9 あへあへチートマンは神様に勝てるのか
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名前:ヘパイストス
種族:神
職業:邪神
属性:なし
魔力:なし
スキル:【神威】【魔剣作成】
冒険者ランク:なし
二つ名:【炎と鍛冶を司る神】
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『ァー……』
我を失い、糸の切れた人形のようにだらんと直立するゼータ。彼女の手には真っ黒で禍々しい剣が握られている。
――魔剣。使用者の精神を乗っ取り、強制的にただただ血肉を求めるだけの人形にしてしまう恐ろしい剣である。
その魔剣に、太陽のメイドであるゼータは魅入られてしまったようだ。
「へ、ヘパイストス……れ、冷静に話し合おうじゃないか。彼女の身を安全を頼む。そ、そいつは俺の唯一の話し相手なんだ! お願いだから、冷静にいこう」
太陽は酷くうろたえていた。何故なら彼とまともに話せるただ一人の相手が、現在人質にとられているようなものだからである。
「えへへ☆ メイドちゃんをどうしよっかな~。ヘパちゃんの思いのままだゾ」
魔剣の製作者である彼女は、魔剣の指揮権すらも持っているようだ。まさしく操り人形の如くゼータを操っている。
「ニーソ脱いで♪」
『ゥー……』
途端に生足になるゼータ。太陽は白くてスベスベしそうな脚を凝視しつつ、ヘパイストスに訴えかける。
「……俺ができることなら何でもする! だから、どうかゼータの洋服を脱がせる程度で我慢してくれ! ゼータを裸にする程度なら許すから!」
「んにゃ? 今、何でもしてくれるっていったヨナ?」
その言葉を待ってましたとばかりに目を輝かせる褐色幼女。
「じゃあ、キミの炎を貸して☆」
「ゼータを裸にするならいいぞ……って、炎? 何で炎なんだ?」
対する太陽は、ヘパイストスの要求にぽかんと口を開くのであった。
「しかも、貸すって……どうやって?」
「簡単だゾ? この魔法鉱石にキミの炎をぶつけてってことだヨ☆ 実は魔剣の製作に難航してて~。どうも火力が足りないみたいナノ!」
そう言ってヘパイストスは一つの魔法鉱石を太陽に投げつけた。反射的に受け取った魔法鉱石は、まるでダイヤモンドのように透き通った美しさを有している。
これに炎を放てばいいらしい。
「お前炎と鍛冶の神様だろ。どうにかできないのか?」
「だってヘパちゃん下界に降りたから力半減しちゃってるもーん♪ いいからキミの炎寄越せヨ☆」
「……まあ、それでゼータを解放してくれるなら」
「するする! だから、早くしロ♪」
いくらか理解できない部分もあるが、やれと言われたらやる他ない。何よりゼータの身の安全のために、彼はヘパイストスの言葉通りにする。魔法鉱石を持つ右手のひらから、彼は魔法を放つのだった。
「【火炎】」
火炎属性魔法の超初級といえる、ただ火炎を出す程度の魔法。普通の人間であればロウソク代わりにしかならない魔法だが、太陽が放てば全てを燃やしつくす業火と化す。
そのまま魔力が暴走して、爆発――というのがいつもの流れなのだが。
「お、吸収してる?」
透明な魔法鉱石は、太陽の魔法を受けて吸収した。火炎は魔法鉱石に取りこまれ、爆発はなくなる。代わりに魔法鉱石が赤く染まっていた。
「オー! イイネ!! それ頂戴☆ 早く、ヘパちゃんに頂戴♪」
「……ほらよ」
赤くなった魔法鉱石を投げつける。ヘパイストスはそれを華麗に受け取って、それからうっとりしたように頬ずりをし始めた。
「アハァ……これは良い子が生まれるゾ! 尋常じゃない魔力量……すっごい魔剣が作れそうだヨ☆」
「魔剣か……作っても別に良いけど、他人に使わせるなよ? 迷惑だから」
「はいはーい! 今のヘパちゃんは機嫌がいいので、キミの言うことを聞いてあげる♪ 人には、使わせない☆」
胡散臭い笑顔だが、一応は彼女の言葉を信じることに。
「で、ゼータはいつ返してくれるんだ? いいかげん自我を取り戻してやってくれ」
ヘパイストスの言う通りにしたのだ。太陽はゼータを正常にするよう要求する。
そうすれば、ヘパイストスはニッコリと笑って。
「オッケー☆ じゃあ、メイドちゃん……あの子を殺せ♪」
邪神はあっさりと太陽を裏切るのだった。
『ゥ、ァー……』
「お、おい、ちょっ」
いきなり襲いかかってきたゼータに太陽は慌てる。魔剣をぶんぶん振り回す彼女から逃げつつ、魔法鉱石を持ってニヤニヤしてるヘパイストスに向かって叫んだ。
