家出少女と変人さんとお鍋 1
テレビをいつものように炬燵に入りながらぼんやり見ていると最近そういえばシチューや鍋のCMが増えたなと思った。
「お鍋食べたいなー」
でも、私は一度も鍋を作ったことがなかった。手伝いぐらいならあるけれど意外と大変そうだったのは覚えている。しかし、食べたいものは食べたいのだ、私は広野さんに手伝いを頼んでみることにした。
「広野さん、広野さん!今日、お鍋作りませんか?」
「えっ、鍋作るの?」
広野さんは何故か不思議そうな顔で私を見た。何か変なこと言っただろうか。
「鍋なんて作らなくても家にあるからいいよ」
「えっと、私が言っているのはちゃんこ鍋とかのほうなんですけど・・・」
「あー、なるほど、そっちか」
普通に考えたら家で鍋を一から作るひとなんていないだろう。いや、陶芸が趣味の人ならあり得るのかもしれないけれど、生憎私にそんな趣味はなかった。
「今日の晩御飯はお鍋にしようと思います!」
「ふーん」
「なので、広野さんも手伝ってください」
「えっ嫌だ」
即答された。
「手伝ってくださいよ、一人じゃ作れません」
「面倒くさい・・・」
「この間、私は炬燵だすのを手伝いましたよね?」
「・・・分かった、手伝うよ」
「ありがとうございます!じゃあ、広野さんは買い物してきてくれませんか?メモを書くんで」
「はいはい」
まずは冷蔵庫の中を見て鍋の具材があるかどうかを確認する。案の定、冷蔵庫にはネギしか鍋の具になりそうなものはなかった。
「具材は、えっと」
豆腐に豚肉、えのきに白菜、人参、〆にはうどんもいいかもしれない。想像するだけで早くもおなかが空いてきた。
「広野さん、これメモです」
「はいよ、で、何鍋にするの?」
「あっ・・・」
「もしかして、考えてなかったの?」
「はい」
すっかり頭から抜けていた、何鍋にするかを、一番重要なことだったのに。
「広野さんは何がいいんですか?」
「俺は、キムチ鍋がいいかな」
「意外ですね、甘党なのに」
「甘党でも辛いのが好きな人もいるでしょ」
「ちなみに私はちゃんこ鍋がいいです」
「辛いの苦手?」
「そうなんですよね」
実は私は辛い物があまり好きではなかった。あの喉の痛みが我慢できなくてついつい水ばかり飲んでしまって鍋を楽しむことなんてできないのだ、だから私はキムチ鍋は食べられない。
「・・・なるほどね、辛いの苦手でも食べられるようにすればいいんだ」
「あの、私本当に辛いのダメなんで・・・」
「今日は俺が作る」
「ええ!何の鍋を作るつもりで・・・」
広野さんはいつもの気だるげな顔に得意げな表情を浮かべて言った。
「もちろん、キムチ鍋」
「人の話聞いてましたか?」
「まあまあ、安心して待っててよ」
「無理です!本当に無理なんですって!」
私は命乞いをする罪人のように広野さんにしがみついて懇願した。
「大丈夫、人間に不可能なんてないさ」
「・・・・」
謎の格言を残して広野さんは買い物へ行ってしまった。
「終わった・・・」
楽しみだったはずの鍋が一気に不安でしかなくなってきた。
もう一話続きます。