家出少女と野良猫
今年一番の寒さの中、私はマンションの近くの公園へと向かっていた。
手に持っているのはフリース素材の毛布と猫缶。なぜ私がこんなものを持って公園へ向かっているのか、それは数日前にさかのぼる。
私は公園のベンチでウメさんを待っていた。その日は冬なのにとても暖かかったので私はついついうたた寝をしてしまっていた。
その時足元にくすぐったい感触を感じた。
気になってふと目を開けて下を見ると、私の足にすり寄っている子猫がいた。
「ね、猫ちゃんだ!」
「にゃーう」
まだ生まれて日が経っていないのだろう、目がまだ半分も開いておらず歩きかたも覚束ない。
そんな中でも一生懸命前に進もうとしている子猫に私は心を奪われた。
「・・・瑠璃ちゃん、その子猫はどうしたの?」
子猫とじゃれていて気付かなかったがいつの間にかウメさんが公園に着いていた。ウメさんに事情を話すと親身になって相談に乗ってくれた。
「うーん、私のところで飼ってあげたいのだけどねぇ・・・私、猫アレルギーなのよ」
「そうなんですか・・・」
猫アレルギーのウメさんに近づかないように私達は遠くから話し合いをしていた。私の腕の中の子猫はおとなしく私の腕の中に納まっている。
首輪をしていないので野良猫だろうと推測して、親も周りにいない。このままここにいたらこの子は死んでしまうかもしれない、心臓が止まりぬくもりは消えていく・・・。考えただけでも恐ろしい。
「相談してみます!」
公園を出てマンションへと全力疾走で向かう。広野さんははたして猫を飼うことを許してくれるだろうか、なんだかんだ言って優しい広野さんのことだきっと許してくれるに違いない。そう思っていたのだが。
「広野さーん!」
ドアを開けるなり大声を上げた私を眠たそうな目で見た。どうやら寝起きらしい、もう世間の一般の社会人はお昼ご飯の時間だ。
「何だよ・・・そんな大声出して」
「お願いがあるんです!」
「お願い?なんだか嫌な予感がする」
「子猫を飼ってもいいですか!」
広野さんに子猫を見せた途端、広野さんの顔がこわばった。
「猫、無理」
「まさか、広野さんも猫アレルギーなんですか?」
「違う、ただ単に猫が嫌いなだけだ」
私から約2メートルほど距離を置いて広野さんは言った。そこまで猫が嫌いだっただなんて、でも猫を広野さんに近づけなければいいんだ、そう思ってそのことを広野さんに言った。
「猫と同じ空間にいるのが無理、同じ空気を吸いたくない」
「そんな・・・この子はどうするんですか!」
「もといたところに戻しなさい」
「この子の親も見当たらないんですよ・・・」
「一人でも生きて行けるさ、この子なら」
私はこの家に居候をさせてもらっている身だ、それはよく理解しているし広野さんに迷惑をかけたくもない。だけどこの寒さの中生まれたての子猫を置いておくのは心が痛む。何かいい方法はないのだろうか。
「・・・わかりました、ありがとうございます」
唇をきつく噛み締めて外に出た。外は温かいと言えど風が吹くと肌寒い。
公園に着くと廃棄場所にあった段ボール箱をもらって体が冷えないように持っていたハンカチを下に敷いた。
「ごめんね・・・」
無力だ、そう痛感した。
私には広野さんを押し切って子猫を飼う度胸も何もない、無力な人間。
誰かいい人にもらわれることを願う。
「また、明日来るからね」
帰り際、すがるように泣き続ける子猫の泣き声を振り払うようにして私は公園を後にした。
これがこの間の出来事、そして今日は雪がちらつくほどの寒さだ。
「あっいた!」
昨日と同じ場所の段ボール箱に丸まって寝ている子猫を見つけた。抱きかかえるとかなり冷えていることが分かった。
「うにゃ・・・」
弱り果てたような泣き声に胸が痛んだ。
「ごめんね・・・今温めてあげるからね」
「本当だ、だいぶ弱ってるね」
後ろから聞きなれた声が聞こえた、振り向くとやはり広野さんが立っていた。
「広野、さん」
「早く暖かい場所に連れて行った方がいいね・・・」
そう言ってすたすたと早歩きで歩いていく広野さんの背中を状況が分からず見つめていると振り返ってこう言った。
「早くしなよ、寒いんだからさ」
「はっはい!」
毛布でくるんだ子猫を落とさないように大事に抱きかかえながら広野さんのもとまで走ると、気になることを尋ねた。
「あの、この子を飼っていいんですか・・・」
「・・・迷ったけど、いいよ」
その一言を聞いて私は曇っていた心が一気に晴れていくのを感じた。
「でもどうして許してくれたんですか?」
「だって、君がこの間泣きそうな顔だったから言い過ぎたかなと反省して・・・」
「そうだったんですか?ありがとうございます!」
「あっでも猫が嫌いなのに変わりはないからあまり近づけないでね、あと触った後は必ず手を洗ってね、あと排泄物も触りたくないし・・・」
「わかりました!全部私が世話します!」
念仏のように言い出した広野さんを止めて自分の意思を伝えた。
そうして広野さんの家に新しい居候がやってきた。