12 最強の慟哭
ムラムラしていた。
加賀見太陽は、この上ないくらい悶々としていた。
(女の子と喋りたい……女の子に触れたい!)
そもそも彼はハーレムを作りたくてこの世界に来たのである。女の子に囲まれた生活が送りたかったのである。自分を取りあう女の子たちを眺めながら「やれやれだぜ」などとスカした主人公みたいになりたかったのである。
なのに、現状はどうだ。太陽の周囲に女の子などどこにもいなかった。
「ご主人様。邪魔です。消えてください」
存在するのは見た目だけは女の子のゼータだけ。とはいっても彼女は魔法人形なので女の子としてカウントすることはできない。あと、太陽にデレていないのでヒロイン枠にも入らない。
「……せめてお前がもう少し好意的だったらなぁ」
「ゼータはお掃除で忙しいのでそんな戯言はおやめください。吐き気がします」
淡々と罵倒してくるゼータに太陽は無言で首を振る。魔法人形にヒロインを求めるのは酷だと理解した。
とにかく今は、ムラムラしている。このムラムラを解消しなければならない。
「よし……行くか」
故に、彼は決意する。
今までずっと興味があった。行きたいと思ったことは何度もあった。だが、なんとなく足が向かなくて結局は行くことなどなかった。
その場所に――世間一般的でいうところの『キャバクラ』なる場所に、太陽は行くことを決意したのである。
(ちょっとだけ……お、女の子とお喋りするだけ! 本当に、それだけだからっ)
くされ童貞の太陽は、されども女の子が好きだ。異世界に来て早数ヶ月。お喋りに付き合ってくれるような女性と出会ったことなどない。
だから彼は求めていたのだ。
前の世界でも成し遂げられなかった夢――女子と、お喋りすることを。
そのため、彼はキャバクラに行く覚悟を決めたのである。
(異世界のお父さん……お母さん……俺、男になります!)
そうして、彼は女の子と喋りたいがために夜のお店に向かうのだった。
フレイヤ王国には『裏街』と呼ばれる場所が存在する。活気のある城下町から少し離れた場所に、夜のお店が立ち並ぶ通りがあるのだ。
そこには様々なお店がある。太陽が想像もできないようなことをするお店だって、当然たくさんあった。
だが、彼が向かったのは夜のお店の中でも比較的健全なお店である。
『セクシャル・カオス』
外装はまるで喫茶店のようなお洒落な感じで、内装もまた喫茶店とほとんど変わらない。喫茶店と違うのは、一緒のテーブルに女の子が座るだけ。
おさわりも禁止。お持ち帰りも禁止。ここは本当に、ただお喋りをするだけの場所である。太陽は事前情報でその『セクシャル・カオス』のサービス内容を聞いていたからこそ、ここを選んだ。
彼は夢見る童貞である。まだ、お金で童貞を捨てるまで心を捨ててはいない――と本人は信念を持っているつもりなのだが、実際のところ行為に至る勇気がないだけである。端的にいうとへたれなのだ。
「ふぅ……いよいよ来てしまった。でも、ここで引くわけにはいかないっ」
ともあれ、女の子と喋るために。太陽は震える体に鞭を打ち、勇気を振り絞って『セクシャル・カオス』に足を踏み入れるのであった。
「いらっしゃいませ~」
扉を開くと可愛い女の子が出迎えてくれた。フリフリの多いピンクのメイド服――なのだがやけに露出の高い衣服である。ゼータの格好を見慣れた太陽にとっては目に毒ともいえるくらい過激だった。
「初めてですか?」
「ひゃ、ぃ」
顔を真っ赤にして声を上ずらせる太陽。途端に童貞感を醸しだした彼を、出迎えてくれた店員はニコニコ笑いながら案内してくれた。
「それでは、この写真から好みの子をお選びください。時間の都合がよければ、すぐにでも案内しますので」
「……ぅ、す」
差し出されたのはメニュー表のような紙。されどもそこに載っているのはこの店の店員であろう、女性の顔だった。
(好みとか、言われても……)
みんな可愛く見えて仕方がない。というか、太陽は女の子が好きなので顔のストライクゾーンは異常に広い。年上であれば誰でも良かったりする。
(ぅ……誰だろうと、緊張しそうかも)
今でさえ心臓がバクバクいってるのだ。会話にすらならないとなれば、相手の女性だって不審に思うだろう。
そんな心配をしたものだから、太陽はますます平静を保てなくなっているようだった。
(ど、どうしよう……って、躊躇っている場合じゃない!)
