家出少女と変人さんとお鍋 2
これでお鍋のお話は終わりです。
広野さんが買い物に出かけてから1時間が経過した。戻ってくる気配はない。
まさか、広野さんが辛い物が好きだとは知らなかった。甘党だったのでてっきり辛いものは苦手なんだと思っていた。
本当に嫌だ、辛いのは苦手だ。あの口に入れた瞬間の辛さがどうも好きになれないのだ、口の中も喉も食べた瞬間拒否反応が出る、口の中は痛くなるし喉は焼けつくような感じがする。あんなもの人間が食べるものなんかじゃあない。
「ただいま」
「・・・お帰りなさい」
買い物から帰ってきた広野さんの手に提げられているレジ袋には赤いパッケージの黒字で「キムチ鍋の素」と書かれた字がレジ袋越しにうっすらと見えた。
「キムチ鍋ですか、やっぱり」
「うん、だから心配しなくても君が食べられるような鍋にするから」
自信満々にそういう広野さんを微妙に信用した様なしてない様な・・・。
広野さんは手際よくまな板と包丁を取りだして野菜を切り始めた。
白菜、えのき、豆腐、豚肉、白ネギをレジ袋から取り出した。
「・・・あんまりじろじろ見ないでくれない?」
「いや、珍しい光景ですから」
「失敬だな、見なくていいからテーブルに鍋だしといてよ」
「はーい」
いっそのことこの鍋を壊してしまおうか、そんな考えが頭に浮かんだ。そうすればキムチ鍋を食べなくて済むんだ。でも、今日は広野さんを信用してみようかなと思いとどまることができた。
私は鍋にキムチ鍋のもとを入れた。真っ赤な液体が鍋に注がれる、キムチ鍋の独特のにおいが鼻についた。
「うう・・・辛いよう・・・」
「まだ食べてないでしょ」
「匂いが辛いんです」
「どういうことだよ」
切った野菜と豚肉をテーブルに持ってきた広野さんが呆れ顔で言った。
「よし、作るか」
やる気を感じさせない顔で言った。本当に大丈夫なのだろうか、もしかしたら私の今日の晩御飯は白米だけかもしれないなと思った。
広野さんは沸騰した鍋に野菜、その後に豚肉と手順通りに鍋に入れて行った。
「ここで隠し味~」
そう言って広野さんが持ってきたのは味噌だった。
「味噌、ですか?」
「味噌を入れたら味がまろやかになって辛さが和らぐんだ」
「そうだったんですか・・・」
味噌を入れると確かに出汁の色が少し柔らかい赤色になったような気がする。匂いもツンとした匂いではなく美味しそうな匂いがする。
「おいしそうでしょ?」
「はっはい!」
にやりと得意げに笑う広野さんに同意した。これは私でも食べれそうだなと思った。
「さあ、召し上がれ」
「い、いただきます」
広野さんにつがれた具はどれも赤色に染まっており、やはりからそうな匂いがした、さっき思ったことはまやかしだったのか。不安に思ったが勇気を出して白菜を口に運んだ。
「あれ、おいしい」
「ふふん、俺にかかればこんなもんだよ」
声だけは得意げに言った。
はっきり言って思っていたより辛くなかった、むしろ辛さが癖になる味だ。白米とよく合う、ご飯が進む。
私のそんな様子を見て広野さんは嬉しそうに笑った。
「ねっ、食わず嫌いは損でしょう?」
「はい」
「美味しい?」
「美味しいです」
「〆にこれも入れようか」
取り出してきたのは冷凍のうどんだった。
「鍋の〆にはうどんでしょ」
「えっ雑炊でしょ?」
「・・・うどん」
「・・・雑炊」
結局広野さんが一玉うどんを食べた後、私がお米を入れて雑炊をして事なきを得た。