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ゲームの答えを!

作者: unidenti

「勉強なんてめんどくさ~い~。陽樹、遊ぼうよ~」

「オレは面倒くさくないし、遊ぶ気も無い」

「え~、つれないなぁ~」

 今、幼馴染の葉月と次の中間試験に向け勉強中、のはずだ。まだ作業を始めて30分も経たない。

「まだ始めたばっかりだろ。分からないことは教えるから、我慢しなさい」

「教えてくれるの? わぁ~お~。じゃあがんばる!」

 なんだ、その反応。微妙にあきれながらも、開いている教科書とノートを覗き込む。

 今、オレの部屋で勉強をしている。葉月の部屋と比べれば間違いなく片付いているからだろう。窓から差し込む日は、それなりに掃除されたフローリングにも反射する。

 オレは学年ではおそらく上のほうの成績だが、葉月は平均よりちょっと悪いという感じだ。一緒に勉強となるといろいろと手がかかって煩わしい。

 葉月が言うには、成績を保つ最後の頼みの綱としてオレが挙げられるらしいが、最後の頼みという部分が正直怪しい。

 葉月とは幼稚園くらいからの付き合いで、人当たりがよく活発で明るい性格であることを思い知らされている。

 多くの友達がいるだろうことは容易に想像され、オレなんかより良く教えてくれるやつがいるんじゃないのか、と単純な統計的結論として思ってしまうわけだ。

「これか。これは単純に微分の定義式に代入していって――」

「うんうん」

 勉強という面でこそ、教えるという立場になっているが、客観的に考えて葉月のステータスはかなりのクオリティだ。

 見た目は小柄で体の起伏は乏しい。それはともかくとして、セミロングの髪を二つのリボンで留め、格好はキャミソールにデニムのパンツ。大きな瞳と小さな唇は、まぁ可愛らしいかな。小動物的に。

