと言わんばかりに、更なる力を込めていた。


 動きが――流れが、止まる。




「やっと、掴んだ」




 ヘズの刀を拘束した太陽は、そこで不敵な笑顔を浮かべていた。


「……もしや、狙っていたのか?」


「いや? 偶然ですよ。でも、そのチャンスっは伺ってました」


 膠着した二人。刃を受けた方の太陽は笑っていると言うのに、攻めている方のヘズは冷や汗を流していた。


 身命を注いだ一撃が、防がれた。

 刃を引き抜こうにも、腹部に埋まっている上に両手で掴まれているため、動かせない。


 そして、二人の距離はほとんど零である。


 ここで攻撃をされては――ひとたまりもなかった。


「まだだ……まだだっ!!」


 それでもヘズは諦めず、更に前へ刀身を押し込む。

 太陽の腹部をこのまま貫いて、横に一閃――脇腹まで切り裂けば、人体の構造上太陽が体を支えることは出来なくなる。身体を半分斬れば、化け物の太陽だろうと倒すことが出来る。


 だから、今のままではまだ届いていなかった。


「俺だって、負けるわけにはいかない」


 だが、太陽がそれを許さない。微かに押された刀身が腹部をかき乱そうと、平然としてみせた。


「まだ、負けない……せめて俺が童貞を卒業するまでは、最強であり続ける。これだけが、今の俺の誇れる、たった一つの自信だから」


 力だけが、太陽の拠り所だ。

 顔も普通。性格も女性受けするものじゃない。前の世界では相手にだってされなかった。


 でも、この世界で力を手に入れたことで、太陽は注目してもらえるようになった。

 力があってこそ、太陽は女の子をつなぎ留めることができたのである。


 せめて、童貞を卒業できるくらい、女の子がこちらに振り向いてくれるまでは。


「負けない」


 太陽は、最強でなければならなかった。


 ここからは、心の勝負である。


 片や、己の信念を貫くために。

 片や、己の性欲を満たすために。


 字面にすると片方がバカらしい理由なのだが、当人はかなり真剣である。


 思春期少年の性欲は、時に――どんな思いをも凌駕するのだ。


(びくともしない……動かない!)


 ヘズが目を見張ったその時だ。


 勝負が、決着した。





「【超新星爆発(スーパーノヴァ)】」





 爆発が、全てを蹂躙する――

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