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ヒコツバキ  作者: 湯乃屋
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5月 1

その日は朝から変だった。


いつもどおりに、てまりを保健室に送った後、教室の扉を開けたとたんに一斉に、クラス中の視線が椿に突き刺さったのだ。


何か言いたそうな、それでいて水を打ったように静まり返っている不気味さ。すぐ隣からはいつもどおり朝の喧騒が聞こえているのにまるで遠く、ブラウン管を通しているように現実味が無いほど。いや、こちらが異常なのだ。誰もが穴が開くほどに椿を見、その一手一挙動までも見逃すまいと、瞬きもしない。


思い当たる節は…椿が余計な事を言った所為で、せっかく教科担任が忘れていた数学の宿題が増えた事だろうか。でもそれは昨日の一人教室掃除でチャラになったはず。となると…?


 「あ、あのおれ…何かまずい事やちゃった?」


 「遅い!」


 と声は正確に椿一人を射抜、いたような気がして思わず胸を押さえる。同時にさっと、それまでは好き好きに散らばっていた沈黙のクラスメイトたちが左右に開けて、椿の席までの最短ルートが開けるがそこには。


行儀悪く机に腰掛けている細い背中、退屈を持て余すように遊ばせている足先は宙ぶらに、どう見ても知らない女子があろうことか椿の席にいるのだ。


彼女こそが、この異様な雰囲気を作っている張本人だろう、いやそんな事より。ちょっと!と若干の怒気を含めて言おうと思った所でくるりと、彼女はこちらに向き直り…どこかで見たような?


 「もう!待ちくたびれちゃったわ。随分道草食ってたじゃない?ねぇ、椿くん。あたしの顔に見覚えはなくて?」


 「見覚え…そうだ、入学式の時にスピーチしてた!って事は生徒会の、何で?」


 「なのはよ。ま、覚えが無いのならそれでもいいわ、っと。そろそろ戻らないといけない時間か。椿くんコレ、あたしからの呼び出し専用携帯電話。いい事?ひとつ!学校にいる間は片時も肌身離さない事。ふたつ!呼び出しが掛かったら、いついかなる場合も五分以内に駆けつける事」


 「って、校則で禁止されてるんじゃ」


 「その説明は、あなたが来るのが遅いから後で。わかった?」


 分かるも分からないも。こんな歯抜けた説明では、言葉の意味は分かっても、なのはの行動理由がまるで分からない。そもそもどうして面識も無い椿が選ばれるのだ?いや、もしかすると他のクラス代表も同じ運命…?


 「分からないの!?」


 思案している間すら待ってもらえない様子。なのはは一歩、椿に詰め寄ると眉間のしわも深ぶかと、そんなに見つめられては頬が熱くなってしまうようで、逃げ場を求めて泳がせるがクラスメイトは相変わらず沈黙を守り、いや、これから何か面白い事でも起こらないかと目をらんらん輝かせて見てやがる!


「どうなの!?」


再三来られたらもう、折れるしか無いでしょう。分かりましたと目に見えて渋々、頷いた椿に彼女は、よろしい。と、ようやく満足げにほころばせるとまた困った事に、真っ直ぐ見る事も出来ない。


「では改めまして。ここに!椿竜彦くんを生徒会執行部補に任命します。これからよろしくね、じゃ!」


言うなりそそくさと、早足でクラスを後にしてすぐ、五分前のチャイムが鳴る。それを合図に長く続いた呪縛は解かれようやく、クラスも平常を取り戻し早速、そこここで推測が始まるが、椿だけはまだ訳が分からない!


 「って何だったんだ今のは!?」


 「なのはさん、美しいよな~。それで代表どうやって知り合ったんだ?ぜひともその馴れ初めと口説きテクを伝授してくれないか」


 「ちょっと男子!おかしな言い方しないでよ、なのはさんが椿なんかに口説かれる訳無いでしょう。どうせ、強引に土下座でもしたのじゃないの」


 「聞き捨てならないな。俺らの代表は誰にも膝を屈さない!そうだろ?」


 と再び椿に注目が集まった所で本当のタイムオーバー。本鈴が鳴って担任が、待ってましたと教室の扉を開けると、男子女子が互いににらみ合ったままに指定の席に、椿も同じく席に付くのだが。


ピロリン!と突然の拍子抜けた音に飛び上がったのは椿だけでは無かったはず。


瞬間、クラス中の時が止まり、それを破ったのはやっぱり担任教師。一瞬悲しそうに、一瞬後にはきりりと顔を引き締めると一斉に全員の顔を見回す、とみんながみんな椿を見る。担任も、椿に照準を定めてつかつかと、手を出されては椿も、差し出さないわけには行くまい、代表として。


「椿くん、先生悲しいわ…あぁ、そう言うこと。それなら、事前に言ってくれれば良かったのに」


と、一転ニッコリ、あっさり返されて画面を確認するとなんと、この学校の校章が待ち受けて、メールの受信を表示している。訳も分からず、すがる気持ちで担任の顔を見上げると、どうぞ、と促されて。狐につままれたまま、メールを開けてみると。


「生徒会緊急連絡、至急調理室に来てください?」


再び。今度は首を傾げながら担任の顔を仰ぐと、早く行きなさい、とはっきり催促され、終いには背中を押されて廊下へ追い出される始末。


さわさわ、と背中に残したクラスメイトがさざめいて、担任が注意する声が扉越しに聞こえる。椿は誰も居ない廊下にひとり、まだ夢の途中なのかしらと頬をつねるとはっきり痛くて。


現実ならやっぱり、他のクラスの代表も?と思ってしばらく待てども、どのクラスからも誰も出てこず。と言って、もう一度クラスに戻るのもどうかと思ったので半信半疑無精無、指示された調理室に行ってみたら。


「遅い!」


再四。


またしても、なのはの声に首をすくめ、チラりと盗み見ると…何人か居る?


「もう!せっかくをお願いしたのに、あなたがグズグズしているから準備が終わちゃったじゃない。今日は避難訓練なのに一人が欠席だから、手伝って欲しい事があったのよ」


「その!執行部、補って何なんですか」


「今日みたいに、やむをえない場合に執行部の仕事を手伝ってもらう派遣役よ。携帯はその生徒会連絡専用」


「そんな事、代表会議でも聞いてない。避難訓練も、連絡受けてない?」


「もう!やるの?やらないの?」


再五。


そう何度も詰め寄られては選択肢などありはしない。ぎこちなく何とか頷くとすっと、胸をそらせて誇らしげに、


「うちの避難訓練はリアルなの!先生は知っているわよ、知らないのはここに居ない生徒たち。さ、時間押してるからチャッチャとやるわよ。設定はここ、理科室の実験中に火災発生!発炎筒準備!!」




一年の教室から理科室を確認した生徒が本当に、煙が上がっている事に仰天して一時パニックに陥ったが、担任たちの誘導で何とか校庭に避難出来て、訓練は大成功に終わった。執行部の面々は、なのはの誘導の元てきぱきと、終了後のスピーチも後片付けも手際よく、椿はと言えばすべての終了後にジュースを買いに走ったくらい。


「最初はこんなものよ。でも、次に呼び出しが掛かった時には頼むわよ、椿くん」


はじけるようにウインクされてはもう、何が何でも断る事など出来はしない。男として!

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