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ヒコツバキ  作者: 湯乃屋
8/35

5月 2

いつもと同じ朝、同じ道、いつもどおりの、てまりの家の玄関の…


 「おっはよう椿くん!今日もいいお天気ね」


 「…あ!そうか~なのはさん何処かで会った事があると思ったら、乙訓さんのお姉さんだったんだ」


 「全然気付いてくれないんですもの、つれないのね」


 「と言うか、あんまり似てませんね」


 「どっちが好み?」


 「答えにくい事聞くな~」


 「な、何で椿くんがお姉ちゃんと親しくしてるの!?」


 場違いなくらいすっとんきょうに裏返った声に顔を向けると、真打登場!とばかりに、てまりが階段の真ん中あたりから目を丸くしたまま固まっている。椿はのんきに手を振り、挨拶を済ませると、なのはも一瞬口端をつりあげて一転、満面の笑顔にすり替えて「優しいお姉ちゃん」モードで振り返ると途端に、大きく開かれていた目を不審いっぱいに眉間のしわも深々と、今度はこけつまろびつ玄関まで、椿となのはの間に割って入る。


 「お姉ちゃん!何たくらんでるの」


 「人聞きの悪い!同じ学校なんですもの、友だちになる事がそんなにおかしいかしら?ねぇ椿くん」


「友だち、と言うか使いっぱしりだけど。それに、たくらむような悪い事をしても、なのは生徒会長様に掛かれば黒いものも白くなる!」


「椿くんまで、人聞きの悪い!そんな事言うと、もう勉強教えてあげないわよ」


「うそうそ。なのはさんには良きに計らってもらっています、本当」


「そう言う事。じゃ、あたしは生徒会があるから、お先に!」


と、あっけに取られる間もなく、慌しく走って行くのはどうも、なのはのスタイルらしい。誰よりも忙しく、それでいて楽しくて仕方がないという顔。たとえ苦しい事があっても決して、誰にも悟られまいと勤める強さ、しなやかさ。


「憧れるのも、無理ないよね」


「つ、椿くん!?もしかしてお姉ちゃんの事」


「知ってる?なのはさん、一年の間でも早速大人気らしいよ」


さっと青ざめた顔が一転、心底安心した表情でへなへなと場所も構わずへたり込み、白いばかりの天井を仰いだままに深く息を付いている。


背中越しには開けっ放しの朝の情景が聞こえる。椿たちと同じように学校へ急ぐ足音、昨日の汚れをリフレッシュする洗濯機の音、どこか遠くの朝の情景を切り取るテレビのキャスターリポート。


てまりも、それらに思いを馳せているのか、ゆっくり時間をかけて首を戻してようやく、椿に向けられるのは少し不安そうな、うかがうような良く知る目線。が、それもすぐに先刻、なのはに向けていた剣幕そのままに椿の顔を睨みつけ、思わずぎくりと言う事には、


「でも椿くん、本当に気をつけてよね。お姉ちゃん、目茶苦茶人遣い荒いんだから、言いなりになっていたらこっちがバテちゃう」


「へぇ、なのはさんと仲いいんだね、キャラが全然ちがう。おれと一緒だと緊張しちゃうの?」


「え!そりゃまぁ、多少は。で、でも!嫌いとかそんな事は全然無いからね!って、わたし何言ってるんだろう、えっと…そう!遅れちゃうわ、急がないと」


「何か今日はやたら元気がいいな、待ってよ乙訓さん!っと、なのはさんも乙訓さんなんだよね…じゃ、てまりちゃん?」


言った途端にピタと固まり、音が出そうな勢いで赤くなったかと思うと今度は、どちらかと言うと運動音痴な椿などではとても追い付けないような猛スピードで走り出した!   


