104 神様の前で加賀見太陽はロリコンを叫ぶ
加賀見太陽が死ぬたびに、ロリサキュバスのリリンは身をすくませる。
「――っ」
使い魔の主として、彼女には太陽の死が鮮明に伝わってくるのだ。彼の感じている痛みや恐怖に、リリンの体がガタガタと震える。
(今度は、戻ってきてくれないかも……っ)
同時に、彼女は喪失感に苛まれてもいた。太陽は死んでも不屈の精神で生き返って来るが、これは絶対ではないのである。彼の心が折れてしまえば、太陽は死んでしまうのだ。
恐かった。太陽の感じる死もそうだが、それ以上に太陽が消えてしまうかもしれないという可能性が、リリンに強い恐怖感を植え付けていた。
「まだだ……まだ、だ!!」
もう何度、太陽は殺されただろう。もはや数え切れなくなったほどの死を目の当たりにして、リリンはとある結論を導いてしまった。
(あんなのに――勝てない)
死の神『タナトス』に、敵うわけがない。立ち向かったところで無意味なのだと、リリンは悟ってしまったのだ。
彼女からしてみれば、加賀見太陽という存在は絶対であった。父である元魔王様を殺し、どんな敵を前にしても不敗を貫き、最終的には圧倒してみせた彼の実力は最強なのだと信じて疑わなかったのだ。
神様を殺せ――リリンは、太陽ならできると信じてそう言った。しかし、実際に対峙してみて、神という存在の規格外さに彼女の方が心を折られてしまったのである。
(もう、ダメ……っ)
太陽に、死んでほしくなかった、自分の軽はずみな物言いで太陽を殺しているという事実が、何よりも苦しかった。
「クソっ! もう少しな気がするのに!!」
故に、次に死んで生き返ってきた太陽を……リリンは思わず、引き留めてしまったのである。
「もう、いい」
小さく、か細い声がリリンの口から零れ出る。
その声に、太陽は怪訝そうな表情を浮かべた。
「もういいって……魔族の誇り、取り戻すんだろ? 大丈夫だよ、心配すんな。次こそ、ぶっ殺すから」
「だから、魔族の誇りなんて、もういいの!」
弱体化して、情けなくなった一族の誇りを取り戻したかったが、それよりも大きくなってしまった感情がある。
「太陽に、死んでほしくない……だから、もういい」
加賀見太陽を失うことが、リリンは魔族の誇りを取り戻せないことより嫌になってしまっていた。
それほどまでに、リリンにとっての加賀見太陽は大きな存在となってしまっていた。
「逃げよう? あんなのに、勝てない。あたしは、あんたが――太陽がいてくれたら、それでいい。それが、いい」
太陽の腕を握りながら、リリンは震える声で訴えかける。
「それくらい、太陽のことが……好きになっちゃった」
つまるところ、リリンは好きな人が死んでいく恐怖に耐え切れなくなっていたのだ。生き返るとはいえ、喪失感にリリンの心は摩耗している。
「主として、命令する……ここから、逃げなさい」
だから、リリンは主として、使い魔の太陽に命じたのである。【隷属】の属性を持つリリンの命令に、太陽は拒絶できない。卑怯だと理解してなお、生きてほしいという必死な思いの末の選択だった。
「……そう、か」
リリンの懇願にも似た命令に、加賀見太陽はゆっくりと目を閉じて。
「分かった――なんて言うと思ったか!? バカめ、逃げるなんてできるかよっ」
それから、目を大きく見開いて力強く叫ぶのであった。
拒絶。使い魔であるというのに、太陽はリリンの命令を跳ねのける。何故なら、この命令を聞き入れることが、リリンのためにならないと分かっていたからだ。
隷属されている使い魔として、リリンのマイナスになることを太陽はできない。だから今回の命令に背けたのである。
「俺を好きになったんだろ? そんな女の前で、情けない姿なんか絶対に見せたくない」
