6月 2
その日の天気は嫌味なくらいの快晴。雲一つ無い、それは見事な梅雨の晴れ間の夏日より。梨木の願いもむなしく、予定通り実力テストを免れた生徒たちはホっと一安心にレクリエーションを楽しんでいた。
と、言っても朝から始まったクラス対抗マラソン大会も、もう終盤。日は中天に近づき、トップランナーはゴールに近づき今!テープを切ったのと同時に割れんばかりの歓声が、椿の耳にも叩き付けられる。
「優勝は予想どおり2-Bか。うちの隣のクラスじゃないか、それなら後で記録を改ざんしておけば」
「って、梨木生徒会長!?…全く、自分で選手宣誓した事を忘れてるんじゃないのか、往生機際が悪いな。一生懸命に走っているクラスメイトに申し訳ないと思わないのか」
「一生懸命に走って今まさに、きみのクラスと最下位争いをしているんだよ」
うそでしょう!と信じたくは無かったが椿たちが立っている、アンカーの並ぶインターバルからは続々とバトンを受け取ったクラス代表たちが走り出して、気が付けば梨木と椿の二人きり…
要するに、ぶっちぎりの最下位争いをしなければいけないのだ。そうと分かると、とても恐ろしくてクラスの応援席など見れやしない、言われる台詞は分かっているのだが、速く走れるのならば苦労はしない。そんな訳で後ろめたい椿が、あくまでさりげなく方向転換をする先には学校の正門。そこから先に帰ってくるのは梨木のクラスメイトか、否か。
「あら、あんたたちが残ちゃった訳。困ったわ、どっちを応援したらいいかしら?」
「なのはさん!もアンカーですよね、もうゴールしちゃったんですか」
「なのはさん!…去年から言おうと思っていたんですけど、A組は特進クラスなんですよ?不利です、絶対!」
「3-Aは表彰台に上がるわよ?チームワークの問題でしょう、要するに。それにしても、一年の椿くんは運が無かったのね」
「はぁ、運動水準がぶっちぎりで低かったんです。でも!そんな1-Dにも希望の星が!」
大振りで正門を指さすと丁度、てまりが顔を真っ白にして、それでも必死にフォームを保って帰ってくるところだった。
「そんな!五分前に聞いた報告だと、うちのクラスの約30メートル後方を走っていたはずなのに」
「うちのクラスでただ一人!並み以上の運動神経を誇る、てまりちゃんに頑張ってもらいました」
「でもあの子、折り返し地点からスタートしたはず…椿くぅん!?」
「ご、ごめんなさい!その分たっぷりお礼をすることになってるんです。ほら、駅前のヨガスタジオのチケット。と、言う訳なんで梨木くん、お先に!」
と、出だしばかりは勢いよく逃げ出して行った椿と入れ替わりに、てまりはフラフラと仰向けに、大の字になってしまう。対する梨木クラスのランナーは未だ見えない。さすがの梨木にも、ようやく焦りの色が見えてきた。
と、帰ってきた!こちらはいかにもモヤシ男子が顔を真っ赤にしてフォームもへったくれもない。それでも何とか、最後の力を振り絞ったバトンをひったくると椿同様、ペース配分もなしに飛び出してゆく。
さて、どこまでも恰好の悪い最下位争いの火ぶたは切って落とされた。
先を行く椿か、後を追う梨木か。息が上がってペースが乱れ放題に、追いつく事は簡単だったが…いや、そうでもない。こちらも追いついた途端に、糸が切れてペースダウン。結果、ぴったり息の合った二人は、ぜえぜえと赤くなったり青くなったり、まるで見ていられない。
現に、この二人の戦いに、かかわりのない生徒たちはさっさと打ち上げの作戦会議に取りかかり、関わる生徒たちの罵声は二人には聞こえているのだろうか。てまりも、椿くん負けないで、と言うものの精根尽き果てて大きな声も出ない。
「てまり、マイク持って来たげるから待ってて」
「…そうだわ、お姉ちゃん!お願いがあるの、椿くんの応援はわたしがするから、梨木くんに大きな声を掛けてあげて」
「やっぱり。それが道理かしらね。マイクスイッチオンで一葉く~ん!がんばっ~て!!」
と大きな声を掛けられた時だった。急にバランスを崩し、すんでの所で持ちこたえたものの、椿との差が開いてしまう。慌てて、もう一声掛ける、なのは。今度こそ椿ははっきり見た、正面から。梨木の顔は急に赤くなって、それを必死で隠している!
更なる距離の開いた優位の椿は、興味しんしん自分からペースを落として再び梨木と並ぶなり、じっと、そっぽを向かれた横顔を見ていたが。
「…梨木くんってもしかして、なのはさんに期待されると緊張しちゃう?」
「な!な、な…何を根拠に?そんな事ある訳ないじゃないか、なのはさんに声を掛けられるたびに心臓が止まりそうになるとか、以前なのはさんと二人きりになった時に失神したとか」
「やっぱりそうなんだ。梨木くんは、なのはさんの事が…」
「わーわー…な、何を言い出すんだきみは!こんな公衆の面前で、しかもレースの最中に……?」
梨木にとっては、あまりの展開に思わず足が止まり、椿も手応えを感じて足が止まり。それまで両クラスメイトしか気にも懸けていなかった最下位争いの二人には今や、全校生徒、教師の目が集まり、にじり寄り、殺気立った視線に自然、身を震え上がらせ合う二人の足元はもちろん針のむしろ。
「一葉くん、椿くん、思い出してくれてうれしいわぁ。そう、レースはまだ終わっていないの。で・も!特例、またまたマイクスイッチオン!!今年のプール掃除はこいつら二人で徹底的に磨く事!手始めに…二人をヘドロプールに放り込む!」
ワーという大歓声に担ぎ上げられてワッショイワッショイ。飛び込みも可能な競技用50メートルプールに放り込まれる瞬間に、てまりの顔を見たような気がしたが…すぐに視界は緑色に濁って椿は、梨木ともどもヘドロオバケと化してしまった。
高校初めての夏、一番目の苦い思い出となった。




