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ヒコツバキ  作者: 湯乃屋
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4月 3

アドバイスどおりにケーキ屋に寄って、いざ勝負!と四たび彼女の家のインターフォンに手を伸ばした時だった。


 これ以上無いくらいにションボリと肩を落として家の脇から姿を現したのは他でもない、てまり!とっさに身を低くしたのは、逃げられでもしたら面倒、と言う事にしておいて、ともかく椿は門扉の陰に身を低くして、気が付いた時には完全にタイミングを逸してしまっていた。


 「しまった、今出て行ったら格好悪い!でもあれ?乙訓さん…」


 椿が見ているとも知らず、てまりは深くため息をついたかと思うと、目の前の玄関をノックし始めたのだ。そのリズムは最初は控えめに、回数を重ねるにつれて段々激しく、終いには足で激しく蹴り飛ばして飛び上がっている始末。


 …何と言うか。見ている分には飽きないのだが段々、こっちがいたたまれなくなって。


 「あの、乙訓さん?そんな事をしても無駄じゃないかな」


 「…きゃあ!」


 慌てて逃げ出そうとした手を捕まえる、と思いのほかに冷えていて、それ以上に、仰天して椿に合わせた目が震えて見えた。だがそれも一瞬の事。捕まえられた手に目を落とすと今度はそこから何とかして逃れようと必死に、自然、椿もうつむいて手を離していた。


 ……そんなに信用されていなかったなんて。


正直、全く全然傷付かなかったといえば嘘になる。でも、


「そんなに必死になって拒否する事無いじゃない」


 「あ!…ご、ごめんなさい」


 「っと、おれとした事が口がすべっちゃいました、ごめん」


 「ほ、本当にごめんなさい、私、びっくりして」


 「う~ん…ならこうしよう、お互い様で仲直り!おあつらえ向きにここにケーキもある事だし、どうかな」


正面から見つめられて心臓が跳ね上がる。が、それはほんの一瞬で、彼女の良く動く視線はすぐに手元のケーキボックスに移り、さっきまで、いやさ昨日までの不機嫌顔も何処へやら、うっとりとした表情で意思を伝えている。よし、今日は上手く行けそうだ、もう一押し!


「目の前のお宅にお邪魔させてもらって、と言いたい所だけど鍵が無くて往生していたんだよね、ここは一つワイルドに、近くに公園ないかな?ついでに桜が咲いていたら文句無いんだけど」


近く、がまさか徒歩三十分の神社とは思ってもみなかった。聞くと、毎日この辺りを散歩しているらしく、永遠に続くかと言う石段を軽々登って行く、てまりを前に「途中で休憩!」など言い出せるはずも無く。その結果ぜぇぜぇと肩で息をしては格好悪い事この上ないが、もう限界…


が、そんなささやかな休息すらも、背中を刺す冷たい視線であきらめざるを得ないと言うもの。恐る恐る見ると、石段に腰掛けてじっとこちらを凝視!…わかりました。重い体を無理に動かし、てまり待望のケーキをお披露目するとわぁ、と感動の声でようやく、椿の方は一息。なのだが


「あ、オレンジタルトとシュークリームはおれのだから」


「え…わたしに買ってきてくれたんじゃないんだ…」


「え、何?」


「いえ」


しばらく。


休憩がてら、てまりが美味しそうにケーキをほおばる姿を見ていると、またあの香りが風に乗って椿をくすぐる。そうか、彼女の匂いなのかとようやく上体を起こすとまた、今度は花びらに乗せて椿のすぐ鼻先に降りて来る。


見上げると、視界いっぱいに広がる桜模様。咲き、誇り、あふれんばかりに枝を隠して、時々撫でてゆく風に遊んで揺れて。


「苦労してたどり着いた甲斐、あった?」


「あった、あった!…って、ばれてる?格好悪い…忘れてください、おれも乙訓さんの色気の無いパンツの事は忘れるから」


「い、いまさら蒸し返さないで。何だかわたし、駄目なところばっかり見られてる」


「そんな事ないよ、多分…ところで、さ。三月の終わりに、乙訓さんだよね?あのとき、何してたか聞いてもいいかな」


あのときって……狐につままれたような顔をしていたのは最初のうち、すぐに真っ赤になって、真っ青になってきょどきょどと視線を泳がせて終にはうつむいて顔を両の手で覆ってしまう。


「あ、あれって椿くん?ど…だ、誰かに言った?」


「何で?言ってないけど」


「な、内緒に、しててくれるなら」


「?別にいいけど」


「い、イメージトレーニング、してたの。だって、わたし友だちどうやって作ればいいか分からなくて。中学の時もこうだったし、高校こそはって思ったけど、上手く出来るか不安で…結局役に立たなかったけど」


さらに小さく、縮こまって顔も上げない。そう言うことか、とケーキボックスに手を伸ばした時、ふわ、と風に遊ばれた桜の花びらが箱に吸い込まれる。


……


「ね、賭けしない?今ケーキボックスには、見た目は同じシュークリームが二個。でも、どちらかはカスタードで、どちらかは季節限定桜クリームなんだ。おれは桜が食べたい。乙訓さんもそうだろ?」


「カスタードで構わないけど」


「賭けって言ったじゃない。おれか乙訓さんか、桜クリームを引いた方が勝ち。負けた方は相手の言う事をなんでも聞いちゃう。さ、選んで」


強引、だったな。


だが、目を逸らしてはいけない。てまりは眉をひそめ目を泳がせ、それでも迷い迷いシュークリームを選び、椿を見る。椿も残りの一個を手に、いっせぇので一口に入れる。


一口。わずかな沈黙の後、てまりは目を、舌を疑うように手元のシュークリームに視線を落とす。滑らかなクリームの色は間違いなくカスタード。腕は力なく、うつむいて何も言う事も出来ない。


わずかに震えている。何か、とんでもない事を言われるのではと思っているのだろう。いや、真に恐れている一言は…学校に来るように強制される事だろう。卑怯な手を使っている事は先刻承知、それでも、やらなきゃいけない時もある!


「…おれの勝ちだね。コホン。では、おれから乙訓さんに聞いて欲しいことは一つ!それは……明日も帰りに寄っていい?ケーキ無いけど」


「……そ、そんな事でいいの」


「じゃ、もう一つ要求しちゃおうかな」


「わ、わかったわよ!…ありがとう」


「どういたしまして」


相変わらず、ちっとも目を合わせようとしないてまりだが、うつむいた頬はたしかに、頭上の桜の色が映って見える。椿のほうもホッと、口の端をなめると、やっべぇ!


無理に一口に詰め込んだカスタードを慌てて制服の袖でぬぐった。

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