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ヒコツバキ  作者: 湯乃屋
9/35

5月 3

 生徒会執行部補として。


いくら、クラス代表経験豊富な椿とて初めての事、緊張しながら連れて来られた場所を見上げて…なのはの顔を見なさずにはいられなかった。


 「仕事って言うから休みの日なのに制服まで着て、ここまで大人しく付いて来たけど…何でおれたち水族館の前にいるんですか!?」


 「もしかして魚嫌いだった?駄目よ、栄養あるんだから」


 「そうじゃなくて!」


 言いかけて…そんな満面の笑顔の奥に目を尖らされては何も言い返せっこ無いじゃないか。もういい、負けました。椿はあきらめて、見えないように息を吐くとせめて意図をと、なのはの顔を正面からとらえる。


 「今度の遠足の下見よ。学校側からチケットをキープしてもらっている筈だから、受け取りがてら、ちょっぴり職権乱用、そのための制服。一人で来たって詰まらないじゃない」


 「そう言う…事なら最初から言ってくれれば」


「デートをもっと楽しめる?ふふ、そんないい思いはさせなくてよ。知ってのとおり、ここのメインはイルカショー。ベストな時間で回るためにも椿くんにはこれ、ストップウォッチで大体の目安を立ててもらうから」


「タイムキーパーって事?そこまでする物なの」


「それが生徒会の腕の見せ所よ。準備はいい?行くわよ」


「そ、それともう一つ!…大きな声じゃ言えないんですけど、てまりちゃんがさっきから」


「つけて来ている事はそっとしておいてあげて、隠れているつもりでしょうから」


はぁ、と気の無い声にそっと、言われた通りに視線をやると良かった椿たちには気付いていない様子で、長谷となにやらヒソヒソ話中。


何もそんな、隠れなくても。とは思うものの、なのはに言われた以上あえて忠告に行くのもどうか。それにしても今日は、てまりがいつもとは違う顔に見えて仕方が無い。椿には見せない顔、秘密の顔。どんな話題で盛り上がっているのだろう、もちろん長谷も、てまりが椿たちの後をつけて来ている事は承知だろう、構わないのだろうか。


椿だったら…


「あら?野球部って確か、今日は練習試合が入っていなかったかしら。グラウンド使用申請を受理した記憶があるけど、長谷くんキャプテンでしょう」


「てまりちゃん、知ってるのかな」


「知ってたら相当悪い女よ。それとも、椿くんはそういう子の方が好きかしら」


「知ってて忠告に行かない、なのはさんに比べたら」


言うわね、と悪い顔を作る、なのはと含み笑い合っていても、椿の気持ちはどこか、空っ風が吹いているように感じた。




とは言ったものの、ストップウォッチを回して、要所要所時間を記録して。それ以外はいたって一般に水族館を楽しむ事が出来た、と言うか楽しむ必要があった。なのは曰く「実際には水槽を見て回っておしゃべりして回るのだから、あたしたちも楽しまなくっちゃ、より正確な記録を取るためよ」ごもっとも、でありながらキッチリ遊びもこなす、含んだような笑顔には全くもって頭が下がりっぱなし。


「どうしたの、お腹痛いの?」


「いえ、そう言う訳じゃなくて。それより、このはさん。お昼はどうするんですか」


「アタマの調子が悪いの?今食べてるじゃない」


「…そうじゃなくて。当日ですよ、お弁当の持込オッケーなんですか」


「それなのよね。もちろん、特別許可は貰っているけど、一般のお客様も来ている訳だからラウンジを貸し切る訳に行かないし、場所を指定しておいたって聞きやしないだろうし。お昼時に何処へ誘導するかが問題なのよね」


言いながら、伸ばしかけた箸もそのままに、なのはは柱にでかでかと張ってある館内案内図に目を向ける。椿も、口の中をキレイに片付けて目を向けると、今昼食を取っている場所以外に、大人数が休憩できるような場所はやっぱり何度見ても見当たらず、あるといえば大型水槽前の、飲食禁止区域ばかり。


と、その向こうに見知った赤髪が遠く、通り過ぎる。てまりたちが少し遅れて入った事は知っていたが、ようやく追い付いたのか、なのはも気付いただろうか。人ごみに紛れながらでも遠くても、気付いてしまった椿にはどうしても、目で追うことを止められない。