童貞の、脳内お花畑な信念だった。独りよがりで、自分の行動に酔いしれた、リリンの思いなど微塵も考慮していない自分勝手な思いだった。
「でも! あれに、勝てるわけ……」
「俺を、信じろ」
だが――そんな太陽の言葉は、リリンの折れかけた心を支えるのだ。
「お前の惚れた男が、どれくらいかっこいいか見せてやる」
ぐっと、拳を掲げる太陽は、満足気な笑みを浮かべていた。子供の、悪戯を仕掛けた時のような笑顔は、場にそぐわない気楽さが含まれていた。
「ちなみに、これは俺が人生で使いたい台詞の一つだ。どうだ? 惚れ直したか?」
「……似合わないし、あとちょっとクサいわよ」
「え、嘘っ。いや、でもそうだよなぁ……こういう台詞は、イケメンが言ってこそだよな。ちっ、もう少し顔が良ければ、そこそこ決まってただろうに」
「――そうね。でも、太陽らしいとも思う」
バカだ。どこまで行っても、ふざけてる。
だけど、そんな太陽の気楽さに、リリンはいつの間にか笑ってしまっていた。
「あれに、勝てるの?」
「もちろん。むしろ、負ける要素がない」
「何よそれ。ずっと負け続けてるじゃない」
「馬鹿! 死んではいるけど負けてはいねぇよ……まだ、俺は戦える。いいか? お家に帰るまでが戦争なんだからな? その理屈でいうなら、勝負はまだ決していない」
「……そう、なんだ」
リリンは無理だと、諦めかけていた。でも、当の本人は彼女の想像を遥かに越えるぐらい、自分の力を信じて疑っていなかった。
「あと、おっぱいが俺を待ってる。俺が死ぬ可能性があるとしたら、腹上死以外にないと言っておこう」
ニヤニヤと崩れた太陽の顔は、お世辞にもイケメンではない。むしろ、エロいことを考えている不審者だが、その方が太陽らしくてリリンは脱力してしまった。
「悩んだのが、バカみたい」
抱いた不安はもうない。恐怖も、どこかへ消え去っている。
震えも、既に止まっていた。
「信じても、いいのよね?」
「くどいな。そう言ってるだろ?」
「そう。じゃあ、もう一つ聞かせて」
今度は、はっきりと。
顔を上げて、リリンは太陽の目をしっかり見てから、こんなことを問いかける。
「あたしの『処女をもらう』って約束、きちんと果たしてくれる?」
「お、おう! そりゃあ、喜んで」
「言ったわね? あたしの体、貧相だけど――それでもいいのよね?」
「……え? 大きくなるまで待ったらダメ? 俺、ロリコンじゃないんだけど」
「ダメに決まってるじゃないっ。帰ったらすぐに、よ? いいわね?」
「くっ……ああ、分かったよ! 童貞に二言はない。お前のためなら、俺はロリコンにでもなって見せる!!」
改めて交わした約束。太陽の力強い宣言を聞いて、リリンはそっと手を離す。
彼を信じると、そう決めたのだ。
「分かった。あんたを、信じる」
次いで、彼女は懐に手を忍ばせた。そこには、ヘパイストスからもらった闇属性のナイフが握られている。魔剣に分類されるその刃物は、『自信の成長を代償』に使用することが可能だった。
(あたし、本当は――太陽の好みに、なりたかったけど)
自分のために命を張ってくれる男を前に、これ以上のわがままは言えない。
だから、リリンは自分の成長を諦めた。
(あたしも、戦わないと!)
ここに来る前、ゼウスに言われた一言がリリンの脳裏をよぎる。
『他人事ではなく、お主は当事者であると自覚せよ』
今までリリンは、ただの傍観者だった。太陽に全て任せきりの、みっともない魔族でしかなかった。
だが、それはダメだと気づいたのである。
太陽が自分自身の強さを絶対と信じるように――リリンもまた、胸を張って戦いに挑もうと、そう決意したのだ。
誇り高き、魔族であるために。
「太陽――あの爺を、殺せ!!」
リリンは、叫ぶのだ――




