121 からかい上手のミュラさん
「あの娘はな、全ての元凶じゃ」
気絶から回復したアールヴは、ガクガクと震えながらルナの恐ろしさを教えてくれた。
「ある意味、人間に統治されていた時が遥かにマシじゃった……」
目を細める彼女は、酒を飲みながら鬱々と語る。
「人間は妾達エルフに対してあまり興味を持ってなかったからな……アイテムや金などはほどほど搾取されたが、しかしそれだけじゃった。妾達はまだ、安全だったといえよう」
だが、ルナの手によって解放されたエルフは……すぐにルナに恐怖を抱くようになるのだ。
「子供たちを取り戻して、あの娘はこう言った。『守るべきものを、大切にしてくださいませ』――と」
そして、その翌日から始まったのが、魔物による襲撃である。
「妾はな、あの娘が魔物をけしかけたと読んでいる。あれは不思議な力の持ち主じゃ……魔物を操る術も持ち合わせているはずっ」
「……可能性はあるな」
アールヴの言葉に太陽はあることを思い出していた。
それは、太陽がルナと出会った直後――まるで示し合わせたかのように、数匹の龍が太陽邸にやって来たのだ。
ルナは龍をいち早く感知して、撃退していたが……今思うとどうもタイミングが良すぎた気がしてならない。
そもそも太陽邸の周囲に龍などいなかったはず。
まるで、ルナが太陽の娘であることを理解させるために、あえて力を使う場を用意したような気がしていたのだ。
ある種のマッチポンプに近いだろう。
「恐ろしい娘じゃ。子供たちを守るために、妾達は日々魔物の襲撃に耐えなければならなくなった。来る日も来る日も、魔物ばかり……かといって大群で押し寄せることはなく、妾達がギリギリ耐えられるくらいを計算して、ネチネチ仕掛けてくるときたっ。一体何者なのじゃ、あのルナという娘は!」
泣きべそをかきながら、アールヴは叫ぶ。
かつては理路整然としており、冷静沈着だった彼女がこうも憔悴しているのだ。
ルナの徹底ぶりが見て取れる。
追い込み方も容赦がなかった。そのあたり、太陽に似ている。
「……ごめんな、あいつ俺の娘なんだ」
隠していても仕方ないので、太陽は率直に事実を告げる。
そうすれば、アールヴはたちまちにボロボロ涙を流しながら、うなだれてしまうのだった。
「そなたの娘じゃったかぁ……妾達、終わった」
がくりと机に突っ伏すアールヴ元陛下。
どうやら心がポッキリ折られたようである。
「勝ち目などない。どうしようもない。ふひっ……全部投げ出したい。でも、妾は頑張る……がんばるぅ」
ぐしぐしと目をこするアールヴは、なんだか見ていて涙を誘う。
自分の娘のせいでこうなってしまったので、流石の太陽もちょっとだけ同情してしまった。
「えっと……まぁ、そんなに落ち込むなよ。娘のやらかしたことは、俺もちょっぴりだけ悪いなって思ってる。だから、魔物の撃退くらいはやってやるよ」
慰めるようにそう言っても、アールヴは嘘だと思っているのかまともに取り合わなかった。
「そう言いながら、逆に妾達に攻撃するんじゃろ? 分かっておる、というか妾がそなたの立場にあったらそうする。どうせ、傷ついてるところに追い打ちかけるのじゃろうがっ」
「いやいや、その発想に俺はドン引きなんだけど」
さて、困った。
太陽は童貞なので、泣いている女の子の扱いなんて知らない。助けを求めてミュラを見た。
「ん? あ、なるほど。そういうことか、分かったよ」
ミュラは太陽の目配せで、彼の言わんとしていることを理解したらしい。
笑顔で親指を立ててから、彼女はアールヴにこんなことを言うのだった。
「これはボクのアドバイスなんだけど……太陽くんってね、とってもエッチなんだよ? 女の子の体が大好きなんだって。だから……まぁ要求はしないけど、後は分かるよな? ――って、太陽くんが言いたそうにしてるよっ」
なかなか見当違いというか、斜め上の助言をミュラは送る。
太陽はおいおいと口を挟もうとしたが、アールヴが突然に大声をあげたせいで何も言うことはできなかった。
「そういうことか!! なるほど、なかなかの鬼畜じゃな……っ! 守ってやるから、身体を捧げろということじゃな!? なんという外道! じゃが、妾には断る余裕がないっ」
「……いや、断れよ」
「しかし、犠牲が妾だけになるというのなら、それは素晴らしいことじゃ……こちらの足元を見て、だというのに要求せずに妾から提案させようとするその姿勢は、卑劣漢の一言に尽きる!」
いつの間にか、卑劣漢・鬼畜・外道の三拍子そろったクソ野郎になっていた加賀見太陽。
「どうか、妾の身体を好きにしていいから……助けてください、お願いしますっ」
そうして、要求もしてないのに体を報酬に懇願してくるアールヴ元陛下。
太陽は困るばかりであった。
「ミュラ……」
恨みがましくミュラを見れば、彼女は悪戯っぽい笑顔で笑っていた。
確信犯らしい。太陽をからかっているようだ。
「あ、ボクはお邪魔かな? 外に出てるよっ。あと、太陽くん? 何かあった時は、きちんとゼータさんに報告するので」
そして、アールヴを焚きつけたくせに、手を出したらゼータに報告すると脅しをかけてきた。
太陽にとってアールヴは他人に近い敵である。そんな彼女とエッチなことをすれば、ゼータはどんなことを思うだろうか?
最悪、嫌われるかも? と思って、太陽は首を横に振った。
「いやいやいや、ゼータが俺を嫌うとか……ない、よな? え、もしかして可能性ある?」
「何言ってるか分かんないけど、不安なら気を付けたらいいんじゃないかな? じゃあ、ボクは外に出るね」
困惑する太陽を置いて、ミュラは出ていく。
その笑顔は最高に楽しそうだった。
彼女はまだ、太陽に五年間放置されたことを根に持ってるらしい。
太陽をからかって憂さ晴らししているようである。
「ちょ、待って……今、俺とこいつを二人きりにしないでっ」
制止しても無駄。
ミュラはニッコリ笑って、扉を閉める。
そして、小屋の中には……意味もなく覚悟を決めてドレスを脱ぎだしたアールヴと、挙動不審になった加賀見太陽が残るのであった。
「ふっ……妾、最近やせ細っているが、胸だけは何故か大きくなっているようでな、恐らくはそなたも満足してくれる体だと思うのじゃ」
「――ま、まだ大きくなるのかっ」
前々より、身体だけは素晴らしいと思っていたアールヴである。
ただ中身がまるっきり好みじゃないので、欲情したことはなかった。
でも、改めて前にすると……アールヴの体は、やはりエロかった――




