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113 両親がチートなので、もちろん子供も――

「どうしてこうなった……」


 別に太陽は子供が嫌いというわけではない。

 いつか結婚できたら、子供は三人くらい欲しいなとも考えていた。


 しかし、童貞のまま子供ができるなんて予想外だし、そもそも自分の子供である実感もないので、正直なところ戸惑っていたのだ。


 あるいはこれが、行為によってできちゃった生命であれば、受け入れられただろう。むしろ自分の子供だと愛せただろう。


 だが、実際問題彼は童貞であり、要するに心の準備が出来ていなかった。


 加賀見太陽は困惑している。

 自分の娘であろう少女を前にして、難しい顔をして唸っていた。


 一方で、当の本人は朗らかな顔をしていた。


「ねえねえ、お父様? ルナ、頑張りましたのっ。龍を一撃で殺したんですのよ!」


 太陽に擦り寄ってきて、お腹あたりに顔を埋めてくる。

 その様はまさしく、甘えてくる子供そのものである。


「あ、ああ……凄いぞ。よくやったな」


 躊躇いつつも褒めてみると、途端にルナはだらしなく頬を緩める。


「うふふ……あ、お父様? ルナは頑張ったので、ご褒美をあげないとダメですわよ?」


「ご褒美? なんか欲しいものでもあるのか?」


「もちろんですのっ。その……なでなで、してほしいですわ」


 おずおずと上目使いで見上げてくるルナに、太陽は頬を引きつかせる。

 可愛い。可愛いが、やっぱりこんなに可愛い子が自分の子には思えなかったのである。


 しかし、相手はなでなでを所望である。別に減るものでもないので、太陽は要求通りにその頭を撫でまわしてやった。


「これでいいか?」


「えへへっ。お父様の手、大きいですの!」


 満足そうに頭を抱えながら、ルナは満面の笑みを浮かべている。


「ようやく、会えましたわ……お父様のこと、ずっと思っていましたのよ? 産まれてから一年間、お父様の夢ばかり見ていましたわ!」


 そして、紡がれた言葉に太陽は更に難しい顔をすることになるのだった。


「い、一年!? お前、どう見ても六歳か七歳くらいだろっ」


 座敷童じみたおかっぱ頭の幼女だが、少なくとも一歳には見えない。

 太陽の元いた世界でいうところの、小学校一、二年生くらいだろうか。


「ええ、そのようにしましたもの! ルナは生まれてすぐ、お父様とお喋りしたくて、自分を大きくしたのですわ」


 太陽の疑問に、頬に手を当ててくねくねしながら答える。


「ルナには【形態変化】のスキルがありますのよ? お父様が天界で魔族化してたあの能力の劣化版を、先天的に持ってますの」


 つまり、ルナは自身を形態変化させて、一歳だというのに体を発達させたようだ。


「他にも、【強化】に【火炎属性】と【闇属性】を使えますのよ! お父様とお母様の力が、ルナにはきちんと宿っていますわっ」


 リリンの持っていた【隷属】という属性の劣化版が【強化】である。彼女は召喚獣を進化させることができたが、ルナは少し劣って契約した相手を強化することができる。


 また、【火炎属性】と【闇属性】は太陽から受け継いだ力だ。天界にいるとき、魔族化して闇属性も扱えていた頃の魔力をリリンが取り込んだせいで、先天的に複合属性を扱えるようになったのだ。


