140 はりきるおじいちゃん
『孫とは存外、可愛いものだ……ルナにいいところを見せたい。だから貴様は死ね!』
魔王の理不尽な台詞に太陽はため息をつく。
「俺を殺したところで、ルナはお前を好きになるのかよ……」
『なる! ルナにも魔族の血が流れているのだからな……強き者に惹かれるだろう』
「ふーん。まぁ、お前がそう思いたいならそれでいいんじゃないか? お義父さん」
『お義父さんと呼ぶな。ぶっ殺してやるぅ……!!』
孫に好かれたい一心で、おじいちゃんな魔王ははりきっていた。
「で、そこのオカマは? お前の魔王が俺に戦いを挑んでるんだけど、そっちはどうすんの?」
と、ここで太陽はシリウスに話を振った。
魔王の背中をさすっているビキニアーマーの男は、うふふんと笑って言葉を返す。
「アタクシも参戦するわよん? ルナちゃんと約束してるものっ」
「……またあいつか。で、何を約束してるんだ?」
「アタクシが太陽きゅんに勝ったら『使い魔の契約を破棄する』という約束よ!」
その一言に、太陽は眉をひそめた。
「は? お前、ルナの使い魔になってるのか?」
「ええ。実はちょっと前に、アタクシはルナちゃんと戦って負けたのよねん? それで、魔力を使い果たして弱ってる時に、契約させられたってこと」
「……そうか」
その言葉に、太陽は少なからず驚いた。何せ、シリウスは太陽程ではないが実力者なのである。だが、ルナはそんなシリウスを打破し、あまつさえ召喚獣にしたとまで言うのだ。
(想像以上かもな……)
ふと、ヘパイストスの言葉を思い出す。
あの幼女神もルナには気をつけろと言っていた。何をしでかすのか分からない娘である。
「太陽きゅん、悪いけど勝たせてもらうわ! アタクシ、もっと自由に男の子と遊びたいのよん」
既に自由っぽいのだが、それはともかく。
シリウスはルナによって使役されているようだ。
太陽は気付いてないが、シリウスが契約獣になっているからこそ、アルフヘイムで戦った炎龍はシリウスの支配下から逃れていたのである。
一方の魔王はといえば、未だにシリウスの支配下にあった。
理由は、やはり……
『加賀見太陽、殺すっ』
太陽を殺すこと。そのために、彼はシリウスとの契約を維持している。例え破棄できる状況になろうとも、シリウスと契約してた方が魔王は力を得られるので、そうしているのだ。
プライドはとうに捨てている。
ただ、太陽を殺すためだけに、魔王は挑み続けるのだ。
『地の利は我にある! 負けるわけがない……』
そして魔王は威勢が良かった。
『見よ! この、魔族の群れを……貴様が本気を出せば、こいつらは死ぬぞ!?』
ふと周囲を見渡す。武装した魔族がそこにはいた。確かに、太陽の魔法は大規模攻撃に特化しているので、本気を出せば魔王に巻き込まれて彼らが死ぬ可能性は高い。
「いや、でも魔族だし……別に死んでもいいんだけど」
しかし太陽は、魔族を守ろうなんて思っていない。
前までは敵対していたのである。死ぬなら死ねばいいと割り切っている。
「え、エリスの姉御! なんか俺たちヤバいんですか!?」
「うん。あの男は化け物。たぶん、死ぬ。でもこの身はアルカナとどこか遠くに転移するから、生きる」
「そ、そんな……姉御は俺たちを見捨てるんですか!」
「うん。だって、アルカナとは再会できたし。もう貴君らは用済み」
「あ、姉御!?」
ただ、その魔族たちには罪がなかった。というか可哀想だった。
(そういえばあいつら、ルナに集められたんだよな……)
無理矢理連れて来られて、頑張って生きてたのに、オカマに貞操を狙われて、挙句に戦いに巻き込まれて死んだ――というのは、流石に可哀想だと感じた。
「俺、そろそろ子供が生まれる予定だったんだ……」
「母ちゃんより先に死ねないっ。まだ親孝行してないんだ!」
「せ、せめて……女の子と付き合ってみたかった」
絶望する男性魔族たち。ちょっと泣きそうになっているところが、太陽の胸を痛くする。
特に、彼らの中に童貞がいたので太陽は心は動かされた。
(分かる……分かるぞ! 童貞のままは、死ねないよなっ)
加賀見太陽は彼女が欲しくて異世界に転生してきた生粋の童貞である。童貞のまま死ねないという気持ちは痛いほど共感できた。
(くそ! しょうがない……大規模攻撃はやめとこう)
だから彼は、無闇に魔族を殺すことをやめたのだった。
彼が本気を出せば町にまで被害が及ぶ。関係のない者まで巻き込んで何も思わないほど、太陽は冷血ではない。
あと、これは太陽も自覚してないのだが、リリンやルナの存在も彼の心境に変化を与えていた。
この二人にも魔族の血が流れているのである。以前ほど太陽は魔族に対して敵意を持っていないのは、身内に魔族がいるからだ。
「はぁ……面倒な戦いになるかも」
ただし、大規模攻撃の封じられた太陽は、歯痒い戦いになるだろうなと予想して肩を落とす。
彼の好きな戦闘は、圧倒的物量による一方的な蹂躙である。それができないとあって辟易していたのだ。
「おほほほほ! 甘く見ないことねっ……今までのアタクシと思ったら、大間違いよ!」
そこで、シリウスが動き出す。
「【憑依召喚】――【触手】!」
シリウスは自らの体に契約獣を召喚した。
体内に召喚することで、シリウスにもまた変化が起こる。
呼び出したのは、『触手』というヌルヌルの触手を多数持つ魔物だった。
「ん、ぁあああああああああ!」
汚い嬌声とともに、シリウスの体から幾本もの触手が飛び出てくる。
にゅるにゅると蠢く無数の触手は、おもむろに近くの魔族たちを絡め取った。
「ぎゃぁあああああああ!!」
「や、やめろっ……まだ童貞なんだっ。せめて、初めては女の子と!」
「ま、魔力が、吸い取られる……っ!?」
多くの男性魔族たちが触手によって拘束される。シリウスの性的嗜好が反映されているようで、女性であるアルカナとエリスは無視して、男性ばかりを捕まえていた。
「おほほほほ! 魔力の補充はバッチリねん……魔王ちゃん! 遠慮なくおやりなさい!」
『フハハハハ! 力が、みなぎっている!!』
魔王とシリウスが二人で高笑いしていた。
つまり、こういうことらしい。
シリウスが召喚した触手は魔力を吸い取ることができるようで、その力を使って魔族から魔力を調達――そして魔王に供給している、とのこと。
これによって魔王は魔力を気にすることなく、いつも以上の力を発揮できるようになったらしい。
(……うわぁ。めんどくさっ)
色々言いたいことはあったが、ともかく理にはかなっている戦法だった。
力を制限された中で、相手は全力以上の力を発揮できるのである。太陽はうんざりしたように表情を歪めた。
『さぁ、勝負だ……加賀見太陽!』
そして、魔王との対戦が再び始まるのだ。




