11 チート野郎の本気
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名前:ヘズ
種族:人間
職業:剣士
属性:なし
魔力:なし
スキル:【心眼】【魔力感知】
冒険者ランク:なし(ギルド無所属のため)
二つ名:なし(ギルド無所属のため)
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「【火炎】」
速攻だった。
戦闘狂じみた笑みを浮かべるヘズを見て、太陽は即座に戦いを終わらせたいと思った。
ヘパイストスの件といい、頭のおかしい存在と関わるのは少し遠慮したかったのである。勝負を一瞬でつけてさっさと帰りたいと考えていたのだ。
「……フハハハハッ」
盲目の戦士に迫る火炎。【火球】ほどの威力はないものの、普通の冒険者では対応できないほどの炎撃である。
だが、ヘズは回避するそぶりなど見せない。それどころか真っ向から炎に向かっていた。
腰を落とし、持っていた杖を鞘のごとく腰に据える。その右手は、杖の先の方を握りしめていた。
「――っ」
刹那、右手が振るわれる。その手には刀が握られていた。ヘズの持っていた杖は、いわゆる仕込み刀というものだったのだろう。
その刀を、ヘズは居合い斬りのような動作で振るったのだ。
魔法に対する物理的な対応。魔力も帯びてないその刀は、通常ならどうにもならない無意味な所作でしかないのだが。
「……は?」
炎に刀が触れた直後――太陽の放った魔法が、消えた。
いつもなら破壊を撒き散らす絶対的な攻撃が、跡形もなくかき消えてしまっていたのだ。
「ふぅ」
何事もなかったかのように刀を鞘に戻すヘズ。その口元には薄い笑みが浮かんでいる。一方の太陽はぽかんとするばかりであった。
そんな彼に、ヘズは言葉をかける。
「魔法には『核』というものが存在する。魔力を現象として現実に干渉するための、動力源のようなものが備わっている」
「……それは、知ってるけど」
魔法の基本だ。異世界に来て数ヶ月の太陽ですら理解できている魔法の原理である。
そんな常識をわざわざ説明する意味。
「某は、この核が見える。そして、斬ることも可能である」
核を視認し、切断もできる。それはつまり……
「核さえ斬れば、魔法は形を維持できない。どんな魔法でも関係なく……某は切り捨てることができるのだ」
そう。魔法は全て霧散する。核を斬られるとなればどうしようもないのだ。
「某は光が見えないが、魔力は見えるのだ……貴君の動きもまた、魔力を有するものなら然り。簡単に通用するとは思わぬことだ」
盲目の剣士は、盲目を弱点とせずに武器とした。どんな魔法であろうとヘズには関係ない。放出系の魔法であれば何であろうとかき消されてしまう。
「因みに言っておくと、この剣は【不滅の剣】という。絶対に折れないし、壊れない。世界に何本ともない神剣だ」
太陽の炎に触れても溶けない、不滅の剣。ヘパイストスの魔剣を壊した時のような攻撃も無意味と太陽は理解する。
「……説明をありがとう。そんなに俺に情報を与えてもいいのか?」
「構わぬ。某は貴君の情報をおおよそ把握しているからな。条件は対等にしておくべきだろう」
心から戦闘を楽しんでいるのだろう。不敵に笑うヘズを見て、太陽は気の抜けた表情を一転させる。瞳に真剣な色を輝かせた。
「ご丁寧にどうも。【火球】」
「無駄」
「【炎熱剣】」
「甘い」
「…………【爆発】」
「だから、無意味と言っている!」
続け様に放った魔法も全て切り捨てられる。本当に通用しないことを確認した太陽は、次いで自らの体に魔法を付与した。
「【火炎魔法付与】」
炎を身にまとい、魔力によって身体能力を向上させる。遠距離攻撃がダメならばと、彼は接近戦を繰り広げることにしたのだ。
対するヘズは、やはり冷静で。
