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家出少女とお母さん 1

終わりが近いです、もう少しだけお付き合いください。

 ここ最近、広野さんの様子がおかしい。

 何だか妙によそよそしい気がする、昨日も私に何か言いかけて言うのをやめたのだ。私に何か言いたいことがあるのだろうか。


 「広野さん」

 「何」


 呼びかけて顔をじっと見てみる。特にいつもと変わりはない。


 「何か用?」

 「いえ、特には・・・」

 「ふーん、あっそ」


 本当にいつもと変わらない態度だ、安心したような気がする、だけど何だか嫌な予感がする。だいたい、こういう時の悪い予感は当たるものだ。当たらなければいいのだが。


 「あっそうだ」


 広野さんが唐突にそう言った。


 「何ですか?」

 「君、そろそろ家に戻ったほうがいいよ」

 「えっ・・・」


 それはあまりにも急な話だった。広野さんの表情はいつもと変わらない、まるでお使いでも頼むかのような顔で私に言った。


 「何で、ですか?」

 「まあ、一から話すから座ろう」


 足元がふらふらとおぼつかない、話を聞きたくない、どうして急にそんなことを言うのだろう。やはり嫌な予感というものは当たるのだな、ぼんやりとした頭でそう思った。

 私の向かい側に広野さんが座る、私は座るのすら嫌だった。


 「どうして急に家を出ろって言うんですか?」

 「まあ、座りなよ、ちゃんと話すから」

 

 冷静な広野さんとは対照的に私は今にも泣きだしそうだ。気が緩めば涙は止めどなく流れてくるだろう、唇を噛みしめて私は座った。

 広野さんはまっすぐ私の目を見て言う。


 「君のお母さんと姉さんが一緒の職場で偶然君のことを話していたのを聞いたらしい。すごく心配していたらしい、姉さんとも話したんだけど、君は自分の家に戻ったほうがいいと思う。君のためにも君のお母さんのためにも」

 「そんな・・・」


 頭では理解できる、けれども心が追い付いてこない。

 分かっている、母に心配させていることも広野さんに迷惑をかけていることも、全部全部分かっている。私がここで帰りたくないって言っても広野さんを困らせるだけなんだ。私は家に帰らなければならないんだ。そう、頭では分かっている・・・。


 「いや、です」

 

 思わず口をついて出た言葉だった。


 「広野さんの家は出ていきます、けど家には帰りません」

 「・・・どうして君は家に帰るのをそんなに拒むの?」

 「言いたくありません!」


 そう言い残して私はその場を立ち去って、家を飛び出した。


 

 雨が降りしきる中、傘も差さずに私は走っていた。道行く人たちがそんな私を不思議そうに見ている。

 結局私は逃げることしかできない、何故なら私がまだ子供だからだ。真正面から子供の私が大人と戦っても負けるだけだ、だから私は逃げた。そう、あの時と同じように。

 私は弱い人間、どうしても強くはなれない。弱い人間は強い人間から逃げることしかできない、自分が傷つきたくないから、自分が何より一番大切だから。

 

 「はあ・・・は・・・」


 普段から運動をしていないのですぐに息が切れてしまった。苦しい、もう限界だ。

 後ろを振り返って広野さんが追いかけて来てないか確認する、思った通り姿は見当たらない。広野さんは追いかけてくるような人じゃない、面倒くさがりな人なのだ、追いかけてくるはずがない、きっと今頃は何事もなかったかのように過ごしているに違いない。

 そう考えると何故だか無性に悲しかった。再び涙が溢れそうになる。

 もう我慢の限界だ、雨で顔がぬれているのだから泣いたって分からないだろう。力を抜くと静かに涙は零れた、頬に伝う涙は暖かかった。

 

 「うう・・・」


 本当は出ていきたくなんてなかった、いつしか私は広野さんを家族のように思っていたのだ。

 でも、それは私だけの勘違いできっと広野さんはそうは思ってはいないだろう。

 

 「何を、期待しているんだろう」


 いつか別れが来ることなんて分かっていたことなのに、迷惑だっただけなのに、それを私は知らないふりをしていた。広野さんの優しさに甘えていただけだ。


 「馬鹿だなぁ、私」


 雨はやみそうにない、このままずっと降り続いていても構わない。晴れたら水たまりが乾くように私も消えてしまいたい。


 「これから、どうしようかな・・・」


 あの日と同じ雨の日に同じ言葉をつぶやいて私は立ち尽くした。



 「瑠璃?」


 ぼんやりとしていたら聞き覚えのある声が耳に入った。振り返るとそこには懐かしい人物が目の前にいた。


 「瑠璃、なのね?」

 「お母さん・・・」


 水色の傘を差して母は赤い目で私を見る、見つかってしまった、咄嗟に私は走りだそうとした。しかし、腕を母に掴まれてしまった。


 「離してよ!」

 「だめ、離さないわ、お願い、家に戻ってきて」

 「いやだ!」

 「瑠璃!ちゃんと話し合いましょう」

 

 

 話し合い?今更何を話すのだろう、話し合うことなんて何もない。母なんて大嫌いだ。

 それでも、母の疲れた顔を見ると胸が痛んだ。どれだけ嫌っても親は親なのだと理解した。


 「うん・・・」


 短く答えると母は掴んでいた腕を離した。


 「さあ、とりあえず・・・家に帰りましょう」

 

 母と一緒に傘に入ると懐かしい家の匂いがした。その匂いを嗅いだ瞬間頭が痛む、気持ちが悪い。


 「うっ・・・」

 「どうしたの?」


 吐き気がする、灰色の地面がゆらゆらと揺れているように見える。母の声がものすごく遠くから聞こえるように感じる。


 「瑠璃!」


 聞きなれた、母の声ではない声が聞こえた。


  


 


 

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