5月 4
お昼休みの中庭。初夏を思わせる陽気に新緑眩しく、その下で食べる可愛い彼女の手製弁当はどんなに塩でも、どんなに炭でも甘く、甘く。それは、その片隅にちょこん、と半ば隠れるように場所を取っている椿たちもまた例外なく…例によって担任に申し付けられたプリントの下書きをしながら笑顔いっぱいの、てまりの手から運ばれる出し巻きやらお結びやらに、にやけた大口を開けている。
ので、訪問者である彼は正直、苛立ちよりもあまりの恥ずかしさに逃げ出したくなったと後に語る。
「が!それしきの事で、なのはさんに頼まれた事をあきらめる訳には行かないのです。椿くん、お取り込み中の所悪いのだが、付き合ってもらうよ」
「誰だよ、空気読めない奴だな…思い出した!ちぇ、うやむやにしようと思ったのに」
「先月きみに二千円貸した梨木一葉だ、ここで会ったが百年目、今日こそキッチリ耳をそろえて…ってそうじゃなくて!そっちは分割でも何でもいいからとにかく、食堂まで来てくれ、そっちの彼女も」
言うなり、さっさときびすを返して早足で行ってしまうので、椿たちは揃って首を傾げ、互いの顔を見合ったところで
「付いて来てくれって!」
真っ赤になってまた、こちらに早足になっている姿が少しだけ可哀想な気がして、もう一度、てまりと目を交わした後に早めの片付けをする事にした。
「一葉くん~?時間掛かちゃったけど一体、何の事件が発生していたのかしら?って、てまりも連れて来てくれたの」
「お姉ちゃん!今度は一体何をたくらんでるの、こんなにギャラリー集めてまで」
と、てまりが大きく手を広げて示すように、連れて来られた食堂には、なのはを中心とした制服の黒山が二重、三重と取り囲んで加えて、妙に殺気だった様子で静まり返っている事が椿には不気味で仕方がない。
「今回ばかりは。なのはさんもお手上げなの、吊るし上げられているのよ、そこの!椿くんとの関係を明白にしろって」
「椿くん?も、もしかしてもしかすると、お姉ちゃんにか、かどかわされて」
「ないし!…関係って程のいい思いはさせてもらってないと思うんですけど、おれ」
ネーと、なのはと目を合わせると左隣、てまりの立っている場所から何かが切れるような音が聞こえたのは気のせいであって欲しい…
「はいストップ!てまり、良く聞きなさい。あたしと椿くんは確かに、先週デートしましたとも。でも!それでよ~く思い知ったのよ。この、なのはさんに全然相応しくないって。だ・か・ら」
「振られました」
「おわかり?分かったらさっさと釈放してくれないかしら」
なのはの、若干の怒気を含めた言い方にざわり、とギャラリーが揺れる。ひそひそ、と見えない所では小さく言葉を交わしているようだがそれでもみんな、なのはの一手一挙動に注目して…なるほど。ここに集まっ来ているのは揃って、なのはのファンと言った所か。どこからか、多分野球部キャプテン長谷あたりから漏らされた、椿との事で団結そして詰問。椿はその証人、と言う事か。
「ついでに、潔白が証明された椿くんを袋叩きにしようって企画も、取り下げてあげたらどうかしら」
「って何ですか、それ!暴力絶対反対っ!」
「何かね~、盛り上がちゃったみたいなの。みんなのアコガレの、なのはさんに抜け駆けした椿に制裁を!って」
途端にすっ、と体温が下がってバランスを崩して、テーブルに手を付いて何とか踏みとどまるが。冗談じゃない!さりげなく、あくまで自然にかつ、てまりの方に気を配らせながら慎重に、なのはにだけ聞こえるように。
「な、なのはさん。どうすればおれの身は絶対安全になりますか」
「生徒会執行部補としての正当性はあなたが来る前に説明したから、そうね…てまりという彼女がいる事をアピールしてみたらどう?」
「てまりちゃんは友だちですよ?」
「フクロになりたければ、それでもいいけど」
そっと、てまりの顔を見る。幸い変に勘ぐられてはいない、と言うより一体全体何がどうなっているのか皆目検討も付かない、と言いたげにグルグル回る目が物語っている。…かわいい、よな、彼女。ヨシ!
「お、おれにはこの!てまりちゃんという彼女がいて!だから、なのはさんとは」
「そう!椿くんはカワイイ妹の彼、ロクでもない奴だったらどうしてやろうかって探りを入れていた訳よ」
「お姉ちゃん?椿くんも!そんな、か、か…彼女だなんて」
「てまりちゃん、おれの事好きじゃないの」
「そ、そう言うことは、ここでは…」
「そうか、椿くんが勝負下着をプレゼントした相手は彼女だったのか」
ざわ!と一気に場内の温度が上がる。きょとん、と目を丸くしている空気読めない梨木を一人残し、それまで張り詰めていた糸も溶けて無くなるほどの衝撃発言にギャラリーは目に見えて色めき立ち、当の、てまりはタコのように茹で上がり慌てふためき、椿の右隣からフツフツと、冷や汗が吹き出るほど煮えくり返っているのは…なのはの顔は伏せられてよく見えないが、見ないで澄むならそれに越したことは無いのだけど。
「椿くん、ど~ういうことか説明してくれるかしら?え!?」
「勤めて普段どおりに取り繕っている声が怖い…あの、実は初めて、てまりちゃんの家に行ったときに」
「いや~!それ以上は駄目!!」
「初対面で、ふ…不順異性交遊!?なのはさん、それに対する罰則は」
「判決!死刑!!」
「コラ!学校中の音源を止めてまで何をしている、とっくに五時間目が始まってる時間だそ!」
「まずい、煙幕!」
誰が用意したのか実行したのか、とにかく助かった!たちまちに食堂内に立ち込める、多分石灰を合図に一斉に蜘蛛の子を散らして大パニック!の筈。何しろ右を見ても左を見ても自分の指先さえも真っ白でみんな必死に、手探りで出口と窓に殺到しているのもだからそこここで、逃げろ、押すな、どこ触ってるのよ!的な発言も聞こえていたが。
……どれくらい経ったろう。
白いもやも次第に、重力に大人しく沈んで。気が付いた時にはあたり一面の白世界に椿は、てまりの手をしっかりと握り締めたままに机の下から這い出てきた。
「椿くん…まっしろ」
「身の潔白もシロと伝えられたかどうか。でも良かった、これで梨木くんとか長谷先輩と間違えてたらどうしようかと思った」
お互い少しだけ頬を染めて笑い合うが何しろ真っ白で何が何だか。が、てまりの白くならなかった瞳だけは真剣に、少しだけ悲しそうな口がためらい、うつむいて…もう一度椿をとらえた声は茶化すことも出来ないほどで。
「椿くん、さっき言ってた事」
「…てまりちゃん、もう一回聞いてもいい?今度は本当の真剣。おれの事、好きじゃない?」
「それは…じゃ、椿くんは?わたしの事どう思ってるの?」
身長差ぶん上目遣いの、石灰だらけの白い頬が紅潮が見える。いや、椿の気のせい?ぶり返した暑さでのぼせているのか?真っ直ぐ、てまりの瞳に映るのは椿自身。その瞳に映る色は期待?不安?それとも……
「その、てまりちゃん…今日のパンツはおれ好み、うん」
「し、死んじゃえ!バカツバキ!!」




