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101 いざ、決戦へ

 ゼウスの神界から、天界に太陽とリリンは戻ってきた。

 神殿のすぐ前に到着した二人は、すかさず神タナトスを警戒して周囲を探る。


 だが、そこにタナトスの姿はなかった。


「あいつ、どこ居るんだ?」


 太陽は眉をひそめて、陰気そうな老人を探す。見える範囲には居ないので神殿の方を覗いてみた。


 すると、神殿の中に神タナトスの姿はあった。天に手を仰ぎながら、どこか芝居がかった仕草で太陽達を待ち構えていたようである。


『よくぞ来た。この戦いに挑む汝らの愚かさと勇猛さを称えて我か――』


「あ、ちょっとタイム。リリンと二人きりで話があるから、また後でな」


 そう言って、タナトスが何かを言い終える前に太陽は顔を引っ込める。


『…………むむ』


 神殿からは何も聞こえなくなってしまった。最終決戦を前にマイペースな太陽に、さしもの神でも戸惑っているようだ。


 口上さえも述べられなかったタナトス。だが太陽は微塵も気遣うことなく、神殿の前でリリンと向かい合うのだった。


「で、さっきから何か言いたそうにしてるけど、何?」


 小さな魔族に声をかける。ずっと唇を尖らしている彼女は、太陽を上目遣いに睨んでいた。


 しかし彼女はすぐに口を開こうとはしない。ただ、非難めいた視線を太陽に注ぐばかり。

 より正確に言うならば、ゼータとイチャイチャした後からリリンはこの調子だった。それを思い出した太陽は、慌てて弁明の言葉を紡ぐ。


「べ、べべべ別にゼータとは何もなかったぞ!? 本当だからな! 俺、今まで嘘ついたことないのが取り柄だから、信じてくれっ」


「……嘘つかないでもいい。ってか、別にそこは怒ってない」


 いや、怒ってなくはないが、それは些細なものだ。この感情が子供特有の独占欲だと理解しているリリンは、ゼータの件に関しては然程怒ってなどいない。


 それよりも、彼女が不満に思っていることは――


「ねえ、なんでここに居るの?」


「え? 今更俺の存在理由を聞いちゃう? そりゃあ、確かに顔はイケメンじゃないけど、存在くらい許してほしいっていうか」


「違うわよ。どうして、あたしと一緒に来てくれるの?」


 曲解する太陽に向けて、リリンは一つ問いを投げかける。


「記憶、取り戻せたんでしょ? あのメイド人形のことも、大事に思ってるんでしょ? だったら、もういいんじゃないの?」


 そう。リリンは太陽が最終決戦にまでついてきてくれることが、解せなかったようだ。


「記憶がなかった時の約束なんて、気にしなくても良いのに。わざわざ危険なことをしなくていいじゃない。お城にも、ハーフエルフの女の子が待ってたし……もう、あんたに戦う理由なんてないと思うけど」