「は、話と違うぞ! 自我を戻せよっ」
「ヘパちゃん今からこの子鍛えるのサ♪ だから、メイドちゃんにはちょっと時間稼ぎでもしてもらおうと思って☆」
そう言ってヘパイストスは何やら作業を始めた。太陽の魔法を吸収した魔法鉱石を鍛えて魔剣を作り上げようとしているらしい。
『ィー』
そしてゼータは相変わらず、意識がないままに太陽へと襲いかかっていた。自我がないため太陽でもどうにか回避できているが、体力的に長くはもたないと判断。
「おい、ゼータ! 目を覚ませっ。俺だ! お前の敬愛するご主人様、加賀見太陽だぞ! 攻撃なんてバカな真似はよせっ」
『…………』
「あ、ちょ! 何で攻撃の激しさが増すんだ! さてはお前、本当は意識あるだろ! それなら早く目を覚ませよっ」
何度呼びかけてもゼータの自我は戻らない。それどころか太陽を殺さんという殺意すら垣間見えてくる始末。
「ちっ……仕方ないか」
言葉ではもうどうにもならないと推測して、彼は物理的な説得を試みることに。
「くされ魔剣が……俺の使用人を弄ぶな!」
グッと右手を前にかざして、彼は即座に魔法を展開。
「【火炎の矢】」
瞬間、太陽の手から紅蓮の矢が放たれた。赤く燃え上がるそれは真っ直ぐに突き進み、射線上にあった魔剣を穿つ。
直後、魔剣が音を立てて燃え上がった。
「っし、成功!」
ガッツポーズ。狙い通りに魔法を直撃させることができて、太陽は喜ぶ。
これで洞窟の破壊は最小限に、かつ魔剣を壊すことができた。何度もできないであろう一か八かの賭けを、どうにか乗り切ったのだ。
「――っ」
魔剣が燃え散り、ゼータも意識を取り戻したようで。
「これ、は……」
地面に倒れた彼女は、薄らと瞼を開けている。
そして、自らの格好を見て彼女は思いっきり舌うちを零すのだった。
「人の意識がないのをいいことに、こんな破廉恥な格好をさせるとは。下品です」
そう。太陽の魔法は余波でゼータのメイド服をボロボロにしてしまっていたのだ。今、彼女はとても扇情的な格好になっている。大事な部分は見えていないが、ちょっと動けば危ない格好だ。
「そ、それは不可抗力っていうか、別に俺のせいじゃないっていうか……」
「……しかも生足にまでするとは。イヤらしい」
「それは俺じゃねーよ」
いわれのないことまで言及される太陽。慌てて否定するも彼女は聞く耳を持たなかった。プイッと目を逸らして、少し唇をとがらせている。
それから、言いにくそうな態度で視線を合わせないままに、こんなことを言うのであった。
「で、でも……助けてくれて、ありがとうございます」
彼女にしては珍しい、素直な態度。
「え? なんだって?」
しかし太陽は聞こえてなかった。呑気な態度で耳に手を当ててる。
そんな彼の態度に、ゼータはガックリと肩を落とすのであった。
「なんでもないです。ご主人様の無能さをゼータはひたすらに嘆きます」
「…………え? な、何だって?」
「聞こえない振りをしないでくださいませ。とりあえず、そのマントをゼータに貸してください」
「仕方ないな。ほら、炎龍の皮で作ったマントだ。俺の魔法でも溶けないから、安心しろ」
赤黒いマントを彼女に貸してやって、太陽はようやくあちらの方に意識を戻す。
「もうイチャイチャは終わったのカナ? どうぞ、ヘパちゃんには遠慮なく☆」
「……イチャイチャしたいんだが、お前が邪魔で出来ないんだよ。いいかげん、俺に退治されろ」
「いや~ん。ヘパちゃんこわーい♪」
あざとい身ぶりで怖いぞアピールを繰り出す。ヘパイストス。その手には深紅の剣が握られていた。どうやらもう完成していたらしい。
「それが、今作った魔剣か?」
「そうだゾ☆ キミの魔法によって鍛え上げた、ヘパちゃんの最高傑作! 名前は……そうだナー。うん、【赤い剣】でいいカナ♪」
「そのまんまだな」
赤い剣なる魔剣を持つ彼女はとても機嫌が良さそうだった。今にも何かしでかしそうなくらい浮足立っているようにも見える。
放置すると危ない。そう思った太陽は、こちらから先制攻撃を仕掛けることにした。
「【火炎の矢】」
ゼータの魔剣を無効化した時と同じように、火炎の矢で【赤い剣】も燃やしつくしてやろうと画策していたのである。
魔法が、ヘパイストスの持つ剣に直撃する。
だが――
「ニヒヒ☆」
――剣は、ゼータの持っていた魔剣のように燃え上がることなく。
それどころか、何事もなかったかのように炎をかき消していた。
