130 夫婦ご対面
「…………えっと、ここは?」
ルナの影移動によってアルフヘイムから逃げてきた太陽は、自分の状態を確認した。
彼は今、ベッドの上にいる。アールヴの暮らしていた小屋とそっくりな建物内にいた。
とりあえず外に出てみて、周囲をきょろきょろと見渡してみる。
足元の地面は雲で構成されており、どこまで真っ白な世界だ。
この場所に太陽は見覚えがあった。
「天界、だな」
少し前まで、天使とか神様とかと戦っていた場所である。
太陽との戦いによって天使の姿はなく、また建物なども太陽の魔法によってなくなっているようだ。彼が天界に残した爪痕は大きい。
もう無人となっているはずの世界。
されども、遠くには一つの建物が確認できた。不自然に設置されているその場所は、いかにも来てくださいと言わんばかりである。
「たぶん、ルナが用意したんだろうな……」
まだ何か考えているのだろうと、太陽も察しているようだ。
もちろんあの建物も、ルナが設置した場所である。今太陽が出てきた小屋も同様だ。
どういう思惑があるのかはまだ理解できないが、ともあれ謎の建物に向かってみるかと思う太陽。
そんな時だった。
「――痛っ。ちょっと、ルナ! いきなり転移するのはやめなさいって……」
ドサリという音とともに、小屋の中から声が響いた。
聞き覚えのある声である。太陽が小屋の中を覗いてみると、ベッドの上に人影があった
目と目が、合う。
「――――ぁああああああああああ!!」
そして、彼女もまた太陽を認識して叫び声をあげるのだった。
「あ、あんた、ようやくっ」
くせのある金髪に、くりっとした金の瞳。肌は真っ白ですべすべだが、肉付きは薄い。伸びた八重歯、小さな角と翼、くねくねと動く尻尾は愛らしかった。衣服は胸元と腰元を覆い隠す程度の露出が多いものである。
そして見た目は幼女ときた。
彼女の姿を見て、太陽はその名を口に出す。
「リリンじゃん。お前もここに来たのか?」
ロリサキュバスこと、リリンがこの場所に来ていた。
恐らくは、彼女もまたルナの手によって天界に連れて来られたのだろう。太陽と同じように、影移動によってこの場所に転移してきたのだ。
そんなリリンは、久しぶりに会った太陽を前に……興奮しているようだった。
「な、なに、のんきにしてるのよ! あたしが、どれだけっ……くそぉおおおお!!」
「あ、ちょ、おい!? なんで怒ってんだよっ」
リリンがすかさず太陽に走り寄り、彼の胸倉をつかみ上げる。
その目は怒りで血走っていた。
「あたし、処女じゃなくなってるんだけど!?」
「え? あ、えっと」
「しかも、外からじゃなくて、内側から破れたんだけど!?」
「そ、それは、なんというか」
「あんたにあたしの気持ちが分かる!? 行為もしたことないのに、出産することになったあたしの気持ち! 凄いのよ……内側から膜が破れたの。正直、物理的な痛み以上に、心が痛かったわよ!!」
加賀見太陽は童貞である。
同時に、リリンもまた処女である。
そんな二人の間にルナが生まれたわけだが、当然リリンは処女のまま出産に臨むことになったのだ。
もう彼女は、処女じゃない。
いや、厳密にいうと処女なのだが、膜がなくなっていたのだ。
「さ、サキュバスとしての、プライドがっ……」
リリンは涙目になって太陽の胸倉をブンブン振り回す。
一方の太陽も、リリンには悪いと素直に思っているようだ。先ほどから神妙な面持ちをしていた。
「リリン……げ、元気だせよっ。ほら、出産ってきついらしいし? 処女じゃなくなる時も、痛いっていうし? ほら、一度に二つ終わったから、一石二鳥じゃん!」
「こ、ころすぅ……あんたを殺して、あたしも死ぬ!」
そう言ってリリンは太陽の首を絞めるが、太陽の体が頑丈すぎて殺すことは出来ない。
「うぅ……あたし、エッチで処女を卒業したかった! あんたとのエッチ、楽しみにしてたのに!」
色々と溜まっていたのだろう。
リリンはわんわんと泣いて、太陽の胸元に顔を埋めた。
「ご、ごめんっ。マジごめん! ちゃんと認知するからっ。ルナは、俺の子供だから!」
流石に太陽も罪悪感を覚えているのだろう。平謝りしてきた。
一方のリリンは、泣きながら怒るのみ。
「そんなの、当たり前よっ。認知しなさい……きちんと育てて。あんたの子供なんだからっ」
その姿は、まるで若年のカップル。
誤って妊娠させてしまい、怒る彼女と謝る彼氏の図だった。
「責任とりなさいよねっ」
「とる! それは、うん。しっかりとるから……もう泣くなよ。な?」
「うるさい、ばかっ」
ぐすぐすと鼻をすするリリン。
太陽は彼女を抱きしめて、とにかく謝り続けるのだった。
しばらく謝っていると、やがてリリンも落ち着いてきたようで。
「……ごめん。ちょっと、取り乱した」
涙を拭いながら、太陽から離れた。
その表情はまだぶすっとしているが、もう怒りは収まっているらしい。
だが、完全に冷静ではなく。
「ねぇ、太陽。あの約束、今果たして」
「え? 約束……」
「だから、エッチしなさいってことよ」
太陽の手を強引に引っ張って、リリンはそんなことを言うのだった。
有無を言わない彼女の態度に、太陽は目を白黒させる。
「た、確かに、約束はしたけど……今?」
「ええ、今よ。ベッドもあるし、二人きりだし……もういいでしょ? あたし、我慢できない」
唇を尖らせながらも、ベッドに手招くリリン。
喧嘩の後はセックスという、ある意味若年カップルのテンプレ的流れだった。
(あ、あれ? もしかして俺、童貞卒業できるんじゃね?)
今までで一番のチャンス到来だということに、太陽は気付く。
邪魔もいない。相手も乗り気。そして太陽も、責任を感じているのでリリンのお願いは断れない。
ここまでお膳立てされては、流石の童貞でもイケると確信できるような。
それくらい絶好の機会が、太陽にやって来ていた。
(やれる……やれるぞ!!)
太陽は、息をのむ。
童貞卒業のチャンスに、胸を弾ませるのだった――




