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ヒコツバキ  作者: 湯乃屋
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4月 4

今日は朝から晴れ渡り雲ひとつなく、早くも初夏の陽気を思わせるのに充分だった。加えてずっと調子の悪かったiポットが調子を取り戻し、目玉焼きの黄身が双子で、星占いでまさかの一位。こんな日は何も悪い事なんて起こらないはずなのに。


 「おはよう代表、すがすがしい朝だね。ところで覚えている?丁度一週間前に約束した事」


 「え…や、嫌だな、あんな冗談、本気で真に受けていたのか」


 「え、嫌だな。おれたちはいつだって本気だぜ?本気で代表には…失望したよ。代表なら間違いなくやってくれると思っていたのに」


 「だ~から言っただろ、乙訓は無理だって。いや~楽しみだな、なぁ代表?」


 悪い事なんて…


 朝から、今日一日分の幸運全部を使い果たした椿は校門を目前にして、生まれて初めての貧血を経験する事になった。


「おっと代表、しっかりしてくれよ」


「おれたちがこうやって両脇から支えていてやるからな」


「いや、ちょっと…保健室に行ってもいいかな」


「駄~目!」


その時だった。


 「おはよう、私のかわいい生徒たち。朝から仲がいいのね」


「先生!丁度良かった、じゃ無くって。おはようございます、クラス代表椿竜彦、何かお手伝いする事はありませんか」


「そうね~じゃぁお願いしちゃおうかな」


 こうなっては手も足も出まい。椿はするりと束縛を逃れ、あっけに取られるばかりのクラスメイトに余裕のVサインを残して担任教師と共に、職員室へ避難する事に成功した。


しかし。


これはほんの一時の安息に過ぎない。まさか卒業するまで担任にへばりついている訳にも行くまい、言いつけられた雑務をこなしながらも今後の対策を考えなくては。先ず、一時間目の担任による国語はこのままいけるだろう。問題はその後、今日の二時間目には体育の授業が入っている。奴らにとっては絶好のチャンス、ここをどう乗り切るか。


「と言うわけで、今日の一時間目は体育に変更になりました」


ジーザス!


ホームルームを聞きながら神に悪態をついた事は初めてだ。チャイムと共にあっさり教室を後にした担任へ送った熱視線は結局届かず、ならばと、それに続いて更衣室に大移動を始める女子生徒に便乗して…


「代表、どこへ行く?」


「あ、朝から気分が優れないので見学しようかと」


「見学者も体操着に着替えると言う鉄のおきてを、まさか知らないとは言わせないぜ」


 ふっふっふ、と血に飢えたケモノのように目をぎらつかせたクラス男子たち。なるほど、悪漢に襲われる女子とはこう言う心境なのかと、そんな悠長な事を考えている場合ではない!その隙にほら。案の定つかまり、たかられ…いや!ここはクラス代表として威厳を保つ所!!


「き、きみたちは間違っている!おれにハダカ踊りなんてやらせて、どうしようと言うのだ!?…それであの、本当にあと少しなんだ、来週には絶対登校して来ると思うから…」


 「俺たち相手にも下手に出るとは、そこまで落ちたか!」


「代表、この期に及んで往生際が悪いぜ、自分で言った事くらい守らないと」


 っておまえらが勝手に約束したんだろ!という突っ込み、いやさ心の叫びはもはや獣と化したクラスメイトたちに通じる言語ではなかった、予想はしていたけど。


 「ならば仕方あるまい、おれも男だ!これで…いいだろう!!」


 男に剥かれるくらいなら自分で脱いでやる!椿としては男らしく、パンツ一丁でど~んと仁王立ちに立ち向かうも…クラスメイトの誰も納得した顔はしていない、この展開は、極めてまずい。


 「ちょ、ちょっと待て!落ち着け。最後の一枚まで剥ぎ取ろうと言うのか?これが無いと捕まるっての!」


 「大丈夫!未成年のうちは実名は出ない!」


 「そう言う問題じゃなくて!」


 がら!


 天の助け!と、思い切った音にすがるように目を向けると全員もそれに倣う。音は鍵の掛かっていなかった、今は全開に開いている扉。そこには真新しい制服姿のてまりが、いつものように顔を真っ赤にうつむいて、勢いつけてそのまま、椿に向かって早足に近付いて来る。


 「つ、椿くん!これ、昨日忘れていったから。あとこれは一昨日、でもってこれはその前」


 「あ、ありがとう、わざわざ。でも…」


 「き、気にしないで友だちじゃないって、え?…なんでそんなパンツに靴下」


「それは…あのね、言いにくいんだけど、今から体育で着替え中なんだ、よね~」


 真っ赤になって固まっているクラスメイトにパンツを引っ張られたまま、隠すことが先かいやいや手を放しては洒落にもならないと、困ったように照れた顔を向ける椿。それより、うんと重症なのは揃いもそろって耳まで真っ赤なクラス男子たち。何だかんだと言ってもやっぱりお年頃、しかもそれが平均を上回るいわゆる美少女にハダカを見られたとなってはもうお婿に行けるかどうかも危うい心境。


その点、同年齢でも女の子は図太い。元々赤かった顔がさっと青くなり、目のやり場に困ってと言うよりは釘付けになってしまわないように忙しく視線を泳がせていたが。


 「い、いや~~~!!」


 ばちん!と扉を開けた時よりも派手な音を立てて椿の頬に真っ赤な手形が残る。が、飛び出して行く、てまりを放って置く訳には行かない!せっかくここまで来てくれたのだから。が、忘れてはいけない、椿の今の格好を。


 きゃぁぁぁぁぁ、と廊下にいた女子生徒から悲鳴が上がるのと、クラス男子一致団結で椿を教室内に引き戻したのとどちらが早かっただろう。だが、そんな事であきらめる椿ではない。


 往生際悪く扉にしがみついて


 「乙訓さん!何処行くの!?」


 「ほ、保健室~!!」


 その後クラス男子一同、学年主任にコッテリ絞られた事より、担任に泣かれた事の方が堪えたと口々に漏らしていたことは言うまでも無い。


 「でも、ちゃんと約束どおり乙訓さんを学校に来させたことは評価してよね」


 こうして、椿のクラス代表としての、男子生徒からの信頼はより篤い物となった。反対に、女子生徒からの人気は底なし沼に沈んだ事は言うまでも無い。

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