129 加賀見太陽、逃亡
「――ハッ!?」
目を覚ます。目をこじ開けて見えたのは、こちらを覗き込む彼女の顔。
「大丈夫? 太陽くん」
クスクスと笑うミュラに太陽は安堵の息を漏らした。
頭の後ろには柔らかい感触がある。太陽はミュラに膝枕されていた。
「ふぅ……おっぱいじゃなくて良かった」
「そんなにおっぱい怖いの? 好きなくせに」
「うるさい。こう、なんていうのかな。いざ目の前にしたらさ、緊張で身体が震えるんだよ。童貞の悲しい性質だよなぁ」
「そうなんだ? そういうところ、太陽くんらしいよね」
太陽はまだアールヴの小屋にいた。
さっきまで太陽を攻めていたおっぱい要員エルフはいない。アールヴもどこかに行っているようだ。
「アールヴ様たちなら、今はいないよ。安心して」
ミュラが太陽の頭を撫でながら言う。
膝枕は最高の一言だった。出会った時とは違い、大分肉付きが良くなっているのでクッション性も高い。
「……お前、大きくなったな」
感慨深くなって、思わずそんなことを呟いてしまう。
ミュラはそんな彼に、クスクスと笑った。
「おかげ様で。君がボクを助けてくれたおかげで、ここまで育ちました。ありがとうね」
「お、おう」
柔らかい微笑に太陽は思わず視線を逸らす。
なんというか、仕草がお姉さんっぽくなっていて見ていられなかったのだ。童貞スキルがミュラにまで発動するようになったらしい。
それくらい、彼女が大きくなったということでもあった。
「前にも言ったけど、さ……改めて。太陽くんには感謝してるから」
そう言って、ミュラは太陽のほっぺたに軽くキスをした。
挨拶のような気軽さで。柔らかい唇を押し付けられる太陽。
「――っ」
途端に息を飲んで絶句する彼は、童貞すぎて反応もできなかったようだ。
ほっぺたを抑えて、ミュラを凝視するばかり。
「えへへ……気持ち、伝わったかな?」
想像以上に太陽が照れていたからだろうか。
ミュラの方まで恥ずかしかったらしく、ちょっとだけ子供に戻ったように赤面した。
そんなところを見て、やっぱりミュラだなーと感じる太陽。
「ほ、本当に……大きくなったな」
体も、心も、おっぱいも。
太陽の想像以上に育っていた。ともすれば、太陽が手玉にとられてしまうくらいには、大きくなっている。
「「…………」」
ふと、ここで沈黙が舞い降りた。
どうにも気まずくなって押し黙る二人。それでも視線は離れず、見つめあったままだ。
なんというか、雰囲気的には情事に発展しそうなカップルのような。
お熱い、とでも表現できる空気が二人の間に流れる。
(な、なんか、今ならイケる気がする!?)
はっきり言おう。
太陽はムラムラしていた。
だって、さっき……あんなにおっぱいをされたのだ。
童貞故に恐怖で失神したものの、だからってエロくなかったわけではない。脳裏にはまだおっぱいがこびりついている。
ミュラだってもう大きくなっているのだ。
エロい目で見てもしょうがないだろう。
「太陽くん……」
ミュラが、そっと顔を近づけてくる。
これはもうセックスだな、と太陽がドキドキしながら目を見開いた――その時だった。
「ルナの登場ですの!」
おじゃま虫が、場の雰囲気をぶち壊した。
「あら? お父様、どうしてそんなに赤面してますの? ミュラお姉さまも、どうしてそんなに色っぽい顔でお父様を見てますの?」
子供故の純真さが二人を惑わせる。
キョトンとするルナに、ミュラと太陽は慌てて距離を離した。
「ち、違うぞっ。これは、その、ミュラが俺を襲ってきたんだ! 痴女め、こんな子に育てた覚えはないからな!」
「あー! ボクだけのせいにしたっ。太陽くんだって、受け入れようとしてたくせにっ」
「襲う? 受け入れる? むぅ……ルナには難しいですの」
とてとてと走って、ルナは太陽に抱き着く。
その表情は、太陽に会えて嬉しいと言わんばかりに輝いていた。
「お父様! 魔物の討伐、お疲れ様ですわっ」
「……やっぱりお前、何かしてたな?」
「はい、ですのっ。お父様の偉大さをエルフ共に教えてやるために、魔物をけしかけて差し上げましてよ」
