4月 1
「と、言う訳でクラス代表は椿竜彦くんに決定しました~」
その日初めて顔を合わせたクラスメイトたちの気の無い拍手に祝福されてウッカリ、クラス代表に選ばれてしまった事は、実は初めてではない。正直に生きなさい、と周りの大人たちは口をすっぱくするが、その事で損をする子どもの気持ちを少しでも考えた事はあるのだろうか。正直に、学級委員長を経験した事のある人、で手を挙げた結果がこれだ。別に、特別嫌な訳ではない、頼られているようで悪くない。しかし。
「教師ってのは、どこへ行っても同じ事考えているんだな」
「何か言ったかしら?」
「いえいえ」
思わず出てしまった、貧乏くじをひいた感想に椿の顔を、ふしぎそうに澄んだ瞳を向けるが、取り繕いの一言であっさり、元どおり前を向いてしまう。彼女こそが椿をクラス代表に仕立て上げた張本人、憎んでも憎み切れない目の仇、担任教師なのだが。純粋に気持ちの優しそうな横顔を見ているととても、今さら辞退も出来やしない。
「それで先生、今日は何?」
「今日はね、さっき帰りのホームルームでプリント渡したでしょ、今日休んでる子のお家に届けてあげて欲しいの」
「今日もらったって、昨日おれが作って、一昨日おれが下書きした奴?」
「そうそう。悪いわね、椿くんにはお世話になりっぱなしで」
そう言って屈託無く微笑み返されては今日も…断ることも出来やしない。小耳に挟んだ話だがこの担任、その笑顔プライスレスで毎年、クラス代表をこき使う事で有名らしく現に椿もこうして毎日雑用を押し付けられている。が、毎年の彼女のクラス代表が口をそろえて言うように椿も、決して嫌ではない。が、決して毎日喜んで引き受けているわけでも無く結局、今日も若干重い足どりで教室に鞄を取りに戻ったのだ。
「代表、おつかれ!で、今日はなんの用事だったの?」
「なぁ、今日からミスド安いんだぜ、行くだろ?」
「それが…お前ら乙訓って奴、知ってるか」
もう一度、プリントと一緒に渡された住所氏名に目を落としてそれから面々の顔を見る。が、一様に目をまるく言葉が続かない様子を見るとやっぱり、ため息を漏らしたくなる。
「やっぱり知らないよな、おれも知らない。クラスメイトなんだって、オトクニテマリ。もう学校始まって一週間だぜ?これってやっぱり」
「代表、今日は大仕事じゃねぇか」
「引きこもりって奴?それを連れて来いってか」
やっぱり、そうだよな。極力考えないようにはしていたが、実際言葉にされると急に肩の辺りが重く感じられる。
「あ~無理無理。行くだけ無駄だよ。俺、同じ中学だったから知ってるけど、こいつ中学の時からだもの。つか、同じクラスだったんだ」
まじかよ、と今では見上げなければクラスメイトの顔も見れないくらいに肩が重い。が、さらに重くなることを言う奴が居ようとは。
「いや、俺同じ中学だから知ってるけど、代表、中学の時も引きこもりを更生させてるんだぜ、余裕だろ」
まじかよ、再来。
「それでも無~理、あいつそんなレベルじゃないもん。それだったら代表にハダカ踊りさせる方がまだ簡単だっての」
って何を勝手に…と言いたいところだったが、あまりの爆弾発言に呆れ&がく然としすぎて声も出せないうちに話は受刑者、椿の意見など全く聞こうともしないでドンドン進んでいってしまう。
「へぇ、面白い。ならこうしよう、一週間!もし一週間以内に我らが代表が乙訓を連れて来られなかったら、ハダカ踊りでも何でもしてやろうじゃないか、代表が」
「その代わり、もし乙訓が学校に来るようになったら、まぁ無いけど。俺にハダカ踊りをさせようって?おもしれぇ。その言葉、忘れるなよ!代表!!」
「大丈夫だよな、代表!それじゃ、俺らミスドいくからグッドラック!」
さわやかに親指を立ててウインクして、勝手にとんでもない約束をして行ってしまった…後には春風に舞う砂ぼこりのみ、椿は一人、もはや肩にのしかかるモノの重みに耐えかねてへなへなと、深いため息と共にしゃがみこんでしばらく動くことが出来なかった。
時間をかけてようやく、気を確かに奮い立たせて何とかやって来見知らぬ町。住所を元に学校のパソコンで地図をプリントして、良かったそんなに遠くない。学校前のバス停から約十分、そこから歩いてすぐの所に(地図上では)フラグが立っているのだが。
「乙訓、オトクニ。ここで間違いないよな」
表札と住所と地図を何度も確認していざインターフォン、と思った時だった。
郵便受けの上に何かが置いてある。いや、落ちている?ベージュのストレッチ素材?手に取るとその全貌が見て取れる…
今日は本当にいいお天気!道々を彩る桜も誇らしげに、風も無く文句なしの小春日和、洗濯物も良く乾く!
……いやいや、現実逃避している場合じゃなく。
「も、もしやこれは、いやいやでも。でも、どう見てもこれはパ……」
ばん!と音がした方に首を急回転、見ると一人の女の子がサンダルをはくのもまどろっこしく玄関から飛び出すなり椿に向かって一直線!続き、音がしそうな勢いでその手から件のグレーのパ…をひったくると赤く、泣きそうな顔をさらに真っ赤にして
「ばか!」
と一言。向かってきた時の倍速くらいで猛ダッシュ、玄関を閉めるなり、かちゃ、と鍵をまわす音が椿の耳を乱暴に叩き、それきり何の音沙汰もなくまたしても椿一人きり。
……
もし椿が玄関に釘付けになった目を転じていれば気付いただろう、彼女が逃げていった目の前の、まさにインターホンを押そうとした家の二階ベランダにはまばゆい白の洗濯物が、いっぱいに太陽を浴びてはためいていた。
突然の手持ちぶたさに宙ぶらりんなままの椿を、甘く香る春風が撫でて行く。いや、あれは柔軟仕上げ剤の匂いだったろうか?どちらにせよ
「な、なんだ今の女」