147 加賀見太陽の異世界観
戦いは続く。
「【一閃】」
ヘズが繰り出したのは、捨て身の一太刀。
防御を捨てた無茶苦茶な一撃である。ここで太陽が攻撃を挟めば、魔力のないヘズにはひとたまりもないだろうに。
「ちっ……」
だが、太陽は攻撃を仕掛ける余裕がなかった。ヘズの接近速度が太陽の魔法発動速度を上回っていたのである。
ほんの少しの隙だというのに、ヘズはそれを見逃さなかったのだ。
まさしく、不退転の意思である。化け物じみた力を持つ太陽を相手にしてなお、ヘズは前へ踏み出す。
そして、太陽の身に刃を立てるのだ。
「――っ」
太陽の肩口が裂かれた。彼は痛みに表情を歪めるも、怯んだりして硬直することはなく。
彼もまた、一歩前に踏み出した。
「【火炎剣】」
突然、ヘズの眼前に火炎の大剣が出現する。
巨大な炎剣が迫っていた。唸りを上げる炎は見る者の心に恐怖を刻む。だが、ヘズの精神は戦闘中に恐怖を感じるほど惰弱ではない。
「【心閃】」
続けざまの剣戟を繰り出した。
これは目が見えないヘズが、魔力を見る目を最大限に活用することで、魔力や太陽の動きなどを全て読み切り、その攻撃の最も脆い部分を突くという技である。
正確無比な剣技と、一瞬の判断力が必要とされる技だ。常人にはまず不可能である。
しかし、ヘズにはそれが可能だ。目が見えないことを不利とせず、逆に有利と信じている彼は、だからこそ自身を疑っていない。
斬る。斬れる――勝てる。
「ぬぉおおおおおおお!!」
雄叫びと共に、刃が風を斬る。
同時、その剣は太陽の炎剣を切り裂き、あまつさえ太陽の身体をも切り裂いてみせた。
「…………」
今度は太陽の脇腹から、血が噴き出す。だがやはり傷はそれほど深くなく、皮膚と肉は多少裂けども、臓器にまでは達しない。
ただ、深くはなくても浅くもない傷だ。出血量という点からみれば、決して無視できるダメージではない。
「やっぱり、強いな」
攻撃のことごとくが効かないヘズに、太陽は賞賛を送っている。
体からは血が溢れていた。
それでも太陽には、自信の傷を労わる様子がない。ヘズの攻撃を前にしても臆していない。
それが、ヘズには解せなかった。
「太陽殿は、戦いに関して素人であるな?」
ふと気になって、ヘズは攻撃の手を止めた。
問いかければ、太陽は素直に応じてくれる。
「うん、そうですけど?」
鍛えぬいたヘズからしたら、太陽の動きはあまりにも無駄がありすぎた。素人丸出しなのである。それは分かっていた。
だが、ヘズに分からなかったのは――
「怖く、ないのか?」
――太陽の『心』が、ヘズは解せない。
「戦いとは、命のやり取りである。この刃は貴君の命をも刈り取れる。素人であれば、どうしてそこに恐怖を抱かない?」
死ぬかもしれない。そう思って当たり前なのに、太陽は平然としている。
ヘズの剣を前にしても、皮膚を切り裂かれようとも、まるで気にしていないのだ。
「確かに、太陽殿は絶大な力を持っている。肉体強度も異常に高く、攻撃がまったく効いていないのであれば、動じないのも理解できよう。だが、今は違う。某の剣はしっかりと届いている。だというのに何故、太陽殿は怖くないのだ?」
ヘズの疑念。
太陽の戦闘観念が、彼には分からない。いったいどこに、死ぬ可能性がある戦闘時に平静を保てる素人がいるというのか。
そのあたりが、太陽はおかしいのである。
否――異常、とでもいえばいいのか。
「太陽殿にとって、戦いとは何なのだ?」
命のやり取り。己の真価を問う手法。自身の生きる理由。
それがヘズにとっての戦いだ。
では、加賀見太陽にとっての戦いは――?
「ゲーム、ですね」
その答えは、ヘズの予想だにしていないものだった。
「あー……異世界人のヘズさんには分からないかな? えっと、とりあえず『遊び』みたいなものだと思ってくれたらいいです」
「……遊び、だと?」
「はい。俺はプレイヤーであり、操作されてるキャラクターなんです。だから、怖いとかそういうのはないんです……だって、ゲームですから」
これは、地球という世界から来た太陽ならではの思考だろう。
太陽にとっての人生は、地球で一度終わっている状態だ。
故に、彼にとっての異世界は、二度目の生ではあるものの、地球の生とは意味合いが若干違うのだ。
「この世界は、ボーナスステージみたいなもので……楽しむことが、一番なんです。だって、ゲームみたいなものですから。まあ、遊びとはいっても、負けず嫌いではあるので、負けたいとかそういう気持ちはありませんけど」
太陽にとっての戦いとは、ゲームだ。
ただ、楽しみたいだけの、一種の娯楽だ。
だから戦いに臆さないのである。傷つこうとも、それはダメージを与えられているだけに過ぎない。
一度死んでる分、死というものに抵抗がなくなっていることも原因の一つだろう。
死ぬ可能性があろうとも臆さないのは、それが理由なのだ。
加賀見太陽の戦闘観……否、これは異世界観と表現した方が正しいだろう。
彼にとって、この世界はゲームなのだから。
「遊び……なるほど。やはり、太陽殿は面白いな」
太陽の答えに、ヘズは納得いったように笑った。
同時に、こうも思う。
「太陽殿が強いのは、だからなのだな」
戦いをゲームとしているからこそ、然るべき場面でやるべき行動を実行できる。
彼には恐怖や躊躇いがないのだ。そのおかげで、彼は力の十全を発揮できている。
仮に太陽程の力を、別の誰かが持っていたとして……太陽程、力を使いこなすことができただろうか。
斬られても無事と分かっているなら、斬られることができるだろうか。
この魔法が相手を殺すかもしれないと分かっていながら、当たり前のように放つことができるだろうか。
できる――とは素直に言えないかもしれない。しかし太陽にはできる。
このあたりが、加賀見太陽の異常性であろう。そして強さなのだと、ヘズは称したのである。
「これでこそ、最強である」
こと戦闘という面で見れば、太陽は本当に最強だった。
女性関連については雑魚だが、それはさておき。
「そうであるな。もっと……楽しまなければ、損か。貴君と戦える時間は、限られている……全力で楽しませてもらわなければ、もったいない」
戦いは、なおも続く――