無垢な笑顔には一切の邪気がない。
だからこそ、厄介ともいえるが。
「この悪ガキめっ……まぁ、今回は俺もいい思い出来たし、あんまり怒らないでやるけど」
なんだかんだおっぱいがたくさん触れたので怒りは薄かった。
いやよいやよも好きのうち、ということである。おっぱいに気絶したが別にイヤだったわけではないのだ。
お仕置きの意味も込めて、ルナの脇腹をくすぐってやる。
すると、彼女は嬉しそうに身をよじりながら笑っていた。
「いやん、お父様ったらぁ……ルナ、怒られるより褒められるのが好きですの。いっぱい褒めてくださいまし」
ニコニコ笑いながら、彼女はこんなことを口にする。
「お父様はこの戦いで、エルフの英雄になりましたわ。数多くのエルフがお父様の戦いを目撃して、感謝してますのっ。愚かな種族にも、お父様の偉大さが伝えられて何よりですのっ」
上空で戦闘していたところを、エルフもバッチリ目撃していた。
だからこそ、数多くのエルフは太陽とかいう化け物に感謝の念を持ったようだ。
「だから、もっとご褒美ありましてよ! ルナが、そうするように指示しましたの」
「……ご褒美?」
と、ここで太陽が何か嫌な予感を覚える。
ルナは太陽のことが大好きだが、大好きすぎるあまり結構空回りする子なのだ。
普通のご褒美であってくれよと、願ったが。
「これから更に、エルフの美女がお父様のところに来ますわっ。ルナが、アールヴとかいうエルフに、そうしろと指示しましたの!」
そう言って、褒めて欲しいと言わんばかりに擦り寄ってくるルナ。
そんな彼女の言葉に、太陽は頬を引きつかせていた。
「みゅ、ミュラさん? そういえば、あのエロエルフさんたちは今……どこ行ってんの?」
反射的にルナの頭を撫でながら、彼は問いかける。
キャー、と嬉しそうにするルナを傍目に、ミュラは肩をすくめながらこう言うのだった。
「太陽くんを懐柔するために、他の女性エルフも集めるって言ってたけど? おっぱいでもって制圧するって、アールヴ様が言ってた」
「なん、だと」
そして太陽はよろめく。
勝ち目のない戦いを前にした雑魚のごとし。おっぱいとかいう強敵を前に、太陽は冷や汗を流していた。
「に、逃げなきゃ……俺にはまだ、無理だっ」
「ふぇ? お父様、もしかして……イヤですの?」
「イヤってわけじゃないけどっ。やっぱり、童貞には、刺激が強すぎてあれだから。うん、もう少しゆっくりレベル上げさせて……」
ハーレムハーレム言ってたくせに、いざそうなるかと思えばヘタレる。
情けない童貞の極みだった。
「ふーん? でしたら、次のステージに行きまして? 用意してますの」
「……まだ何かやってるのか」
ファザコンすぎて、他にも色々用意しているようだ。
太陽は訝しそうに目を細めるも、躊躇している余裕はなくて。
「し、仕方ない! すぐに俺を連れて行ってくれっ」
おっぱいの大群を前に、彼は逃亡することを決意するのだった。
「分かりましたの! ルナにお任せあれっ」
そう言ってルナは、太陽に手を当てる。
「【影移動】――『天界』」
そして、魔法を行使。
次の瞬間には、太陽が影に染みこむようにして消えていくのだった。
闇属性魔法の影移動――これは、影から影に移動する一瞬の転移魔法である。
これで太陽を、アルフヘイムから逃がしたと言うわけだ。
後には、ミュラとルナが残される。
「……ルナちゃん? 君、分かってて邪魔してきたでしょ?」
ミュラはジトっとした視線をルナに向けていた。
太陽といい雰囲気になったところで、狙いすましたかのようにルナが登場してきたのだ。
タイミングが良すぎるし、それにサキュバスを親に持つ彼女が、そういった情事について知らないわけがないと思っていたのである。
「ふぇぇえ? ルナ、まったく分かりませんの~」
対するルナは、とぼけるばかり。
「ルナはお父様が大好きなだけですわ」
含んだように笑うルナに、ミュラはやれやれと肩をすくめるばかりだった。
かくして、アルフヘイムにてミュラとの旅行は終わる。
今度の舞台は――天界。