 部活ではその体躯を感じさせないソフトボールの屈強な打者らしく、著名な大学からも誘いが来ているとのこと。

 性格は、さっきも言ったとおり、明朗活発人当たり良し。

 そんな就職活動に引っ張りだこでありそうなやつが、何故だかオレといる割合が高い。

 まぁ、気弱で勉強がそこそこの使えるやつが、隣に住んでて便利だとか思っているのかもしれない。

「――大体は普通に計算できるというわけ。だから、最初の定義式に代入する、ってところを押さえておけばいいかな。テストにはあまり出なさそうだし」

「テストに出るかどうかもわかっちゃうなんて、陽樹はすごいな~」

 オレは無言でため息をつく。

 葉月の性質からいって、ここが範囲だから勉強しろ、などと言っても、どうしていいかわからない~、とか言うんだろう。

 おかげで、普段の教師の授業から、テストに出る範囲を絞ることに慣れてきた。

「……何、今の『しょうがないよな~』的ため息」

「おっしゃる通り、『しょうがないよな~』と思っただけだ」

「……バカにしてるでしょ?」

「そう思うなら、今度は平均よりいい点取ってくれよ」

「む~。じゃ、今度はこれ」

「どれ? んー、これは――」

 中学のときから変わらず、テスト前には少なくとも1日、こんなやりとりを繰り返していた。



 しばらくして、再び葉月がわがままを言い出した。

「うーん、疲れたよ~。休憩しよ、休憩」

 時計を確認したところ、さっきのめんどくさい発言から2時間ほど経過していた。

「そうだな、そろそろ一旦休むか。ちょっと、飲み物と食べれそうなもの持ってくる」

「わぁ~、陽樹、気が利く~」

 オレは部屋をでて、お茶とお菓子を探す。

 カステラ発見。これでいいか。二切れ用意して、麦茶を準備。部屋に戻る。

「お~、カステラだ~」

 葉月が何かを崇めるような言い方をする。お安いもんですね。

 勉強に使っていた机に置くと、葉月がカステラをほおばる。もしゃもしゃ。

 飼うにはちょっと食費が高いかな。

「ねえ、陽樹。ゲームしよゲーム」

 カステラを処理しながら葉月が言う。

「ゲーム? 最近買ってないからうちには古いもんしかないぞ?」

 うちにあるのはせいぜいプレイステーション2だ。新しいソフトなど全然買っていない。

 というか、試験勉強はどうした。

「そうじゃなくてさ、王様ゲームとかしよ」

「王様ゲーム?」

 何を言っているんだこいつは。

「ありえないだろ。二人でやったって、お願いをききあいっこするだけだ」

「えー、でもみんなは王様ゲームは盛り上がる、っていってたよ~?」

「いや、それは……」

 いろいろと間違っている、と言おうとしたとき、オレの明晰な頭脳がある考えを出した。

「そうだな、じゃあこういうのはどうだ。命令を出し合って、一番文字数が少ない命令を出した人が王様で、相手はそれに従わないといけない、ってのは?」

「えー、それじゃあほとんどお願いできないよ~」

「そうかな、じゃあ同じ文字数だったら、あいうえお順で前のほうが優先されるとか」

「そんなんじゃ、陽樹は頭が良いから私がかなうわけないじゃん……」

「じゃあ、やめとくか?」

「…………やる」

 葉月の道理の通らない発言を少し怪訝に感じながらも、オレは快適な試験勉強の空間を構築するべく作戦を開始する。

「よし、じゃあ葉月からどうぞ」

「え、うーん、じゃあ『おやつ』」

「いや、せめて動詞を付けようよ」

 今食べただろ! と、突っ込んだら負けな気がする。

「え~、じゃあ『おやつちょうだい』」

「じゃあ、おれは『おやつくれ』」

「えー、ずるい~」

「ずるくないね~。葉月がへたくそなんだ」

 しかし、これで命令はもう5文字。もう大したことは命令できまい。そして、すぐにゲームは終わるだろう。

 これらが、文字数を制限する提案の第一目的だった。

「むー、じゃあ…………『あくしゅ』」

「握手は名詞だし目的語も必要だろ」

 というか、握手なんか命令してどうすんだ。

「でも今、二人きりだから別にいいじゃん」

 二人だから目的語を省略できるってことか。何とまぁ考えたことで。

 別にオレの作戦に支障がでるわけでもないか。

「まぁ、そうだな。じゃあ、オレの番ね」

 オレは唇の端をわずかに上げ、切り札を口にした。

「『かえれ』」

「え?」

「だから帰れ。ほれ、王様の命令だぞ」

 文字数を制限し、あいうえお順の拘束を付けたのはこれが狙いだ。

 もしかしたら反撃が来るかもしれないが、ほとんど2文字の命令しかできない状況で、大したことも言えないだろう。

 快適試験勉強空間構築作戦だ。

 ただ、予想外だったのは葉月の反応で、ちょっと間の抜けた感じで、明らかに意気消沈している。

「陽樹のお願いって……それなの?」

 そうだ、と言おうとしたが、言葉が詰まった。なんだよ、その反応。やりづらいじゃないか。

「これはゲームなんだ。だから勝つために仕方なくこの言葉を選んだ、というわけだ」

 わざとらしく、後半は強調してしゃべった。

 葉月は見るからに意気消沈と言った感じだ。

「いや、だから何か2文字の命令があればそれを言えばいいし、無ければオレの勝ち。今日はお開きってことでいいだろ」

 葉月に黙られるとずいぶん調子が狂う。そんな自分に戸惑いを感じ、我ながら情けないもんだと思った。

 結局のところ、オレは葉月に甘えていたのかもしれない。

「じゃあ、あと残り10秒な。10、9、8……」

「え、えーと」

 葉月がやっと口を開いた。少しほっとする。でもなんだか、緊張した感じだ。

「じゃ、じゃあ……『キス』」

「え?」

 自分についている耳が正常に機能しているのか本気で疑った。

「だから、……『キス』」

 何を言っているんだこいつは……!

「でもそれ名詞じゃあ」

「英語では動詞だよ……?」

「も、目的語が必要じゃあ」

「今私達、二人きり……だよ……?」

 なんだか、それなりのロジックを通してくる。

 まさか、さっきの『あくしゅ』はこの前例としての布石だったのか?

 まさかそんな、葉月に限って。でも、これは一体なんの罠なんだ?

「……だめ?」

 なぜそんな懇願するような目でオレを見る? 一体何がだめだと聞いているんだ?

 命令の品詞が適切でないことか? 文字数制限やあいうえお順のルールのことか? さっきの帰れという命令が有効かということか?

 それとも、……それとも。

「えっと、いや……」

 だめだ、だめだ。落ち着け、オレ。冷静に考えるんだ。要はオレがこのゲームに勝てばいい。それで何の問題もない。

 葉月が言ったのは『キス』だ。つまり、『あ』から『き』で始まり、2文字であり、命令として適切なものであればいい。

「じゃあ、あと残り10秒ね」

「え? ちょっ……」

 それはまずいだろ! 何の得があってこの状況を確定させようとしているんだ?

 くそっ、今は少しでも解決策を考えるんだ。

『あ』から『き』で始まる2文字の言葉は濁点半濁点も含めておよそ……400。そのうち、命令として使えそうな、『え』段の言葉はおよそ80。このあたりを確認していけばいいだろう。

「……10……9……8……」

 おいおいおい、マジですか? そんなペースじゃ80も確認できない。

 それに、2文字だと目的語が付けれなくてほぼ自動詞限定だ。

 この80の中に適切なものがあるとは限らない。絶望的だ。

 何か適切なものはないのか?

「……7……6……5……4……」

 というか、何故お前はそんなにこっちを凝視してるんだ。

 そんなにオレの挙動は不審か? めちゃくちゃ動揺してるけど、それが表情に出てるのか?

 だめだ、ちっとも解決策の探索に集中できない。もしかして、これも罠か?

「……3……2……1……」

 なにひとつ良さそうな命令が思い浮かばない!

 ああもう、どうして、お前はそんな子犬が懇願するような眼差しでオレを……って、そうか!




「『おて』!」




「……え?」

「だから、オレの命令『おて』!」

 葉月の前に手のひらを差し出し、堂々と宣言した。葉月は、あっけに取られた感じで、オレの手のひらにその小さな手を乗せてきた。

 気まずい沈黙が訪れる。ものすごく気まずい。どうしてこうなった。

 いや、考えても結局葉月の奇天烈な発言を理解できないという結論に陥るだけだろうが。

「……勉強の続き、しよっか」

「あ、ああ、そうだな」

 結局その後、オレはろくに集中できず、ぎこちない感じのまま、葉月に勉強を教えることとなった。

 葉月の様子は、はじめのうちこそ多少ぎこちない感じがしたものの、普段より楽しそうにしているように見えた。ま、それならいいのかもしれない。

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