「やっぱり、ショーの観覧席で許可が取れないかしら」


「ショーまで見ていく気なのかな、試合さぼってまで」


「…試合、って言うと?」


「うちの野球部って結構強い筈ですよね、そうでなくとも試合なんて怪我したって病気だって、這ってでも行くくらいじゃないんですか、それなのに」


「それなのに長谷くんと来たらおれの彼女をそそのかして?」


はっとして見上げた、なのはの顔はニヤニヤと、シマシマ猫のように釣りあがって椿から目を離さない。の割に、何も言って来ないという事は椿に何か言わせようとしているのだろう。墓穴を掘った椿に更なる深みを作らせようとしているのか、はたまた。ともかく、何が何でも乗るわけには行かない!が…椿にはこの沈黙が耐えられない。


「やきもち焼いてる訳じゃ…」


「ショーの観覧席って飲食オーケーなのよ、もちろん持ち込みは駄目なんだけど、そこは交渉して」


被せるように強引に、話を元に戻した、なのは。途端に、顔が熱くて仕方なくなって何かを言いかけるが…何を言おうと思ったのだろう?一瞬後には全く何も探し出せず、まさしく白一色。なのはは我かんせずと今度は何事も無かったように澄まし顔で、止まっていた箸を優雅に動かしている…一体全体何を考えているのだ?


「別ルート、取った方がいいかしら、幸い入り口が二ヶ所あるのよね、ここ」


ちら、と横目で椿を推し量る視線が痛い、が!ともかく。話題が逸れた、いや戻ったのだから文句は言うまい。何か……


「……そうだ!なのはさん。おれたち今の段階でこの南館を一回りした事になるんですよね、だったら一度外に出て海浜公園でお弁当を食べた後、昼いちのショーってのはどうです?」


苦し紛れの思いつきだが自分でも妙案だと思う!証拠に、なのはは一転、真剣な表情を作り何も言わず、ただ目を見開いて椿を見ている。それから、ちょっと待ってと腕時計を外して、椿の記録した時間を書き出し、猛然と計算を始める。


「あたしの計算によると、学校に集合する時刻をいつもより三十分早くすると、そのプランは絶妙タイミングでお弁当タイム、有効になるわ。どう?一般生徒の意見として、朝三十分早く起きるという事は可能かしら」


「遠足の日は大体、いつもより早く目が覚めるから…先生たちの許可も要りますよね」


「それを何とかするのが生徒会執行部の仕事よ。ありがとう一緒に来てくれて、助かったわ。じゃ、あたしは早速このプランを持って学校に戻るから。椿くんは引き続き北館の時間を記録して、月曜日にあたしの所に持ってきてね」


と、早速立ち上がって出口に一直線!と思いきや。


「失敗。まだお昼食べかけだったわ」


「お会計どうしようかと思いました。…そんなに急ぐ事なんですか、今からメインのイルカショーなのに、一人で見たってつまんないんですけど」


「そんな、すねた振りで愛想振りまいたって無駄よ。店の外で長谷くんを見かけたわ、あなたとっくに気付いているでしょう、今までだってずっと、あたしといるのに上の空。酷いと思わない?なのはさん、こう見えて結構モテるのよ?だ・か・ら!椿くんなんかこっちから願い下げ。仕様が無いからついでに長谷くんを強制送還させるわ、後はあなたの好きになさい」


好きに、と言われても。


結局、椿一人では何も出来ない事などお見通しだったのだ。それでも、未練たらしく、尻ごみしながら一人の昼食を済ませて、重い足を引きずりながら店を出ると。


てまりはいつもの困った顔できょろきょろと、長谷を探しているのだろう。不意に胃が痛くなる、もしかしたら胸なのかも知れないけど、今はまだ椿には決められない。なのはには会わなかったのだろうか、この様子だと居ない内に、だろう。心細かったろう、連れ合いとはぐれ、行き違ってはと右往左往しながら刻々と過ぎる時間だけを感じて。それとももしかして、なのはに知らされていて、椿を待って…


「て、てまりちゃん?その……ショーが、始まるよ」


 背中から見る肩が飛び上がり、それきり固まって動かなくなる。さわさわと、後ろを通り過ぎる来館者たち、ショーの時間を案内する館内放送。ゆっくり、ゆっくり時間をかけて椿に向き直り


「行こう、か」


「…はい」


間もなく、北館メインプールでイルカショーを開催します…

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