 確かにリリンは、太陽に協力をお願いした。でも、それは記憶がなかった時のことであって、全てを思い出した今もその約束が有効かどうかはリリンに分からない。


 むしろ、太陽には『魔族の誇りを取り戻すために』戦う自分に、付き合ってくれる理由がないと思ってしまったのだ。


「別に……あたしのことなんて、無視しても良かったのに」


 ぽつりと呟かれた言葉に、今まで首を捻っていた太陽は何かを納得したように大きく頷いた。


「なんだお前? もしかしてふてくされてるのか? 俺がゼータとイチャイチャしてたから、さてはやきもちやいてめんどくさいこと言ってるな?」


「そ、そんなんじゃないしっ」


 食い気味に否定されても、それは肯定にしか太陽には思えなくて。


「なかなか可愛い奴だな。今更そんなこと言うんじゃねぇよ」


 あっけらかんとそう言って、リリンと肩を組んで豪快に笑ってみせた。


「記憶があったかどうかなんて、関係ないだろ。俺は男だし、一度交わした約束は絶対に守る。それに、お前を放っておけるわけないだろ。またおもらしされても困るし」


「おもらしとかしたことないもん!」


「こらこら、俺は覚えてるんだぞ? 俺を召喚した当時のお前が、号泣しながらおもらししていたことを――忘れてなんかない」


 魔界で、生贄にされそうになっていたロリサキュバスを、加賀見太陽は覚えている。

 だから、そんな彼女を助けたいと思ったことだって……今も、忘れていないのだ。


「胸を張れよ。そんなに大きくはないけど、胸は胸だ。俺を使役してる主が、そんな顔でうじうじすんな」


 太陽は童貞である。そのせいか、過剰に女の子に対して優しい一面があり、涙なんか見せられたあかつきには放っておけなくなってしまうのだ。


「それに、お前は俺のハーレムに加わってくれるんだ。未来のお嫁さんのために、頑張らないわけがない」


 そして、カッコつけるように歯を輝かせる太陽。リリンは気持ち悪そうに舌を出してしまった。


「何よそれ。聞いてないし、まだお嫁さんになってあげるなんて言ってない」


「……え? いやいや、ここまで仲良くなってそりゃないだろっ。お前、男の頑張りを利用するだけ利用して不要になったら捨てるとか、悪女かよっ」


「サキュバスよ。男を惑わすくらい、平気でするから」


「そんな小さい胸でサキュバスとか。失笑を禁じ得ない」


「う、うるさいわね、今から成長するわよ! あんたも手伝いなさいよ? 毎日、揉んでもらうんだからっ」


「……それはまあ、うん。是非させてください」


 相も変わらず、バカバカしかった。どこまでいっても、童貞感溢れる滑稽な言動だった。それでも、こちらを勇気づけようと道化を振る舞う太陽の気持ちに、リリンは悩んでいた自分が馬鹿らしくなってしまった。


「太陽は……自分のために、誰かを犠牲になんてしないのね」


「当たり前だろ。俺のために、お前を犠牲になんかしない。俺はあいにく童貞でな、女の子と仲良くなりたくて必死なんだ」


 同族からは、生贄にされそうになった。種族のために死ねと、そう言われてしまって悲しかった。

 だが、太陽はそうしない。むしろ、自分のために手を差し伸べてくれる始末。


 こんな彼に、処女を捧げたいと思うのは――強さに憧れを持つ魔族であり、立派な雄を求めるサキュバスでもある彼女にとって、当たり前だったのかもしれなかった。


「あのね……太陽? 神様殺したら……あたしの全部、もらってね?」


「お、おう。喜んで」


 ストレートな告白に、太陽はニヤニヤと童貞らしい笑顔を浮かべる。気持ち悪い顔だが、それでもリリンは太陽の事が愛おしくなった。


 不意に、衝動がこみあげて。

 リリンは思わず、太陽の唇に自分の唇を重ねてしまっていた。


「――むぐっ」


 息を詰まらせる太陽。呆気に取られて動かなくなったことを好機とみて、リリンはすかさず舌を挿入する。


 時間にして、およそ数秒くらいか。銀糸を引きながら唇を離したリリンは、ぽかんとする太陽に向かってこんなことを呟くのだった。


「前払いだから……続きは、また後で」


「え? あ、うん……ふぁっ?」


 情熱的なキスに、太陽はたじたじとなってしまったようだ。視線を挙動不審に動かして、唇に指を触れさせている。童貞に、キスの衝撃は耐えがたいもののようだった。


 そんな彼に、リリンは悪戯っぽい笑顔を向ける。


「しっかりしなさい? あたしの使い魔なんだから、胸を張りなさいよ」


 先ほどの台詞をそっくりそのまま、返してやる。


「っ……そ、そうだなっ。俺は、お前の使い魔だからな! うん、胸を張らないとな」


 そうすれば、太陽は首を振って、意識を切り替えた。


「ってか、ナニをするにも、俺の息子が戻らないと始まんねぇよ! 神様ぶっ殺してから、俺のハーレムライフは始まるんだ!!」


 そして、いよいよ臨戦態勢をとる太陽。


「ええ、任せたわよ――太陽」


 リリンも、彼の後ろで胸を張る。一人の立派な魔族として、神様を殺すべく気合を入れた。


 ここでようやく、二人は神様との最終決戦に挑む準備を整えたのだ。


『……もう良いのだな? 我の前で不埒なことをしおって……何がしたいのだ、汝らは』


 神様も、神殿の中で呆れたような声を上げていたが、それは無視して。


「神様、ぶっ殺す」


 太陽は、獰猛に笑うのだった。

 いざ、決戦へ――

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