117 小悪魔ミュラちゃん
ごはんを食べ終えた太陽はお風呂に入ることにした。
着替えを取りに、久しぶりの部屋へと戻る。
てっきりホコリにまみれていたり、あるいは物がなくなっていたりしていると思っていたのだが……
太陽の部屋はしっかりと維持されていた。掃除も行き届いており、綺麗である。
「……あれ? ベッドが、ぐちゃぐちゃなんだけど」
そこでふと気づいたのは、誰も寝ていないはずのベッドに使用された形跡があること。
誰かがここで眠っているようだった。
「太陽くん? お着換え、一応定期的に洗濯してたけど大丈夫だよね――って、ぁ」
ベッドの前で首を傾げて居ると、顔をのぞかせてきたミュラがしまったと言わんばかりに呻いている。
どうやら彼女が、太陽のベッドで寝ていたらしい。
まあそれくらいなら別に何とも思わない太陽なのだが、いかんせんミュラは動揺していた。
「や、その、なんていうか……勝手に寝てたのは、認める。うん、ボクはここで寝てました」
何も聞いてないのに、彼女は勝手に自白してくれる。
「あのね、寂しかったっていうか……少しでも太陽くんを感じたかったというか」
頬を染めて、言いにくそうにもごもごと説明してくるミュラに太陽はニヤニヤと笑っていた。
「なんなら今日、一緒に眠るか?」
五年経って大分大人びているミュラだが、やっぱり以前と変わらない部分もある。
ポンコツなところが以前のミュラを想起させてくれた。
「か、からかわないでよ……もうっ」
ミュラはそっぽを向いて、てきぱきとベッドのしわを伸ばす。
耳まで赤くなっているところがなんだか可愛かった。
「あ、シーツはそのままでもいいからな? ミュラの匂いを堪能させてもらおう」
「……ダメだから。絶対に交換するよ! ほら、早くお風呂行って!」
ミュラは恥ずかしがっているのか、ぐいぐいと背中を押してきた。
「一緒に入ってあげてもいいんだぞ? 遠慮せずに来い、な?」
「…………ふんっ」
やはりそっぽを向くミュラ。
太陽はやれやれと苦笑してから、そのままお風呂へと向かうのだった。
太陽邸の入浴場は割と大きく、複数人で入っても問題ない仕様となっていた。
というのも、ハーレムも目指している太陽がいつか大勢の女の子とお風呂に入りたくて、こうなっていたりする。
まあ、その機会は何年経っても訪れてこないのだが、それはさておき。
「ふぃ~、落ち着くなぁ」
湯船につかりながら、太陽は息を吐き出す。
なんだかお風呂も久しぶりの気分だった。疲れを癒しながら、今この時ばかりはリラックスする太陽。
色々と考えるべきことは多いのだが、今回の敵は何を隠そう自分の娘だ。
そのせいか、危機感が非常に薄い。どうにもルナが悪事を働くような悪い娘だとは思えないのだ。
少しズレているところはあれども、やっぱり太陽の子供なのだろう。
やっていけないことは、きちんと理解していると太陽はなんとなくではあるが確信していた。
だから、こうやってゆっくりとお風呂に入れているのである。
のんびりと安らぐことしばらく。
体も温まって来たのでそろそろあがろうかな、と思ったところで――
「あれ? 太陽くん、もう上がるの?」
浴室と脱衣所を繋ぐ扉から、当たり前のようにミュラが顔を出してきた。
しかも、タオル一枚という際どい姿で。
「ぶふっ!?」
太陽は思わず吹き出してしまう。
ああ、確かにさっき一緒に入ろうと言った。
でも、本気ではなかったのだ。ミュラをからかうための単なる冗談でしかなかった。
まさか一緒に入ることになるなんて、夢にも思ってなかったのである。
「ちょ、ミュラ? な、何やってんだ?」
「何って……太陽くんが一緒にお風呂入ろうって言ったんじゃないの? もしかして、へたれてるの?」
「べ、べべべ別に!? ミュラごときにへたれるわけないだろっ」
「そうだよね~? 前も一緒に入ったことあるもんね。だったらもちろん、問題ないわけだ」
前とは言ってもあの時のミュラはツルペッタンであった。
しかし、今のミュラは――なかなか目に毒なスタイルになっている。
あの栄養失調気味の彼女が、ここまで成長するのは太陽でも予想外だった。
ミュラに今まで感じなかった色気を知覚して、彼は目に見えて狼狽えている。
一方のミュラは先ほどと違って、平然としているようだった。
慣れた手つきで身体を流し、彼女は太陽と一緒に浴槽へと浸かる。
「ふぅ。気持ちいいね……普段はお湯張るの面倒だったからシャワーだけだったけど、やっぱりお風呂って素敵だと思う」
「お、おう。そうだなっ」
同意しつつも、太陽は終始動揺しっぱなしであった。
何せミュラが近い。真っ白な肌に濡れた水滴が妙にエロい。鎖骨から垂れて胸元に吸い込まれていく様なんて、まるで芸術だ。
無意識に、太陽はミュラに魅入ってしまう。
それをミュラは感じ取っていたようだ。
「ふーん? 太陽くん、ボクの体に興味深々だね」
さっきのお返しと言わんばかりに、ニヤニヤと笑うミュラ。
そのまま胸元を強調するかのように押し上げて、太陽に見せつけてきた。
「触りたかったら、触ってもいいんだよ? キミが、子供って言った身体だけどね?」
ほれほれと、ミュラは胸をむにょむにょさせる。
とても柔らかそうだった。率直に言うと、滅茶苦茶触りたかった。
だが、太陽にとってミュラは子供であり、自分自身は保護者であることを言い聞かせていたわけで。
「さ、触るわけないだろ!?」
意地にもなっていたのだろう。
太陽は上ずった声で否定してから、お風呂を上がっていくのだった。
今すぐミュラから離れないと、後戻りできない状況になりそうだと危険を察知したのである。
童貞なのは変わらない。千載一遇のチャンスを当たり前のように逃した太陽の背中を眺めながら、ミュラは小さく微笑む。
「やっぱり、変わらないなぁ」
久しぶりの太陽は、容姿もそうだが性格も全く変わっていなかった。
それがミュラは嬉しいと喜ぶ。
同時に、少しだけ残念な気持ちも。
「……ちょっとだけなら、別に良かったのに」
触ってくれても良かったのになぁと、ドキドキする胸を押さえながら思うのだった。
しかし、まだチャンスはある。
今度は太陽の寝こみ――その時を狙おう、ミュラは淡々と作戦を練るのだった。




