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ヒコツバキ  作者: 湯乃屋
19/35

8月 2

「まいちゃんは…本当にお兄ちゃんの味方をしてくれる気があるのかな?」


 「まいのこと信じてくれないの?ふーん、いいもん、まい…泣くよ?」


 「ワー!ごめん、ごめんなさい。お願いだから泣かないで、大きな声は出さないで。さっき言った事はウソ、お兄ちゃんは大好きな、まいちゃんを信用しています!」


 「本当に本当?じゃぁ許したげる。あ、そろそろ戻らないと変に思われちゃうね、大丈夫よ、何とかなるって」


 人差し指を立ててウインク一つ。何処でそんな仕草を覚えてきたのか、ともかく…疲れる。


結局、椿はコッソリ帰って来てからというもの台所の、冷蔵庫の陰で肝を冷やしながら、未だ一歩も動けないでいる状況。まいの折り紙は付いたものの、丸く収まるとは到底思えない。何か、二人が納得してかつ、まいの機嫌を損ねる事なく自然に出ていく方法は無いだろうか。


「椿くん?」


思わず!飛び上がった所で狭いすき間、後頭部を派手にぶつけて、涙目で見上げるそこには


「さ、さくらサン?…地獄にホトケ、女神さま!助けて、修羅場なんだ」


「おかしいと思ったら、こんな所に隠れてたのか、浮気者!しかも助けてだって?それはこの質問の回答次第、正直に答える事。ボクか、てまりちゃん。どっちを呼ぶつもりだったの?」


「それが、あまりの事に忘れてちゃって。ね、正直に言ったから、助けてよ。おれと、さくらサンの仲じゃないか」


呆れ顔でも美人。それでも腰を曲げて座り込んで、椿の目線に合わせてくれる。まっすぐ目を見て、さくらならきっと許してくれる、と思う。が、ついつい腰に回った手がいけなかった。一瞬のうちに、さくらの眉間に明らさまなタテシワ。


「馴れ馴れしい!馬鹿にするな、ボクはそんなに安かないし、そんな仲になった覚えもない」


「あの夜の事、おれは一度だって忘れた事は無いよ」


「いやらしい言い方するなよ。いつもそうだ、どうしてキミはそう、いい加減なんだ?今日だけじゃない、この間の花火の時だって、その前に映画に行った事だって、てまりちゃんは知らないんだろう?」


「ふっふっふ、プレイボーイと呼んでくれ。でも、さくらサンはそんなおれに惚れてるんでしょ?」


「オマエなんか大っきらいだ」


言いながら、あわよくばと近付けた顔も押し戻されて、これでオシマイと立ち上がる、さくら。椿も急いで、背中を向けられてしまった手を捕まえると一瞬止まり…振り返って見上げる顔はいつに無い、明らかな怒気を含んでいて思わず、手が引っ込む。


「こういう事は、てまりちゃんだけにしておきな。ボクは彼女を傷付けたくない、キミも同じだろ?」


「分かってるよ。でも…と言うか、てまりちゃんとはまだ手首から先の仲です、こんな事する相手はさくらサンだけ」


目を白黒させて、口は動けど言葉にならず。って、さくらに先を越されたが、驚きたいのは椿の方。何かおかしな事を言っただろうか?


「そんなに驚く事?分かるだろ、てまりちゃんは何て言うか…気が引けると言うか恐れ多いというか、恐ろしいというか。な~んか、手ぇ出せないんだよね」


「こん…の痴漢男!ボクを何だと思ってるんだ!?」


 「ちょ…落ち着いて、フライパン構えないで話を聞いて!確かに、てまりちゃんはおれが大事に思ってる女の子だけど。さくらさんも好きだよ、おれは」


 がん!…と派手な音を立てて椿、顔面を抑えてずるずると、再び座り込んでノックアウト。さくらは今度こそ真っ赤に、肩をいからせて背を向けて、止める間もない。


……何で、こんな事になるんだ。


 ひりひりする鼻の頭からゆっくり手を放すと、チカチカする視界に赤い、鼻血が見える。結局、自力で丸く収めようとしても失敗する。結局、さっさと出て行った方が良かったのだ。


 「…椿くんじゃない」


 おっくうな、首をめぐらせると目を丸くした、てまりがオロオロと膝を折ってかがみこむ。頬に触れる手が暖かく、椿の体から自然と、力が抜けていくのが分かる。


 「いつから居たの?変な音がするから来てみたら、どうしたのよ」


 「ん~ちょっと、サプライズやろうと思って…失敗して」


 全く、もう!言いながらも、少しだけ嬉しそうな顔を見ると…後ろめたさに押しつぶされる。てまりは、さっきの話を聞いていた訳では無いだろうし、今までだって椿を疑う事も無かった。それに付け込んで椿は…彼女を傷付けている。今は未だ気づいていないが必ず、彼女を悲しませてしまう。この、まっすぐに椿一人を見てくれる、てまりを。


 「椿くん血の気が多いから、なかなか止まらないかも。気をつけてよ?」


 「ありがと。…あの、てまりちゃん。おれ」


 強く手を握り、まっすぐ目を逸らさない。そこに椿の探している答えがある?何が書いてある?


…いつもそう、勇気が出ない。さくらが相手の時はそんな事無いのに?てまりが相手だと、…恐い、とさえ思う。てまりは大事にしたい、さくらは?さくらにはもっと触れたい、てまりには?さくらは好き、てまりは大事。すこし違う、何かが違う。何が違う?


少しだけ顔を近付けると、てまりはびっくりした顔を真っ赤に、踊るように揺れる瞳には、椿自身が映っている。てまりの目に映る椿はまっすぐに、迷う事など何もない目をして、てまりを安心させている。本当の椿からは遠い…本当は迷って、揺れるばかりなのに。


 一度、思いっきり視線を落として再び、椿に合わせる。もう一度、迷うように目を閉じて、考えて…そのままゆっくり、椿に向けられた顔は真っ赤に、わずかに震えている。椿もゴクリと、意を決した訳じゃない、ただ流されて、顔を近づけて…


 ピロリン!と、間の抜けた音に固まる。


 「まいちゃん!シャッター音消さないと駄目じゃない」


 「結果オーライよ、我ながら、いい絵が撮れたわ。これをお兄ちゃんの知り合い各所に一括送信して」


 「って!まいちゃん?い、今のは聞き捨てならないな。…何でもするから今の写真、消去して、お願い!」


 「嫌よ、絶対嫌。あっかんべー!」


 「まいちゃん!!」


 ヒラリと踵を返して走り去る、まいの向かう先は玄関を抜けて家の外。それを追う椿も慌てて靴をはく事ももどかしく、騒々しく出て行ってしまった後には。


 「…悪かったね、もう少しだったのに」


 「な、何言ってるのよ、さくらちゃん。わたしと椿くんはそ、そんな、そんな…そう!お勉強しなくちゃ、ね?」


 「ま、いいけど」


 居間に戻り、騒々しいベランダの下をのぞくと椿兄弟が仲良く、追いかけっこを楽しんでいる。目線を戻すと、てまりはグラスのジュースを一気に飲み干して下敷きで顔を扇いで、火照りを冷ましている。


 でも。確かに、潮時が近いのかもしれない。


「でもま、その時はその時」

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