変人さんのお仕事
広野さんの家にきて二日が立った夜。今日の昼久しぶりに出たら外の光景に驚いた、何と広野さんが住んでいたマンションは最上階の一室だったのだ。
今広野さんは夕飯の買い物に出かけている、たぶんもうすぐ帰ってくるはずだ。夕飯の時にでも聞いてみることにしよう。
「ただいまー」
「あっおかえりなさい」
広野さんが手に提げているのはスーパーのレジ袋だった。その中には弁当が二つ入っていた。
「どっちがいい?」
「うーん・・・迷いますね・・・」
一つはから揚げ弁当、もう一つはチキン南蛮弁当。どちらもとてもおいしそうだ。どちらかと言えばから揚げ弁当かなと思い至り私はから揚げ弁当にすることにした。
「美味しそうですね、いただきます!」
「いただきます」
「おお!これはおいしいですね、ほっぺたが落ちますよ」
「大げさだね、スーパーの弁当なのに」
私はお腹がすいていたのかあっという間に弁当をたいらげた。広野さんが私の満足そうな顔を見てくすりと小さく笑った。笑った顔はどこか子供みたいだった。
「広野さんも笑うんですね」
「人間だから笑う」
言い方が何というか難しい言い方をする人だなとこの前から思っていた。
「そうだ」
「いきなり何?」
食後のお茶を飲みながら思い出した。
「広野さんのお仕事は何なんですか?」
「仕事?」
「はい、ここ二日一日中家にいるので何の仕事をしているのかなと思いまして」
「あー働いてないと思ったわけ?」
「思ってないですけど、気になって」
「ふむ」
テーブルに頬杖をついて広野さんは言うのをためらっている。何だろう、早く言ってほしい気になる。
「俺の仕事はね」
「はい」
少しの間私と広野さんの間に沈黙が訪れる、何なんだろうこの沈黙は。そうして唐突に広野さんは椅子から立ち上がり手招きをしている。
「こっちに来て」
「はい」
綺麗なフローリングの廊下を歩き一つの部屋にたどり着いた。
「ここが俺の仕事部屋」
「そうなんですか」
「開けていいよ」
そう言われたので恐る恐るドアを開けてみる。ドアが少し音を立てて開く。
その部屋には少し大きめの木の机があり、その上にノートパソコンが置いてあったそして何よりたくさんの本が並んでいた。
「すごい、ですね」
「何の仕事かわかった?」
「全くわかりません」
「うん、そっか俺の仕事はね小説家だよ」
「小説家?」
「そう」
確かに本がたくさんある、中には辞書や私には理解できなさそうな本が本棚に並んでいた。
「どんな本を書いているんですか?」
「んーえっとね・・・」
そう言って机の横に積み上げてある本の中の一冊を手に取り私に渡してくれた。それは真っ白い表紙に黒い文字でタイトルが書かれているとてもシンプルな本だった。
「推理小説ですか?」
「うん」
私はあまり本を読むほうではないがこの本を読んでみたいと思った。
「これ、読んでみてもいいですか?」
「うん、いいけど結構分厚いよ」
「読んでみたいんです」
「うん、じゃあがんばってね」
「ありがとうございます!」
表紙を開けると久しぶりに本の香りをかいだ気がした。本のにおいは嫌いではなかった、何というか落ち着くにおいが本からはするのだ。
目次を開くと早速たくさんの文字が所狭しと並んでいた。これ私なんかが読めるのだろうか。
心配は無用だった、私はその本に夢中になり徹夜で読んだのだった。
「まさか、徹夜で読んだの?」
「はい、すごく面白くてやめられませんでした広野さんはすごいですね」
「どうしてそう思うわけ?」
「だってこんなに面白い本が書けるんですから」
「・・・その本よかったらあげるよ」
「えっいいんですか」
「うん、そんなに喜んでくれたら悪い気はしないし部屋にある本好きなだけ読んでいいよ」
「はい!次は何を読もうかな・・・」
本棚の中の本を見ようとすると腕を引っ張られた。
「なんですか?」
「その前にちゃんと睡眠をとること、眠たいと本読んでたら頭痛くなる」
「はーい・・・」
私は部屋を出されたときに広野さんの顔をちらりと見た。その顔は少しだけ嬉しそうに見えた。