134 神具『フェンリル』の力
世界が元に戻る。
ヘパイストスの神界から、太陽は天界に戻ってきた。
目を開けて、まず見えたのはショーケースの中に入っている王女様。
そして、もう一人。
「ちょっと! な、なんであたしまで……」
ロリサキュバスのリリンも、何故か一緒に入っていた。
二人で狭いケースに閉じ込められている。
「……リリン? お前、どうやって入ったんだよ」
「知らないわよ! あの褐色のクソガキが、あたしをここに入れたのっ」
どうやらヘパイストスの手でリリンもショーケースに入れられたらしい。
魔法が効かない空間に隔離した、ともいえる。
「ふーん……戦いに巻き込まれないよう、配慮してくれたのか?」
太陽が本気を出しても問題ないように、鍛冶神ヘパイストスは考えてくれたようである。
その気遣いはありがたかった。リリンが近くにいては、実力を発揮できない。
何せ、太陽の魔法は大規模攻撃に特化しているのだ。
周囲に味方がいない方が良い。
「へっへーん! あなたもわたくしと同じ屈辱を味わうといいんですっ」
「うるさいわよ……ってか、鍵渡しなさいよっ」
「イヤですぅ。これはアルカナの交渉材料なんだから、絶対に手放さないもんっ」
「いいから渡して! あたしの貞操帯を外させなさいよ!!」
「あ、やめっ……揺らさないで! 漏れるっ……いいの? 漏らしたらあなたまで大惨事になるけどいいの? 本当にいいの!?」
「……あ、あたしも実はヤバいのよっ。とりあえず、圧迫感なくしたいから、鍵渡して!」
「――え? じゃあ、先に漏らして。アルカナより先に漏らしたら、鍵渡してあげる」
「あ、あんたって奴は……王女なんでしょ!? 慈愛とかないの!?」
「ありませぇん。アルカナはいつだって、自愛しかしてません~」
仲良さそうにギャーギャー喚く二人はそのままにしておく。
二人仲良く漏れそうらしいが、そうならないよう勝負は速めに決着させる必要がありそうだった。
「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」
一方、トリアの方はなおもブツブツ呟いている。
手には金色の槍――『プリューナク』が握られていた。
相変わらず正気ではないように見える。
ヘパイストスによって手が加えられているようだが、そのせいで頭がおかしくなっているのだろうと太陽は推測した。
「さて、と」
彼はヘパイストスからもらった黒の大剣を担ぎ上げる。
名は『フェンリル』。効果は、相手の魔法を強奪して、自分の魔力を上乗せして放出できるというもの。
いまいちよく分からない武器だったが、ともあれ使ってみることにしたのだ。
太陽は今まで武器を使ったことがなかった。いや、使おうと考えたことは何回かあったのだが、扱いが難しくてやめていた。
何せ彼は、もともと平和な国で生まれ育った人間である。武器の使い方などまったく分からなかった。
だが、ヘパイストスに気をつけろと言われたのだ。
ルナのことを考えて、新戦力も試してみることにしたのである。
「おーい。聞こえてる? お前、大丈夫?」
準備が整ったので、太陽はトリアに呼びかけた。
直後、トリアは――虚ろな目を太陽に向けた後、ニタリと笑う。
「加賀見太陽……コロスゥウウウウウウウウウ!!」
そして唐突に、戦いが始まった。
トリアの雄叫びと共に、彼の体から稲妻が弾ける。
「【神雷】!」
これはプリューナクの力である。雷を自由自在に操れる神具を利用して、太陽に紫電を放ったようだ。
「いきなりかよっ」
慌てて太陽は大剣を動かす。
手に持っていた大剣で、その雷を受け止めた。
すると――大剣が、雷を吸収する。
黒の刀身に染みこむかのように、トリアの雷が『フェンリル』に取り込まれた。
「…………?」
太陽は無傷である。手ごたえもなかったので、彼は不思議そうに首を傾げた。
これで強奪したことになるのだろうかと、太陽は思案する。
(……とりあえず、魔力込めてみるか)
物は試しだ。
太陽は自身の魔力を大剣に注ぎ込んで、軽く振ってみた。
刹那。
轟雷が、闘技場全体を襲った。
「――――っ!?」
紫電が迸る音が地面を震わせる。
生まれた幾千もの雷はトリアを襲い、あまつさえ闘技場の一部を破壊した。
ガラガラと音を立てて、闘技場の形が崩れていく。
「……すげぇ」
あまりの破壊力に、使った太陽がドン引きしていたほどだった。
これこそが神具『フェンリル』の力である。
トリアの放った雷を強奪して、太陽の膨大な魔力を上乗せした結果、信じられないほどの大破壊魔法が生まれたのである。
すさまじい威力だった。
しかし、ショーケースの方は無傷である。リリンとアルカナが中に入ってくれていて助かったと、太陽は額を拭った。
仮に二人が外にいたなら、間違いなく巻き込んでいただろう。
それくらい、今しがた放った攻撃は予想外だったのだ。
「……ひぐっ。アルカナ、怖い」
「……ちょ、ちょっと! 何よ、それ……」
ただ、恐怖の方は感じていたようだ。
アルカナとリリンは二人して抱き合っていた。涙目で太陽を睨んでいる。
轟雷の出現に驚いてもいたのだろう。余裕のない表情に、もしかしたら漏らしているかも? と太陽は目をそらした。
とりあえず、そのあたりは後で考えることにする。
問題は、トリアだ。
「……やったか?」
雷が直撃したところまでは見た。
その後吹き飛ばされて、闘技場の外に消えて行ったところで、見失ったのだが。
「コロスコロスコロス……ゥゥゥァァァァアアアア!!」
トリアは、死んでなかった。
闘技場の外から、彼は四足歩行でシャカシャカ歩いてくる。
虫みたいな動きだ。口に槍を抱えて歩くその様が、酷く不気味である。
やっぱり正気ではないようだが、ヘパイストスによって強化されたのは事実なのだろう。
あれを受けてなお、気絶することなく健在なのだから。
「キヒヒッ」
またしても闘技場に戻ってきたトリアを前に、太陽は大剣を構える。
「……悪いけど、練習相手になってもらうぞ? 俺、剣使うの苦手なんだ」
新たな力を自分のものにできるよう。
気味の悪い動きをするトリアと、太陽は相対する――
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