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ヒコツバキ  作者: 湯乃屋
32/35

3月 2

「失礼しましたぁ~あ」


貴重な昼休み。椿と白木は揃って、今出て来たばかりの職員室に向かって頭を下げ、肩を落とした。そのまま、見合わせる顔は白木の方はいつもより多めに眉間にしわ寄せ、応える椿は少し困ったように苦笑い。


「で、でも意外だったよな。おれ、和子とのグラウンドの外での…事を言われると思って、色々考えてたんだけど、誤魔化せる自信無かったから、アハハ」


「私だって、そう思って腹くくって来たのに。だから何か言われる前に弁解したのに、あの顔!誘導尋問だわ。それもこれも、みぃんなアンタの所為よ?何で、椿のサボりを注意するのに、私まで呼び出されなくちゃいけないのよ」


「大っぴらには聞けない立場だから余計に、確かめたかったんだろうね、間違い無く」


「分かってるから余計にくやしい!でも、どうするの?私たちの事。彼女には」


「まだ…言って無い」


「呆れた!知らないわよ?取り返しの付かない事になっても」


「そうなったら、お嫁に貰ってくれる?」


「本っ当にもう、バカつば…」


椿くん!と、被せられた言葉に飛び上がるほどビックリしたのは二人とも。声の主はすぐに分かった。だからこそ、振り返るのにも時間がかかったのだが。


何とか、きしむ首を廻らせて、てまりに対する取り繕いという名の笑顔を作っている余裕は無かった。彼女はそれでも少しふくれていたものの、いつもの範囲内。椿はようやく、少しだけ肩の力を抜く。


「そんな所でノンビリしてて。まだお弁当も食べてないんでしょう、急がないと、お昼終わっちゃうよ」


甘えた声で腕をからめて来る、もちろん白木の居る側から反対。以前の、てまりだったら考えられない事だが、それが椿を繋ぎとめる為に必死になっているという事が分かっている今は余計に…素直に喜べない。


ちら、と白木の顔を見る。もちろん、てまりの目に留まらないように。そんなだから返す返事はいつだって気持ち半分。それでも、てまりは満面の笑みを顔に張り付けて楽しそうに笑うものだから余計に…言える訳ない。


と、反対側の袖を引っ張って助け舟を出してくれる、もう一人の彼女にすがるように首を回すが直後、てまりが素早く白木の手を叩いて、それまで。目を丸くしている白木をしり目に、いや、白木なんて目に入らないと再び、椿に頬笑みかけると。


「行きましょ」


平和な昼休み、すぐそこまで来ている春に心浮かれて騒々しい生徒たち。そんな当たり前の日常を、いつから眩しく見るようになっただろう?困り果てた後の苦笑いを張り付けた椿と、腕を組んで楽しそうな、てまり。その少し後ろから付いてゆく白木。…椿が招いた事とは言え、居心地の良い訳は無かった。




生徒会室の扉を開けると中には既に黒沢と何故か、なのはが立ち上がりかけて、すぐに沈んでしまう。ションボリと肩を落とした様子は、信じられない事だがまるで


「お姉ちゃん!何で居るのよ」


「うん、答辞の原稿を提出しに来たのよ、あたし卒業生代表だから。さ、て。みんな揃ったわね、始めましょう」


「え?椿くん、また何か用事だったの。でもアレ?一葉くんは」


「てまりも座りなさい。一葉くんはいいのよ、これで全員」


 意図を掴みかねているのだろう。いつにない様子、姉妹だからこそ余計に。てまりはもう、白木に突っかかっていた事も忘れて一転、なのはから目が離せないままに手近な席に付く。


それを合図に椿、白木、黒沢の正規メンバーも腰かけるのを確認して一つ。なのはは静かに息を吸って、一拍。思い切って顔を上げた時にはもう、意を決しているようだった。それでも、やっぱり声に出すとなると更なるエネルギーを消費するのか。開かれた口からようやく声と呼べるものが発せられるまでに更に一拍、息をつめて待たなくてはいけなかった。


