123 加賀見太陽は時に残酷
「や、やめろ! 俺を誰だと思っている!? 大貴族ヒュプリス家の跡取りだぞ……って、ぎゃぁああああああ!?」
アルフヘイム、外壁にて。
赤髪赤眼のイケメンは、魔物に襲われて泣き叫んでいた。
「おい、待て……金ならやろう! だから俺を喰うは、やめろ!」
彼の眼前には犬型の魔物『ファングウルフ』が複数いる。
まるで狩りをするように、じわじわとイケメンを追い込んでいた。
「くそがぁああああああ!! おい、無能共! 俺を置いて逃げてんじゃねぇよ!」
彼の名はグリード・ヒュプリス。
かつて、アルフヘイムでミュラを虐めていた大貴族である。
そんな彼は今、魔物に虐められていた。
弄ぶかのようにファングウルフ達はグリードを威嚇する。唸ったり、襲い掛かる振りをしたり、グリードはそのたびに喚いていた。
彼は外壁で兵士たちと一緒に魔物退治をしていたのだが、劣勢を見るや否や逃げ出して孤立したのである。結果、魔物をおびき寄せることになり、他の兵はその隙に逃げだというわけだ。
完璧な自業自得である。だというのに周囲に当たり散らす彼は、以前とまるで変っていない。
ただ、前より大分苦労はしているようだ。今回も本人は嫌がっていたが、アールヴに命令されて魔物退治に赴いていたのである。
「ひ、ひぃ……クソっ! これも全部、あの人間が悪いんだ!」
グリードはとある人間を脳裏に思い浮かべて青筋を浮かべる。
その人間のせいでエルフの生活は劇的に変わった。このことを彼は未だに恨んでいるのである。
「加賀見太陽め、死ねぇぇえええええええええ!!」
叫び、止めを刺そうと迫りくるファングウルフに目をつぶる。
だが――覚悟した死は、訪れることなく。
「ふーん? お前、俺の事知ってんのか?」
薄目を開けて、そこに見えた加賀見太陽の姿にグリードはぽかんと呆けてしまった。
「お、お前は、加賀見太陽!?」
加賀見太陽が、絶命したファングウルフの上に立っている。
周囲のファングウルフは太陽の強襲に警戒してか、動きを止めていた。
そんな中で、太陽は悠々と欠伸を零している。
「うん、加賀見太陽だけど……あれ? お前の事、見覚えあるな。というか、むかつく顔だな。何でだろう……お前誰だよ」
既に太陽の記憶からグリードは消えているようだ。
しかし、ミュラを傷つけられた怒りは体が覚えていたようだ。
「イケメンだからか……? まぁいいや。とりあえず、お前には二つの選択肢がある」
指を二つ突き立ててから、彼はグリードにこんなことを言うのだった。
「一つ目の選択肢は、俺に『死ね』と言ったについて土下座すること。二つ目の選択肢は、俺に謝らないでこの犬っころに殺されること。どっちがいい?」
無慈悲である。絶体絶命の状況の中、取れる選択肢は一つしかない。
「こ、この下等生物がぁ……」
「おっと。用事を思い出したかも。じゃあ俺は帰るから、お前は頑張れよ」
「待て! 分かった……土下座する。土下座するから、助けてくれっ」
グリードもほどほどプライドが折れて擦り減っていたようだ。
割とすんなり彼は頭を下げて、立派な土下座を見せた。
「ダメだな。頭の角度が浅い」
しかし太陽はケチをつける。
ファングウルフにあぐらをかいて、ニヤニヤと笑いながらグリードを弄び始めた。
「額が綺麗だけど、なに? それで土下座のつもり?」
「っ~!!」
「え、何その態度。別に助けなくてもいいんだけどな……あ、そういうことか。俺に帰っていいよっていうジェスチャーか。分かった、じゃあな」
「……加賀見太陽様っ。どうか、このグリード・ヒュプリスをお助けください」
「グリード? お前って名前あるの?」
「こ、この、卑しくて愚かなエルフを、お助けください!」
怒りのあまり表情を歪めながらも、助けてほしいグリードは太陽の要求通りにする。
完璧な土下座だった。
額は地面にわずかにめり込んでいる。手と膝はガッチリと地面に固定されており、背中から首の角度も深く、心からの謝意を感じられた。
「うん、いい土下座だ……まぁ、助けないんだけど」
そして太陽は鬼だった。
「ごめんな? お前の事、思い出したわ……ミュラを虐めてた奴じゃねぇか! 助けるわけないだろ、ばーか」
むかつく笑顔で無情な宣告を行う太陽。
グリードは怒りのあまり目を血走らせながらも、絶望に顔を青ざめさせるという器用な芸を披露していた。
「く、くそ、がっ……ここまで、やったというのに、人間め!」
「反省が足りないな、エルフさんよぉ……犬のエサにでもなっとけ」
そう言って太陽は、近くに居た一匹のファングウルフを殴りつけた。
『グガァ!?』
「おい、犬ども……あのエルフを襲え。じゃないと、死ぬぞ?」
好戦的な太陽に、ファングウルフ達は死を感知したのだろう。
抗うことなく、素直に太陽の言うことに従って、グリードに襲いかかった。
「ぐぎゃぁあああああ……ぁぁ」
あまりの恐怖に、グリードはとうとう意識を手放した。
ぐったりと倒れこむ彼を見て、太陽は満足そうに息をつく。
「やめろ」
それから、一言。
ファングウルフに命令して、彼はやれやれと肩をすくめた。
「……ふぅ。気も済んだし、もういいぞ」
肩をゆっくりと回す太陽。
彼は動きを止めた魔物に歩み寄って……おもむろに、叩き殺す。
エルフに対しても魔物に対しても、やはり容赦ない太陽であった。
その光景を、外壁の上から眺めていたミュラが一言。
「太陽くんって、あれだよね。たまにびっくりするくらい、残酷だよね」
身内から見ても少し引いてしまったらしい。
もう一人、アールヴからも一言。
「……妾の土下座はどうじゃった? きちんとできておったか? お願いだから、妾達に止めを刺すのはやめてほしいっ。なんなら、もう一回土下座した方が良いか?」
グリードの扱いにアールヴは恐怖を抱いたようだ。
そんな二人の感想に、太陽はそんなことないと否定する。
「お、俺はそんなに酷い人間じゃないぞっ」
必死にそう言っても、二人はまったく信じてくれなかった。