「遠くがダメなら近くで、か。その流れは必然……だからこそ、某にとっては都合が良い!」
「っらぁ!!」
勢いに任せて拳を振るう太陽に、ヘズもまた剣撃で応戦した。拳と剣がぶつかり、火の粉が散る。初撃は防がれた。流れるように二撃目を放つ。
今度は蹴りで、ヘズの腹部を狙う。
「温い」
だが、やはりヘズには効かなかった。なんてこともないように半歩後退することで蹴りを回避。今度は刀ではなく鞘で太陽の肩口を叩く。
「くっ……」
直撃。勢いに押されるかのように太陽は数歩後ろに下がった。再び距離が空いたことで、戦闘に束の間の時間が生まれる。
その間に、ヘズは鞘に刀を収める。またしても腰を落として居合いの構えをとった後に、口を開くのだった。
「某には魔力が皆無故、魔法を放つことはできない。なればこそ、代わりに技術を磨いた。体術、剣術、そして精神に至るまで……限界まで磨き上げた。近接戦には自信がある」
遠距離は無効化される。近距離はヘズの独壇場。戦うことが好きだという狂人は、勝利のために二重の策を張っているらしい。
「…………」
これでは、いくら太陽であれ簡単に勝利するのは難しかった。
文句なしの難敵である。この世界に来て恐らく唯一とも言えるような相手を前に、太陽は――
「面白い」
――ヘズと同じように、不敵な笑みを浮かべていた。
「面白い。そうか、あっさりと勝てはしないのな。なるほど、ヘズさんって凄いわ……こんなにも己を鍛え上げるなんて、少なくとも俺にはできないし、できなかった。素直に尊敬するよ」
神様からもらった能力に頼り切っている太陽では、到達できない領域にヘズは存在する。それを知覚したからこそ、太陽は笑っていたのだ。
「まあ、だからって負ける気はしないんだけど」
そう言って、彼は右手をかざす。
「【火炎魔法炎上】」
放たれたのは何の変哲もない炎だった。リングのような形で広がる炎は、【屍の森】を覆うように周囲へ広がっていく。
それはまるで炎の結界のようだった。すぐに太陽とヘズは四方を炎で覆われることになる。
「……これは?」
「俺のオリジナル魔法。【火炎魔法炎上】っていうふざけたスキルをそのまんま使って作ったんだよ。効果は『火属性の魔法を燃やすこと』だけ。火属性の魔法以外は燃えないっていう、変な魔法だな」
太陽の言葉通り、周囲に広がった魔法からは一切の熱を感じなかった。木々にも触れているのに、煙一つ上がっていない。
つまりは、火炎魔法のみを燃やす魔法ってことである。
「ふむ。狙いは、聞いてもよろしいか?」
「ん? あー、ヘズさんにはあんまり関係ないよ。これは俺が周囲に被害を広げないために作った魔法だから」
火炎魔法を燃やせるその炎は、太陽の魔法もまた同様に燃やせるということである。そのため、屍の森から外に火炎魔法が漏れないということだ。
何故太陽がそんなことをしたのか。
わざわざ炎の結界まで張る理由は、ただ一つ。
「これで、本気を出せる」
――全力で、ヘズを仕留めるため。
そのために他ならなかった。
「それは重畳。全力で挑ませてもらおう」
太陽の発言は裏を返せば舐めていたと言っているようなものだが、しかしヘズは怒ることなく。
むしろ喜ぶかのように集中力を研ぎすませていた。
そんなヘズに、太陽もまた気合を入れて魔法を放つ。
「【炎蛇】」
展開するは、炎の大蛇。唸るような炎は今までの魔法と違って生きているように蠢き、ヘズのタイミングを撹乱する。
「…………っ」
先ほどとは毛色の違う攻撃に、ヘズは少し意識を取られたようだ。
その僅かな隙をつくように、太陽は重ねて魔法を展開した。
「【地獄の業火】!」
顕現するは、赤黒く染まった大炎。
地面から噴き出すかのような獄炎に、勝負が始まって初めてヘズの顔が歪んだ。
「ぐぅ……」
