家出少女と変人さんの大掃除
今年ももうあと数日で終わる、この季節は何かと忙しい毎日のはずだけど相変わらず広野さんはのんびりとしている。広野さんは仕事部屋で今度執筆する小説のアイデアを考えている。
「あー・・・息抜きしたい」
そう言いながら炬燵の電源を入れながら言った。
私はふと部屋の隅っこに目を向けた。そこはほこりが積もっていてうっすらと白くなっている、そういえば年越しに欠かせない大掃除をしていないことに気が付いた。ちょうど広野さんの息抜きにもいいかもしれない。
「広野さん、息抜きで家の大掃除をしませんか?」
「えっ、嫌だよ、息抜きしたいのにどうしてわざわざ疲れることをやらなきゃいけないんだ」
広野さんは潔癖症が入っているのに変なところで大雑把なのだ。この間久しぶりに本を読もうと思って広野さんの部屋に入ってみると本は棚にしまってなくて、原稿用紙は床に散らばっていてとにかく足の踏み場もなかった。私は初めて足の踏み場もない部屋というのを見た気がする。
「じゃあ、リビングは私がします。だから広野さんは自分の仕事部屋だけ片づけてください」
「えー・・・いいよ俺はあのままでも」
「だめですよ!掃除しないと年が越せません、それにほこりだらけの部屋にいたら病気になりますよ」
「病気・・・」
ぴくりと広野さんの眉が上がった。
「よし、やろう」
広野さんが重たい腰を上げて仕事部屋へと歩いて行った。私は広野さんに市の指定ゴミ袋を手渡した。
「こんな大きい袋いらない」
「いりますよ、あなたの部屋どれだけゴミだらけと思ってるんですか」
「分かったよ」
私はリビングに戻りまずは掃除機を取出し床のほこりをすべて吸い込む、その後は雑巾で水拭きをした。
「にゃ」
「あっトラ、そこ滑っちゃうよ」
私の忠告もむなしく駆け足でこちらに向かっていたトラは足を滑らせ勢いよくこけてしまった。
「みゃ!」
驚いたのかトラは台所のほうに同じく走って行ってしまった。
「掃除機貸して」
「はい、そこにあるので」
掃除機を運ぶ時に広野さんはぽつりとこう言った。
「掃除機の音嫌いなんだよね」
「まあ、そうですね」
確かに聞いていていい音ではない、うるさいし人の声は聞こえなくなるし。
一時期私の家ではよく掃除機を母がかけていた。正直私は母と話すのが嫌だったし、話さなくても重たい沈黙が流れるのが何よりも嫌だった。
掃除機の音は母が私を拒絶しているような音に聞こえた、私も母を拒絶するためになるべく部屋から出ないようにしていたものだ。
「どうした?」
「えっ・・・」
「何だかぼんやりしていたみたいだけど」
「・・・別に何でもないですよ」
「そう」
私は昔のことを思い出さないよう広野さんがかけている掃除機の音を意識しないようにしていた。
「ちょっと見てよ、結構きれいになったんだ」
「本当ですか?見に行きますよ」
「どうぞどうぞ」
仕事部屋は確かにきれいになっている、だけど広野さんは物を部屋の隅に置いているだけで片づけてはいない。何だかすっきりしない。
「広野さん、ひとつ言ってもいいですか?」
「何だい?」
「物を整頓して部屋の隅に寄せただけですよね?」
「でも、きれいにはなったでしょ?」
「うーん・・・まあ、足の踏み場は確保されましたね」
「でしょう?」
得意げに言う広野さんに少し呆れつつ片づけのアドバイスをした。
「いいですか?物はちゃんと収納しましょう」
「・・・収納?」
「そうです、立派なクローゼットがあるじゃないですか」
「そうだね、じゃあそこに全部入れよう」
そう言って広野さんは床に置いている物を全部押し入れに入れた、いや押し込んだといったほうがいいかもしれない。
「リビングはきれいだな、ほこりがなくなってる」
「気づいてたんなら掃除してください」
「いやだよ、面倒だし」
「でも、息抜きにはなったでしょう?」
「まあね」
これで一年間の汚れは落とした。あとは年明けを待つだけだ。