「梨木一葉くんが、校則で禁止されているアルバイトをしています。そしてそれを見つけてしまった、あたしには告発の義務があります。ただ…先生や他の生徒たちに知れる前にあなたたちに、知らせておきたかったの」


なのはは、もう顔を背けない。真っ直ぐ、椿たちから目を逸らさず、引退した今でも生徒代表を貫いている。だがそれは、なのは一人。他の誰もは言葉も無く、何も言えず。出来る事と言えばただ、現実から目を背ける事くらい。


「や、やだ!乙訓先ばい?冗談でしょう、会長がそんな事…本当なんですか」


「だどしたら…最悪、今まで俺たちがやって来た事は全部ご破算のうえ、生徒会解散か?」


「処分がどの程度になるかは、あたしにも想像付かない。何しろ前代未聞だもの。でもね、何か理由があると思うのよ、心当たり無いかしら」


あ、と声になりかけた声は、てまりの口から。一斉に視線が集中してはもう、黙っている事も出来そうもない。


「おれが!…悪いんです、まさか本気にするなんて思ってもみなくて」


「椿くんが、紹介したの」


「ちがうの!椿くんは留めたの、言いだしたのはわたし。バイト禁止って知らなくて」


「一葉くんが一人で決めたのね?だったらあなたたちが庇う事は無いわ。でも、そう。…そうなると、しばらく苦労かけちゃうわね」


言葉だけは。


それだけしか取り繕う事が出来ていない。声は震えて、無理に微笑みかけた顔は痛みに耐えかねて歪んで見えて全然、なのはらしく無くて。


「待って!お姉ちゃん、もしかして先生に告げ口するつもり?駄目よそんなの、だって今一葉くんが問題になったら卒業式どうするの?在校生代表なんだよ、それに謝恩会の事だって、あんなに頑張っていたのに。…そうよ、まだここに居るみんなの他は誰も知らないんでしょう、だったら」


「そう言う事じゃない。…さっき、おれと白木が呼び出されたろ、それだって、てまりちゃんや他の生徒だったら、そこまでする必要はない。でも、おれたちは違う。おれたちは生徒代表だから、小さな罪でも大きな問題になる。今ここに居る全員が口裏を合わせていればきっと、バレないかも知れない。誰にも知られないまま、何事も無かったように出来るかも知れない。でも、おれたちは生徒会執行部なんだ、だから」


「そんなの、気取ってるだけじゃない!そんな…友だちも庇えないような関係なんて意味ないわ!」


孤立している、付き放してしまった。てまりの瞳は怒りに揺らめいている、少しだけ迷って見える。恋人なのに、護らないといけない女の子なのに。それでも…椿は生徒代表といえるのだろうか。


沈黙が、耳を打つ。誰も何も言えない中、白木がぽつり、とこぼした言葉がまさか


「てまりさんは部外者だから、そんな事言えるのよ。あなたが、どんな作戦を立てているのか知らないけど、何にしたったもう遅い…!」


急いで口を手で押さえても、言ってしまった言葉は取り消せない。てまりは音がするほどの勢いで白木の顔を、初めて正面からとらえる。白木は…色も無い。


「何で、しってるの?あなた!盗み聞きしてたの、信じられない!そっちの方がよっぽど…生徒代表が聞いてあきれるわ」


真っ赤になって、口だけを覆っていた手は顔全体を隠すが、震える肩はどうする事も出来ない。すき間から、うかがう目は…迷子のように右へ、左へ。椿の視線とぶつかると途端に


「和子!」


逃げ出した白木に伸ばした手は、てまりによって遮られて、その時はそれがあまりにも意外に思えたから。思わず振り返った、てまりの顔を見て、余計に…


「行かないで、お願い」


「…ごめん」


振り払ったのは、てまりの手。追いかけるのは白木の後ろ姿。


思い切って、扉を開けるとそこは平和な昼休み。すぐそこまで来ている春に心浮かれて騒々しい生徒たち。


椿の…護らないといけない女の子は誰?

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