その光景を目にして、太陽は理解する。
「……もしかして【火炎耐性超強化剣】ってところか?」
「その通り☆ キミの魔力によって火炎耐性の異常に高い剣が出来ちゃったのダ!」
火炎魔法が一切効かない魔剣。名称は【赤い剣】となんともふざけた感じだが、能力は素晴らしいと言わざるを得なかった。
特に、火炎魔法特化の太陽にとっては天敵ともいえる剣である。
「ふっふっふ、これでキミがヘパちゃんに勝てる可能性はなくなったネ♪ 降参するなら、試し斬りしないであげてもいいんだけど~」
ヘパイストスは自らの優位を疑っていないようである。上から目線で太陽を煽っている。
「ねえ、今どんな気持ち? 自分の力で墓穴を掘るって、どんな気持ちなのかヘパちゃん分かんな~い☆ 教えて、太陽くーん」
ニヤニヤと意地の悪い笑顔を浮かべるヘパイストスは、父親であるゼウスそっくりだった。
「お、お前……なかなか言うじゃないか」
太陽はこめかみをぴくぴくさせながら、自らの右手に魔力を注ぎ込む。
「俺を侮辱し、力を勝手に利用して、あまつさえゼータを操るとは……許さん」
端的にいうと、彼は軽く怒っていた。
「王女様に言われて今まで自重してたけど……ダメだ。もう我慢できない」
そう言いながら、彼は【火炎】の魔法を発動。
注いだ魔力を火炎に変換。膨れ上がった炎をヘパイストスに向ける。
「無駄無駄♪」
だが、その炎は全て魔剣【赤い剣】によってかき消されることになる。まったく通じない炎を、しかし太陽は放出し続ける。
「【火炎】【火炎】【火炎】【火炎】【火炎】【火炎】【火炎】【火炎】【火炎】【火炎】【火炎】【火炎】」
何重にも魔法を展開。炎は次第に大きさを増していった。
赤く、波打つ炎はヘパイストスの剣に集中する。無効化されても次から次へと炎が襲いかかるので、まったく消える気配はなかった。
「お、おっと~☆ これは、ちょっと……」
ヘパイストスの頬に冷や汗が流れ始めたころ。
「よし、そろそろかな。ゼータ、マントしっかりかぶってろよ」
太陽はゼータがマントにくるまっているのを確認すると、最後に大きな声で叫んだ。
「ファイヤァアアアアアアアアア!!」
刹那、炎が一気に膨れ上がる。太陽が一気に膨大な魔力を注ぎ込んだため、形を維持できずに肥大化していってるのだ。
「あ、これは……や、ヤバイかも☆」
ヘパイストスが、危機感を察知するも既に遅い。
「燃え上がれ」
刹那、爆発するかのように炎が一気に燃え上がった。
熱波が広がり、爆風の衝撃が周囲を襲う。洞窟の岩壁は溶け、衝撃によって天井は音を立てて崩れ、地面にはヒビが入った。
そして、爆発の中心地となった【赤い剣】は――
「要するに、その剣は火炎耐性がただ高いだけなんだろ? だったら、耐えることができないくらいの炎を、放てばいいだけの話だ」
――ボロボロに、燃え尽きていたのだった。
「……あ、あはは☆ ヘパちゃんちょっとだけ調子にのっちゃったかも♪ 許して、太陽くん(はぁと)」
地鳴りが響き渡り、ぱらぱらと土石が降り始める。天井が今にも瓦解しそうになっている中で、ヘパイストスは自らの負けを知ったのか途端に媚び始めた。
「却下だ。お前には、ちょとだけお仕置きする」
炎と鍛冶を司る神なだけあって、太陽の火炎魔法でもヘパイストスは平然としている。それを見て、死ぬことはないだろうと彼女へのお仕置きを敢行するのであった。
「い、いや~ん。ヘパちゃんこわーい☆」
「そうか。もっと怖がれよ……【爆発】」
それが最後の一押しとなった。
業火がニョルズ洞窟内を蹂躙し、いよいよ形を維持できなくなってあたりは崩れ始める。この瞬間、完璧にニョルズ洞窟が破壊されてしまった。
太陽たちも無事ではすまない。瓦礫が道を塞ぎ、頭上を襲っている。だが、太陽が魔法によって一々吹き飛ばしているので、被害はなかった。道も太陽が瓦礫を吹き飛ばせばいいだけなので心配する必要はない。
王女様に泣きつかれていたで規模の大きい魔法は自重したかったのだが、彼はどうしても我慢できなかった。故に、ニョルズ洞窟を壊してしまうこととなったのだ。
「ぐ、ぐぇぇ……」
地面には、焦げたヘパイストスがいる。そう、この褐色幼女を太陽は許せなかったのである。
神様であろうと、彼の前では関係ない。
最強の名を謳う加賀見太陽のチート能力は、神様すらも凌駕することを証明した瞬間であった――
余談。この後、フレイヤ王国の王女様はニョルズ洞窟が崩れたと知って号泣しましたとさ。
めでたしめでたし。