 リリンと加賀見太陽という、ある意味規格外の存在二人から生まれた子供は……やはり、ふざけた化物である。


「凄いよね。まるで、君みたいに色々おかしくて」


 と、ここで歩み寄ってきたミュラがルナのほっぺたを突いた。


「本当に、可愛い娘だと思う。なのに、太陽くんはどうして放置してるのかなって……ボクはちょっと、怒ってたんだよ?」


「え、あ……ごめん?」


「もう、まったく。太陽くんはもう少し配慮っていうものを考えるべきだよ」


 ルナを後ろから抱きしめながら、ミュラは太陽にお説教を始める。


「ボクも、ずっと待ってたのに……こんなに長く放置されると、寂しいんだからね?」


 五年間。ずっとミュラは待ち続けていたのだ。

 そのことを思って、太陽は本当に申し訳ないと、肩を落とす。


「悪かった。言い訳は、できないな。うん、ごめん」


 素直に頭を下げて、せめてミュラの気が済むまでは説教される覚悟を決める。


 そんな太陽に、ミュラは一言。


「許す」


 簡潔で、されども優しくて温かい言葉を、彼女は口にしてくれる。


「……え?」


 次いで、ぽかんと口を開く彼に、ミュラは微笑んでくれた。


「あはは、ごめんね。ちょっと意地悪なこと言っちゃった……本当は、分かってるよ。君がルナちゃんを放置していたのは、今まで存在を認識していなかったから――って。会話を聞いてて、納得できたんだ。なるほどね、知らない間に子供作っちゃうなんて、やっぱり太陽くんは頭おかしいよ」


 さっきまでは不機嫌そうにしていたが、太陽とルナの会話を聞いて色々と納得したようで。

 もう、ミュラに怒っている様子はない。


「ボクを待たせてたのも、事情があったんでしょ? 別に待たせているつもりなんてなかったんだよね? それなら、うん……寂しかったのは本当だけど、もう大丈夫。君が帰ってきてくれて、それだけで満足しちゃったし」


 そしてミュラは、改めて太陽に頭を下げた。


「おかえりなさい。また会えて嬉しいよ」


 微かな笑みには、大人っぽい色香が含まれていて。


「――っ」


 不意に、太陽はドキリとさせられてしまった。


「おかしい……俺の知ってるミュラは、もっと子供だったのに」


 まだ何もできないと思っていた子供が、いつの間にか年上のお姉さんみたいになっていたのだ。


 太陽はこのギャップについていけてないようである。


「あれ~? 顔が赤いよ、太陽くん?」


「……からかうなっ。何でもねぇよ……その、ただいま」


 悪戯っぽい表情に、今度こそ太陽は目をそらしてしまう。

 顔を直視できなくなって、思わずちょっと下の方に目線を動かしてしまった。


 以前まではぺったんこだったはずのお胸は――なんということだろう。


(し、しっかりと育ってやがる……っ!)


 ゼータや王女様ほどではないが、おっぱいがそこには存在していた。


 時が経ち、ミュラはお姉さんっぽくなってしまったのだなと、太陽は改めて実感してしまった。


「ふーん? エッチなのも、変わってないね」


「っ……べ、別に? エッチとか、そんなの興味ないし?」


 強がりつつも、太陽は視線を動かす。


 まずかった。ミュラに会話の主導権が握られつつあって、このままだと太陽の威厳が損なわれそうだった。


 話題を変えないと――そう思った頃合いで、今まで空気を読んで黙っていたルナが声を上げる。


「うふふっ。お父様は、やっぱりカッコイイですわ。お母様の他にも、たくさんの女性を囲っているなんて、凄いですの!」


「す、凄い……のか?」


 純粋な瞳に、太陽は頬を引きつらせる。

 未だに童貞なのに、そうやって尊敬されても複雑だったのだ。


「別に、凄くなんかないと思うけど」


 本心を口にする。太陽は自分のことを、偶然チートがもらえただけのラッキーボーイと思っているので、そうとしか言えなかったのである。


 だが、ルナは違うと首を振った。


「いいえ。お父様は、敬われるべきですわ。もっと、多くの人から賞賛されるべきですのよ! 世界は、お父様に対する敬意が足りないと、ルナは思っていますのっ」


 頑なに太陽を褒めたたえるルナ。


 そして、次の一言によって……ルナもまた太陽と同じように破天荒で、ある意味『異常』であることに気付くのであった。


「だから、こんな世界は支配してやりましたわ!」


 世界を、支配した。


「…………え?」


 その一言に、太陽はまたしても呆然とすることしかできないのだった――

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