13 Xランク討伐クエスト
フレイヤ王国。王城、謁見の間にて。
「よく来てくれましたね、シリウス! あなたの到着を待ちわびていましたっ」
王女、アルカナ・フレイヤは小躍りしていた。
「やったよエリス! シリウスちゃんが来てくれたっ」
「落ち着いて、アルカナ。シリウスの前では一応王女様やらないと」
隣にはたしなめるように苦笑するエリスがいる。それでも小躍りをやめない王女様を、周囲の臣下達は温かい目で見つめていた。
「安心して、王女様。アタクシが来たからにはもう大丈夫なんだからっ」
喜ぶ王女様に、シリウスと呼ばれた男性――いや、女性? もしくは中間に位置するシリウスは、うふんとウィンクしている。その仕草に何人かの男は頬を引きつらせた。
筋骨隆々の肉体を、女性ものの鎧で無理やりにおおっているシリウスの格好は傍から見ると何とも不気味である。本人的には可愛いと思っているのであろうフリフリのつけられたアーマーは、異様な存在感を醸し出していた。
髪型は坊主。青ひげの浮かぶ口元。目は一重。唇はちょっとぷっくりしており、厚い化粧が施されている。まあ、つまるところシリウスとはオカマに分類される人間なのだ。
「シリウスちゃん素敵! かっこいいよっ」
「あらん。かわいいと言って欲しいわねぇ」
しかし王女様の対応は普通だった。シリウスに対する偏見がまったくないらしく、無邪気な笑顔を振りまいている。そんな彼女だからこそ、シリウスもまた心を開いているようだった。
「シリウス。クエスト明けに呼び出してすまない」
エリスの言葉にもシリウスは柔らかい笑顔で対応する。
「いいのよぉ。親友の王女様のお願いなんだから、いくらでも聞いてあげるわ」
なんてことなさそうに笑うシリウス。見た目はあれだが、しかしこう見えて冒険者ギルドで一番と名高い実力者である。もちろん、例外を除いての話だが。
ランクはSSS。【超越者】という二つ名を持つシリウスは、あらゆるクエストに引っ張りだこだった。今日もとあるSSSランククエストを達成して戻ってきたところである。
ランク的には【災厄級クエスト】と同じくらいの難易度のクエストだ。個人ではまず不可能とされるクエストを、シリウスであれば容易に達成できる。
最強。まさしく、シリウスは名実ともに最強の存在だったのだ――加賀見太陽が、現れるまでは。
「で、アタクシにお願いしたいことって何かしら? 王女様の頼みなら何だって聞いてあげるわよっ」
「きゃー! シリウスちゃん素敵っ」
バチンと効果音が鳴りそうなウィンクに王女様は満面の笑みを返す。
それから、弾んだ声でこんな依頼を出すのだった。
「太陽様を、殺して!」
そう。いつかも計画していた、太陽殺し。まだ諦めてなかったらしい。
「アルカナ……それは無理」
エリスも呆れているようだった。静かに首を振るが、一方の王女様は懲りていないらしい。
「大丈夫だよ! 絶対に、大丈夫だよ!」
根拠のない自信を振りまいて、王女様はシリウスを指差す。
「シリウスちゃんなら、殺せるでしょっ? なんていったって、あの【邪龍クエスト】を達成したんだから!」
邪龍クエスト。世界の裏側に潜むといわれる龍の討伐クエストである。
このミーマメイスとは違う世界には、悪しき龍が存在していた。この龍のせいで毎年何人かの人間が行方不明になっていた。
被害規模が小さく、かつ討伐困難な場所に邪龍が存在するためギルドが放置していたクエストである。だが、半年ほど前……シリウスがこのクエストを受けた。
王女様の転移魔法によって違う世界に赴いたシリウスは、邪龍との死闘に討ち勝ってこうしてこの世界に戻ってきたのである。
もしもシリウスがいれば、炎龍の討伐もお願いしていた。魔族だって、シリウスなら簡単に倒してくれたはず――と、王女様は思っている。
だけどいなかったから、仕方なく太陽に依頼していただけにすぎない。本当はシリウスが強いのだと、王女様は盲目的に信じているのだ。
そんな彼女の願いを、シリウスは笑顔で応えた。
「いいわよん? アタクシも、彼には興味あったのよねぇ。噂しか聞いたことないから、一度会ってみたかったのよ」
シリウスもどうやら乗り気のようである。その笑顔の裏には確固たる自信があるようだった。
「で、でも、彼はちょっとありえないというか……仮にこのクエストの難易度をつけるなら、SSSランクでは足りないというか……いくらシリウスでも、危険というか」
「じゃあXランクでいいよ。ほら、未知のものってXっていうらしいじゃない。あ、アルカナは頭いい!」
自画自賛する王女様に、エリスはかわいいなと頬を緩める。だがそれでも、太陽と戦うのは意味がないと制止したいのだろう。
「それでも……」
エリスは以前の二の舞になりたくないらしく、今回は少し粘って説得を試みていた。
「大丈夫! だって、今回はアルカナだって作戦を考えてきたんだよ!」
しかし、王女様はまったく聞く耳を持っていなかった。
「ほら、これ! 魔物専用の【奴隷の首輪】を、太陽様につけちゃえば全部解決するよ! 首輪さえつければ、太陽様はアルカナに逆らわないっ。つまり、アルカナが怖がる必要はないってことになるんだよ!」
わたしのかんがえたさいきょうのさくせん、を無邪気に披露する王女様。穴だらけだし、よくよく考えるとそれ奴隷にするってことでは? と首を傾げそうになったエリスだが、ともあれ彼女は王女様を好きすぎた。
「なるほど、完璧な作戦。流石はアルカナ。偉い偉い」
ここまで自信満々に言われては否定できない。仕方ないので褒めまくることにしたエリスは、もうどうなってもいいやと無邪気に笑うアルカナを撫でまわすのだった。
そんなおバカな主従を見て、シリウスは何故か頬に手を当てて体をくねくねと揺らす。
「いやん。熱いわね、二人とも……アタクシも素敵な同性と出会う日が来ないかしらん。運命って残酷ね。焦らされるのも、悪くはないけどぉ」
ねっとりとした口調に、この場に居合わせた男性諸君は冷や汗を流す。せめて目は合わせないようにと、必死に明後日の方向ばかりを見ているようだった。
そんなおかしな状況の中で、一番頭がお花畑な王女様は頭を撫でられて嬉しそうに頬を緩めている。
「も、もう、エリスったら人前で恥ずかしいよっ。子供扱いしないで!」
だが、微かに王の威厳が残っていたらしい。恥ずかしそうに紅潮している王女様は、仕切り直しと言わんばかりにこほんと咳払いして。
「それでは、シリウス。わたくしの依頼する、【太陽を落とせ】のクエストを受けてくれますか?」
王女のように丁寧な口調で、そんなことを問いかけた。
対するシリウスも深く頭を下げて、言葉を返す。
「ええ。アタクシに任せなさい」
こうして、二度目の太陽殺しが実現しようとしていた。
冒険者ランクSSSの実力者が、彼に牙を剥くことになる――
----------------------------------
クエスト名:太陽を落とせ!(二度目)
クエスト系統:討伐
クエスト内容:加賀見太陽を倒すこと
討伐ランク:Xランク
----------------------------------