「乙訓さん、じゃなくって、てまりちゃん、早い!」


恥ずかしいから連呼しないで~!と遠く聞こえたのを最後に、とうとう見えなくなったのは何も、角を曲がったせいだけではあるまい。




ともあれ。


親しく名前で呼ぶようになってから数時間、その日の昼休みの事。結局てまりに置いて行かれてバスに乗り遅れ、遅刻してしまった事はショックだったが。勤めていつもどおりに、てまりと昼食を取ろうと教室を後にした時だった。


「一年D組椿竜彦、ちょっといいか?」


「あんたは…」


「野球部キャプテン、二年の長谷だ。忘れたとは言わせないぜ。放課後の保健室、俺とてまりさんのひと時を台無しにしただけに飽き足らず!最近では馴れ馴れしく呼んでいるそうじゃないか」


「って随分耳が早いですね。あれは、なのはさんと同じ苗字じゃ分かりにくいからで…っと悪い、呼び出し。何なに?ジュース三本生徒会室までデリバリ?う~ん、ここからだと往復五分って所か」


「お前…てまりさんだけに飽き足らずなのは先輩とまで親しく!?断じて許せん!」


「別に、長谷先輩に許可を取らないといけない事じゃ無いと思いますけど。じゃ、おれ急いでるんで」


そうは問屋が卸さないぜ!と、椿としてはそこそこ頑張ってフォームに気をつけて、振りきろうと思ったが。歴然の体力差で五メートルも走らないうちに追い付かれてしまった…ので、仕方なく。しつこく付きまとい、耳元でわめき散らす長谷に対しては居ないものと接するしかあるまい。でも…


「遅い!パシリに何分掛かってるのよ!って椿くん、そちらどなた?」


「生徒会室にまで出入りしているなんて!ハッそこに居るのは、てまりさん!こんな所で会えるとは俺たちやっぱり運命の赤い糸で繋がっているんだ!」


「このとおり、今回のミッション最大の障害です」


と、気のない紹介を済ませた所で後は、なのはに任せればいいか。フラフラと、苦笑いのてまりにひきつけられる長谷に「関係者以外出入り禁止!」との鶴の、もとい、なのはの一声であっけなく退出、さすが生徒会長、やっと一息。


「でも何で、てまりちゃんがここに?」


「お、お姉ちゃんが何かしでかさないか監視してたんだけど。早速使いっぱしりにしてるじゃない!」


「三本中一本はてまりのぶんよ。あんたの為に走ってくれたのじゃない」


「まぁまぁ。このくらい大したこと無いよ、じゃぁ今日はここで三人でご飯?」


「そ。ここだと仕事も片付けられるしね。誰も来ないし、内緒話には持って来い。でね、椿くんにお願いがあるんだけど。明日のお休み、付き合ってくれないかしら、て言うか付き合ってね」


「お…お姉ちゃん!?」


「はいストップ!勘違いしないの、生徒会執行部補として一緒に来て欲しい所があるのよ」


「そう言うことなら…仕方ないけど何も、誤解を招くような発言は、おれとしてもドキドキしちゃう」


「てまりさん!今こそ目覚めるときだ、椿はこういう奴なんだ。こんな浮気性男なんかとはズッパリ縁を切ってここは一つ!俺たちもデートとしゃれ込もう、よし決まり!」


「ってまだ扉の向こうに居たのかよ、ストーカー男は嫌われるぜ」


言うも気にせず聞こえていないのか、またまた勝手に入って来るなり今度は、てまりの手をしっかりと握り大アピール、をしているつもりなのだろうが、てまりの頬のうぶ毛が逆立っているのは見えていないらしい。なのはは、今度は止めないのか?成り行きを黙ったままに椿と目が合う。でもコレは、てまりの問題だろう、てまりは…


少し不安そうな、うかがうような目が椿にすがる。椿が決める事なのか?でも、椿は…


「…でも、なのはさんの誘いを蹴る事は出来ないよ、生徒会の仕事だもの」


「そんな!椿くんひどいわ、てまりの事が好きじゃないの!?」


「お姉ちゃん!人の声色使っておかしな事言わないで!…いいわ、長谷先輩!!明日はよろしくお願いしますっ!」


妹かわいさのあまり、やりすぎたかしら?でも椿くんが悪いのよ、と目線で責められても。頼みの、なのはが当てにならないとなると後には、狂喜乱舞にてまりの手を握ったまま離そうともしない長谷と、当のてまりの表情は…


あっかんべぇ!と悪態をつかれてそれきり、椿とは目も合わせてもくれない。

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