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132 今回のお相手

 ちょっと前、加賀見太陽は天界で神様をぶっ殺した。

 その際、彼の爆発魔法による余波で天界は更地となっていたはずだが、今は二つほど建物が存在した。


 一つは太陽とリリンが転移してきた小屋である。リリンの転移魔法は『影移動』という闇属性魔法で、影がないと移動できないため設置されたのだ。


 そしてもう一つは、闘技場である。太陽の世界でいうところのコロッセウムのような建造物だ。

 これまたルナが用意した、加賀見太陽が敵と戦うための場所となっている。


 エルフの国『アルフヘイム』では炎龍が敵だった。

 同様に、天界にもまた一人の敵がいたのである。その敵と太陽が戦うために、闘技場が用意されていたのだ。


 目的は――とある人物に、加賀見太陽の凄さを思い知らせること。

 ルナの愛してやまないお父様を、恐らくはこの世界で一番侮辱してきた人物に……太陽の素晴らしさを見つけるためのステージだ。


「リリン、行くぞ」


「うん……早く鍵を見つけるわよ」


 貞操帯のせいでエッチなことができなかった二人は、悶々としたまま闘技場へと赴いていた。


 ルナに翻弄されてリリンはご立腹のようである。太陽もまた、ムラムラした欲望のせいで落ち着きがなかった。


 二人は速足で闘技場の門をくぐり、一本道の通路をまっすぐに突き進む。

 やがて到着した場所は――闘技場の中央にあるフィールドだった。


 そこには、エルフが一人。

 長身で、ボサボサの茶髪が印象的なエルフである。その手には槍が握られていた。


「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」


 虚ろな目で、何やらぶつぶつと唱えていた。

 見るからに正気じゃない。


「ヤバい奴だな……」


 一見してそう分かるエルフの様子に、太陽は頬を引きつらせていた。


 そして、もう一人。

 フィールドの真ん中付近、怪しいエルフの隣には人間の女性がいた。


 しかも、彼女は不自然に設置されたショーケースの中に閉じ込められていた。


「ヒグ、グスッ……どうして、わたくしがぁ」


 豪華なドレスを身にまとい、頭の上には王冠が乗っている。

 金髪碧眼で、おっぱいは大きく、だというのに身長は小さい彼女は……太陽の顔見知りだった。


「あ、王女様だ」


 そう。アルカナ・フレイヤ王女がその場所にはいたのだ。


「…………ああああああああ! 太陽様ぁあああああ!!」


 彼女の方も太陽に気付いたようで、途端に大声を出してショーケースをドンドン叩き始める。


「助けてください! わたくしを……アルカナを助けて!! お願い、なんでもするからぁ……どうか、おねがいしばずぅ」


 必死の形相で叫ぶアルカナ。鬼気迫る表情だ。


「おトイレ……っ! アルカナ、漏れそうでっ」


 内股でもじもじする彼女を見て、太陽はなるほどと頷いた。

 アルカナはトイレに行きたいようだ。限界が近いからこそ、ああも死に物狂いで叫んでいるらしい。


「いや、王女様は【転移】魔法があるじゃん。それ使えばいいと思うけど」


「できないのっ。このケース、魔法が使えないみたいでぇ……」


 透明なケースは魔法を封じる効果があるようだ。

 流石ルナである。抜かりはない。


「うぅ……もうイヤっ。ルナ様ひどいよ! 太陽様の娘なんでしょう!? あれ、絶対おかしいもんっ」


 アルカナもまた、ルナによって無理矢理ここに連れて来られたらしい。


「とにかく、アルカナを助けてくださいぃ……王女様なんだよ? 王女様がおもらしなんて、したらダメに決まってるじゃない!」


 ぎゃーぎゃー喚くアルカナに、太陽は頬をかく。


「そんなこと言われても、出し方わかんないし。そのケースって魔法封じるんだろ? 俺でも壊せないんじゃないか?」


「それは、ここにいるエルフ倒せば大丈夫だから! ルナ様がそう言ってたっ」


 言われて、太陽は改めてエルフの方に目を向ける。

 

「タイヨウ……加賀見太陽! コロスコロスコロスコロスコロスゥウウウウ!!」


 しかし相変わらず頭がおかしいようである。

 アルカナとのやりとりの間に太陽を知覚したようで、彼を睨んでうめき声をあげていた。


「……あれ? お前って確か、エルフの奴だよな?」


 よくよく見ると、以前も戦ったことある相手だと太陽は気付いた。

 手に持っている黄金の槍――神具『プリューナク』に見覚えがあったのである。


 彼の名は――トリア。

 槍という意味を持つ名前の、エルフだ。


 アルフヘイムでも天界でも、太陽と相対したことがある。

 だが、以前はもっと普通だったはずだ。


「イヒヒ……コロス、キヒヒ!!」


 だというのに、今では狂人そのものだった。

 ぶつぶつ呟きながら、指の爪をガリガリ噛んでいる。病的なその仕草は狂気を孕んでいた。


「こっちも早く何とかしてっ。アルカナ、怖いの! このエルフ『殺す』ばっかり言ってるし!」


「コホォ……クヒヒ」


「い、今『コホォ』って言った! 意味分かんないし、もうこのエルフは嫌なのっ。アルカナをここから出してっ。そしてトイレに行かせてぇええ!!」


 漏れそうだし、怖いし、意味わかんないしと三拍子揃っててアルカナは動揺しているらしい。

 涙目になって、太陽に懇願する。


「あ、分かった。土下座? 土下座すればいいんだよね? 分かった! アルカナ、土下座には自信あるもんっ……ほら、この通り! 凄いでしょ? だから早く助けてよっ」 


 しまいにはケースの中で土下座を始める彼女に、太陽は眉間を抑えることしかできなかった。


「情けない……あれがフレイヤ王国の王女様なんだよなぁ。そりゃ、ルナに滅ぼされちゃうわけだ」


「……ねぇ、あの人間のメスは放っておいて、さっさと鍵探すわよ」


 リリンはきょろきょろとあたりを見渡して、鍵らしきものを探している。彼女はアルカナやトリアのことに微塵も興味ないらしい。


「あ、鍵も持ってる! ルナ様に渡されてるっ。ほらほら! 渡してほしかったら、アルカナを助けて!!」


 しかし、助けないわけにはいかないようだ。

 アルカナが持つ鍵は、リリンの貞操帯の鍵である。


 太陽が彼女とエッチするには、トリアを倒してアルカナを救わなければならないということなのである。


「何がしたいんだ、ルナ……」


 娘の行動が分からなくて、太陽はため息をつく。

 彼には理解できないようだが、これはアルカナの太陽に対する認識を変えるためにルナが設定したイベントだった。


 アルカナは今まで最も太陽を殺そうとした人物である。

 ことあるごとに暗殺クエストをかけていた。そんな彼女の認識を変えようとしていたのだ。


 太陽にアルカナを救わせて、太陽が強くてカッコイイことを知らしめようとしていたのである。

 天界の戦いは、ただこれだけのためのものだった。 


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