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ヒコツバキ  作者: 湯乃屋
3/35

4月 2

「って事があったんだけど、どう思う?」


 ションボリと肩を落として見ると、彼の方も口に入れかけていたうどんを音を立てて箸から滑らせ、じっと見返してくる。


 「やっぱりおれ、嫌われてるよね。あの後も毎日通っているんだぜ、それなのに一回も顔も見せてくれない。ところでそのきつねうどん旨そうだね、かまぼこもらっていい?」


 言い終わる前にもう、箸をのばして自身が頼んだチャーハンにトッピングしている。彼の方は相変わらず口を半分開けたまま。正午も半分過ぎようと言う、この学生食堂が最も賑わい、さんざめく時刻と言うのに、そこだけが切り取られたように時が止まっている。


 「でもさ、こうしてあったかいご飯が食べられるだけでこの学校を選んだ甲斐があるってもんだよね。この学校、この辺で一番メニューが多いんだぜ、しかも安い、そこそこウマイ。知ってる?って、あ~もう!早く食べないと伸びちゃうでしょう」


「……き、きみはどうしてそんな事をぼくに?」


「水臭いなぁ、袖振りあうも多少の縁、て知らない?ここでこうして向かい合っているのも何かの縁。それとも、結構細かいところ気にしちゃうタイプ?」


手にしていたレンゲで指差して、からかいながら早速、笑った口にかまぼこを入れる。


不幸にも椿の向かいに座ってしまった彼はと言うと、そんな冗談だか本気だかも分からない相談を、顔を合わせて十分も経たないうちに持ちかけられて、それでも何とか反論した彼の口は、今度は真一文字に動かなくなってしまう。そうしている間にも段々と、彼の手元のうどんから登る湯気はやせ細り、心なしか太麺になりつつある、無理もあるまい。


「で、どう思う?」


さっさとチャーハンをおいしく平らげた椿は頬にご飯粒をつけたままに身を乗り出して来る。彼の方はと言うと、椿が乗り出した分だけキッチリ身を逸らせて、それからようやく気を取り直してコホンと咳払い一つ、湯気の上がらなくなったうどんに目を落とす。


「…そうだな、ぼくが思うに、きみは間違いなく嫌われている」


「そんな事分かってるよ、何とか挽回しないとまずいんだ。なんかいい知恵ない?」


初対面でなくとも無茶苦茶な注文に本格的に箸が止まってしまう。う~んと一声、極度に真面目な性格らしく終には箸を置いて腕を組んで、天井を見上げて考え込んでしまった。


「セオリーとしては何か贈り物をする事じゃないかな」


「そのセオリーで更なる墓穴を掘ってしまった痕がほら、二日経った今もここにうっすら」


「これは見事な平手打ち!殴られたのか?一体何を贈ったんだきみは」


呆れ半分、驚き半分の視線に今度は、椿の方が腕を組んで背にもたれて、少し遠いところに見えているような苦い顔を作る。


「あれはどう思い返してもパンツだったんだ。あのときは親父さんのかな、と思ったけど、思い返すにど~ぉもおかしい、あんなに怒るなんて。それでもしや!って思って。どうやら彼女のだったみたいなんだ、あんまり色気が無いもんだから全然気付かなかったけど。それだから老婆心って言うの?いつ彼氏に見られても恥ずかしくないように、と言うよりその彼氏がガッカリしないように新品の、レースの色っぽいパンツをわざわざ恥ずかしい思いをして買ってきたって言うのに…これだよ」


「それはご愁傷様」


「流石にまずかった、て反省したから次の日は誠心誠意、こ~んなでっかいバラの花束を持って行ったんだけど」


「それは何か?きみはその彼女にプロポーズでもしに行ったのか」


「そんな事言ったって、贈るものって他に思いつかなかったんだよ、今月のお小遣い全部投入したのに…勿体無いから今はウチの玄関を飾ってるんだけどね」


きっと卒業するまで忘れないだろう、抱えきれないバラの花束を、何の記念日でもないのに関わらず自分の母親に贈らねばならなかった居たたまれなさ。驚きながらも嬉しそうに声を弾ませる笑顔を思い出すと今でも少し悲しくなるが、そういつまでも落ち込んでいてはいけないと顔を上げると、彼の方はうつむいて考え込んだまま、自分の世界に入ってしまって周りが全く見えていない様子。


ちらと、時計に目をやると残り時間五分足らず。なるほど、見渡すと今は席の半分も埋まっていない。次の授業で当てられているのか、こんなにいい天気なのだ場所を移したのか。目の前の、たまたま今日向かい合って座った彼は…すっかりぬるくなったうどんを食べるだろうか。食べないで戻したら午後の授業時間目いっぱい使って自分で考えよう。もし食べたら…彼の言う通りにしてみようかなと思い立った時だった。


「ケーキ、なんかどうだろう?幸い学校の向かいにあるケーキ屋は名店だ、それを手土産に再チャレンジしてみたら、匂いにつられて出て来はしないだろうか」


「釣られてって、犬じゃあるまいし。でもケーキか…女の子は甘いものに目が無いって言うからな、サンキュー!恩にきるよ」


「そんな…ただ情報を教えただけだ、そこまで感謝される事でもないよ」


「ケーキ代まで立て替えてくれるって言うのに、こんな言葉だけじゃ全然足りないよ、しかも無利子でいいなんて、神さま仏さまあなた様!そうだな、何が起こるか分からないし、多めに二千円!来月頭には絶対返すから」


両手を合わせてウィンク一つ。流されて財布から野口氏を引っ張り出す彼の眉間に深く刻まれたしわなんか気にしない!受け取った椿はもう一つオマケ、キッスを投げると流石に顔を背けられて、それじゃお先にとお盆を持って席を立つ。


流石に五分前、混雑した返却口まで来たらもう、彼の方から椿を判別することは難しいだろう。そのまま流れに乗りながら彼の方をつぶさに観察していると申し合わせたようにチャイムが鳴った。


始業五分前の騒然。それまでは楽しそうに、椅子に根を張らせていた生徒たちも一斉に返却口に向かって来るのに反して、どこまでも真っ直ぐに人のいい彼は、大急ぎでうどんに箸を戻し、一瞬のためらいの後に一気にかっ込む姿を確かめて、椿は大満足に一足お先に食堂を出る事にした。

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