へたれる太陽は、しかし自らに気合を入れる。
(ハーレムを作るって言っただろ! 女の子と喋る程度、普通にできなくてどうするっ)
自分自身に活を入れ、それから彼はようやく相手の女性を選ぶのだった。
「あ、あなたでも、いいですか?」
選んだのは、太陽を出迎えてくれた女性。正直誰でも良かったのだが、とりあえず目についた彼女ならまだ大丈夫かなと、太陽は思ったのである。
そんな太陽に、女性は満面の営業スマイルを浮かべていた。
「はい、喜んでっ。それでは、席に行きましょう♪ お名前は、何ていうんですか?」
「た、太陽、です」
「太陽くん、ね。私はアテナ。よろしくね」
「アテナ、さん……っ」
心臓がうるさい。こうして普通に会話してるだけでも赤面してしまっている。
今まで怖がられることしかなかった。畏怖され恐怖され、隷属させることしかできなかった。だからこそ太陽は、普通の笑顔を見てどうしようもないくらいに動揺してしまっていたのだ。
(か、かわいい)
この笑顔なのだと、太陽は喜ぶ。彼が望んでいたのはこういう笑顔だ。恐怖にひきつらせた表情でも、諦めるように己の身を差し出すような絶望の表情でもない。笑顔こそ、彼の望んでいたものだった。
「ふふ、緊張してるの? 大丈夫ですよ、リラックスしてください」
固い太陽を見てか、アテナが気を使うようにそんなことを言ってくれた。優しい彼女に既に心を奪われていた太陽は、肯定を表現するために何度も首を縦に振る。
「太陽くんが楽しんでいってくれると、嬉しいです♪」
そう言いながらアテナは席に案内してくれた。促されるままに太陽が腰をおろせば、アテナは対面の席でなく太陽の隣に座ってくれる。そういうシステムらしい。
「っ……」
距離は近い。すぐそこにアテナがいる。いい匂いがした。露出が多いから色々なところに視線がいきそうになった。
とにかく、アテナにメロメロだった。
(お喋りだ……お喋りを、しなければっ)
太陽は意気込む。こんなに素敵な彼女と会話できるこの瞬間を楽しみたいと、純粋に願っていた。緊張と興奮で頭が沸騰しそうでも、彼はひたすらに願う。
ただ、女の子と仲良くなりたい――と。
そう、祈っていたのだ。
「太陽くん、今日は来てくれてありがとう」
でも、そんな彼の決意は早々に砕けることとなる。
「……いっぱい、お喋りしようね♪」
彼女としては、サービスのつもりだったのだろう。悪気がなかったのは分かっている。というか、好意しかないことは女性経験のない太陽でも理解できていた。
だが、童貞の彼に……その行為は、過激しすぎた。
「えい」
軽く、頬に何かが触れる。
熱かった。柔らかかった。それは、唇だった。
つまり、太陽は――アテナに、キスされたのだ。
頬にではあるものの、それは間違いなく接吻だった。
「――――」
刹那、太陽の頭は真っ白になる。自分を失い、頭は爆発し、もう何が何だか分からくなるくらい混乱してしまっていた。
「……あ、あれ? 太陽くん? ちょ、どうしたのっ」
驚くアテナに、謝ることもできず。
「ぅ、ぁ……」
太陽は、そのまま気を失ってしまう…………
結局、女の子と喋るという目的を果たすことはできなかった。
これこそが、太陽がハーレムを作れない一番の原因だった。いくら強いといっても、一般人に彼の強さは伝わっていない。簡単に説明すると、ギルド員や騎士兵、あるいは城の関係者でもない限り太陽を恐れる者はいなかったりする。
だというのに、彼が女の子と仲良くなれないのは、彼自身に理由があったのだ。
――女性は、やっぱり苦手だ。
つまるところ、彼はどこまでいっても童貞で。
女性にちょっとスキンシップされただけで気を失ってしまう、へたれなのである。
「こんなんでハーレムなんて、作れるわけないだろおおおおおおおおおお!!」
太陽は慟哭する。『セクシャル・カオス』を出て、恥ずかしさのあまり彼は暴れていた。
フレイヤ王国の外れにある、誰も近寄ることのない『魔物の巣』にて。
太陽は、ひたすらに暴れまわっていた。
「くそぅ……くそぅ……ちくしょう!」
業火が魔物を焼き尽くす。一体、二体、三体と、どんどんと魔物を燃やしていく。というか、魔物の巣そのものが燃えていた。
数えきれないほど魔物がいるせいで、人間が誰も近づけなくなってしまった侵入禁止区域で……太陽は破壊の限りを尽くしていた。
最早『魔物の巣』そのものがなくなってしまうくらいの勢いである。そこに住む魔物は当然太陽に襲いかかるが、その全てを燃やす太陽に太刀打ちできるわけもなかった。
それはまさに、蹂躙。
太陽による無差別な魔物の殺戮である。
普段はこんなことしない太陽なのだが、今はそれくらい恥ずかしくて仕方なかったのだ。
『グルルルル……』
そんな時に、一体の魔物が目を覚ました。
恐らくは『魔物の巣』に封印でもされていたのだろう。銀色の、それでいてとてもつもない巨体を持つその魔物の名は『古代龍』である。
「……【人類の災厄級クエスト】じゃないか」
その姿を見て、太陽は魔物の正体に気付いた。【炎龍】と肩を並べる魔物を起こしてしまったかと思う反面、丁度良いとも彼は笑う。
「死ねぇええええええええええええええええ!!」
全ては、恥辱を晴らしたいがために。
太陽は、全力で八つ当たりを繰り広げるのであった……
『グルァアア……』
その時、古代龍は死んだ。
誰にも気付かれることなく【人類の災厄級クエスト】が達成された瞬間であった。
「うぅ……まずは、女の子の前でも平常心を保つ練習をしないと」
太陽は憂う。
生命の息吹が一切なくなった、元『魔物の巣』跡地にて、一筋の涙を流しながら。
「ちくしょおおおおおおおおおお!!」
彼は、慟哭するのであった――