変人さんと家出少女と本屋さん
広野さんの小説の新刊が今日発売日だというので夜本屋に出かけることになりました。
「楽しみですねー」
「そう?あんまり思わないけれど」
広野さんの家から本屋さんまでは徒歩で5分くらいのところにあるのでそう遠くはない距離にある。知り合いにあったりしたら怖いので夜に行くことになった。
本屋に入ると静かな空間に本のにおいが充満していた、このにおいは嫌いではなかったなんとなく落ち着くにおいだった。
「広野さん、本屋さんのにおいって落ち着きませんか?」
「あー落ち着くね」
「ですよね、で、どの辺に置いているんでしょうか?」
「あっちのほうじゃない?」
指をさす方向を見てみると大きく新刊コーナーと書かれた看板が立っている場所があった。その方向に言っているとたくさんの本が並んでいた、マンガ雑誌、コミック、小説・・・とにかく本がたくさん並んでいたのだった。
「広野さんー」
私はとても大切なことを思い出し広野さんを呼んだ。
「何?」
けだるそうにこちらに近づいてきた。なんだかこちらに罪悪感が生まれてしまう。
「小説のタイトルって何なんですか?」
「・・・これだよ」
一冊棚に飾られている本を取り私の手に載せた。
「おお・・・表紙綺麗だ」
その本のタイトルは「羊たちの夢」というタイトルだった。表紙にはかわいらしい羊が数匹書かれていた。
「どんなあらすじなんですか?」
表紙の裏を見てもあらすじは書いてなかった。
「見てからのお楽しみということで」
「えぇーそんなー」
「他に読みたい本はあるの?」
「マンガみたいです、マンガ」
広野さんは意外そうな顔で私を見た。
「なんです?」
「いや、君マンガ読むんだね」
「まあ、読みますよ普通に」
少女マンガのコーナーに行くと広野さんは顔をあからさまにしかめた。本を読んでいる人が引いているのでやめてほしい。
「なんでそんな顔してるんですか?」
「・・・全体的にピンクだな」
「何がですか」
「雰囲気がね」
そう言いながら耐えられなかったのかまた小説のコーナーへと戻って行った。
「あっ今月号が出てる!」
私の毎月買っていた少女向け漫画雑誌の最新号が発売されていた。立ち読みしたくてもビニールがかけられていて読めなくてがっかりした。
「もう夜も遅いし帰る?」
広野さんが眠たそうにあくびして出口をさした、腕時計を見るともう夜の10時だった。
「はい、帰りましょう」
マンガ雑誌を棚に置いて広野さんのところに行く。
「あのマンガ雑誌読んでたの?」
「あっはいよく読んでましたねー」
「ふーん・・・ちょっと外出てて」
「えっ?」
「すぐ行くから」
言われるがままに外に出る、しばらく待っていると広野さんが誇らしげな顔で中から出てきた。
「何してたんです」
「ほい」
そうして差し出されたのは本屋さんの袋に包まれた何かの本だった。やけに分厚い。
「開けていいですか?」
「もちろん」
袋を開けると私が先ほど眺めていたマンガ雑誌が入っていた。驚いて広野さんを見上げると子供のようにどうだ、といったような表情で私を見ている。
「プレゼント」
「えっ」
「毎日小説ばっかりじゃあ子供はつまらないでしょ?」
「まあ、そうなんですかね?」
「そうだろうよ、おれも昔は読んでたし」
「ありがとうございます!嬉しいです!」
拍子抜けしたような顔をして広野さんは私を見ていた。
「・・・・?」
「いや、マンガ一つでそんなに喜ばれるとは思わなかったよ」
「うれしいですから」
「安上がりで・・・」
「悪かったですね!ありがとうございます」
「どういたしまして」
この漫画雑誌は少女マンガなのによくレジに持っていけれたなとふと思った。恥ずかしかったんじゃないかなと思った。
家に帰ってたくさん読もう、マンガ雑誌を大事に抱えて家へと続く道を歩いて行った。
「広野さんの小説もたくさん読ましてくださいね」
「どうぞ、好きなだけ読んでくださいよ」
「ありがとうございます」
その時私は見逃さなかった、広野さんの横顔がうれしそうなのを私は見逃さなかった。しかしすぐにいつもの顔に戻ってしまった。