炎の蛇は一振りでかき消すも、地獄の炎はそうもいかない。何せ地面から噴き上がってくるのだ。しかも炎の量が多く、核を斬るにも邪魔でしょうがない。
できることといえば、致命傷となりえう炎を刃で振り払うことだけ。
「【大炎の海】」
それでも太陽は容赦しなかった。今度は大海のごとき炎をヘズに向ける。いつもよりも更に被害の大きい魔法を太陽は次々と放っていく。
何もしてなければ周囲一帯が全て焼けつくすであろう炎の連撃。だが、周囲を覆った【火炎魔法炎上】の炎によって、余分な炎は燃え尽きていた。
太陽の思惑通り、被害は抑えられている。洞窟や建物内など狭い場所はどうにもできないが、平原のような広い場所なら被害は抑えられる。
まあ、こんなにも大規模な攻撃を向けられたヘズからしてみればたまったものではないのだが。
「ぬぉおおおおおおおおお!!」
盲目の剣士は必死に剣を振るう。迫りくる大炎を振り払い、消滅させ、切り刻めども炎は次々と押し寄せていた。あまりの炎に核を切り刻む隙を見いだせないでいるのだろう。立ち往生してしまっている。
「……俺だって、いつまでも変わらないままじゃない。実は練習してたんだよ……『中級魔法』をな!」
太陽は今まで低級魔法しか使って来なかった。それだけで相手を圧倒できたし、それ以上の攻撃手段を獲得する意味もなかったのである。
だが、元はファンタジー大好きの日本人。魔法の存在に憧れていた頃の記憶は変わらず、極めたいがために練習していたのだ。その努力が実って、こうして中級魔法も使えるようになったのである。
低級から中級へのレベルアップ。放てる魔法のバリエーションは増え、攻撃範囲も威力も段違いとなった。それ故に、ヘズも対応しあぐねているのである。
「っ、ぅ……!」
だが、ヘズも意地をみせる。圧倒的な炎の質量に圧し潰されたかに思えたが、強引に刃を振るうことで一瞬だけ炎を跳ねのけた。
その僅かな時間に、ヘズは前へと踏み出す。
「なめ、るなぁあああああああああ!!」
刀を鞘におさめ、居合いを繰り出すかのように太陽の方へ踏み込むヘズ。
恐らくは目に見えない一閃がくるのだろう。そう予想して、太陽は即座に魔法を放った。
「【大爆発】」
低級の爆発魔法よりも更に威力の高い爆発魔法。
最早音と表現するには足りないほどの音をまき散らし、上空の雲さえもはねのけるほどの衝撃を発したその爆発は、迫りくるヘズを容易に吹き飛ばしてしまうのだった。
「く、そ」
盲目の狂戦士が振るった刃は、太陽に届くことなく空を斬る。
「やはり、強い……」
吹き飛ばされたヘズは、そのまま剣から手を離して地面に身を打ちつけるのだった。道着は炎が燻ぶるかのように煙をあげている。
だが、ヘズの体は燃えてはいなかった。炎だけはどうにか斬ることが出来たらしく、致命傷はない。その技量に舌を巻いた太陽は、敬意を示すかのように軽く頭を下げるのであった。
「……俺はズルしてる立場だから、ヘズさんを素直に尊敬するよ。また挑みたい時は言ってくれ。いつでも相手するから」
勝負が、決まる。
「フッ……勝者が何を言う。だが、某は満足だ。まだまだ最強への道のりは遠い。それだけが分かっただけでも、喜ばしいことである。また修行し直して、挑ませていただこう」
ヘズは軽く笑みをつくって、疲れた体を起こした。負けたが最後まで意識を保っていた彼は、潔く負けを認めて太陽に背中を向ける。
そのまま振り返ることなく去っていく背中を見送って、太陽はドサリと膝をつくのだった。
「……疲れた」
疲労感が凄かった。中級魔法を幾度となく放ち、それぞれに膨大な魔力量を注ぎ込んでいたのである。思った以上に魔力を消費しすぎたようだ。
「帰って寝よ……」
彼もまた、足を引きずるように元来た道を戻る。
こうして、盲目の戦闘狂との戦いに幕を下ろした。
本気を出した最強は、やはり最強だったことを証明したのだった――