変人さんはかく語りき
ある日唐突に変人さんがこんなことを言った。
「人生って一体なんなんだろうか・・・」
やけに思案顔で虚空を見つめながら顎に手を当てて言ったのだった。私は今までに見たことのないような真剣な顔で言っていたので少し心配した。熱でもあるのだろうか。
私の心配をよそに広野さんは語り続けた。
「生きてる意味ってなんだ?」
「広野さん?どうしたんですか?」
「そもそも人間とはなんなんだ?」
「・・・大丈夫ですか?」
広野さんの耳には私の声が届いていないことが分かった。声が聞こえないほど考える様な重大なことなのだろうか。広野さんはまだ何事かをつぶやいていた。
「愛って、なんだ?」
もう私の思考ではついていけないほどの次元まで広野さんは行ってしまっていた。
「ねえ」
「はい?」
しばらく自分が話しかけられていることに気が付かなかった。
「人間ってなんなんだろうね」
「・・・また、どうしてそんな難しい話題を私に振るんですか?」
「いや、俺だけじゃ分からないから参考に聞いてみた」
「なるほど、私にもよくわかりませんね」
正直に言うと広野さんはあからさまに残念そうな顔をして私を見た。そんな顔されたってわからない者は分からないのだ。大体普通の人はそんな小難しいことを考えながら生きてはいないだろう、そんなことを考えていたら人生なんて楽しめないだろう。
「あのですね、普通の人はそんな小難しいことを考えながら生きていませんよ。だからそんなことを聞かれたらみんな困りますよ」
「そうなのか・・・」
「どうしてそんなことを考え出したんですか?」
「実は、小説の主人公の人物像がどうもつかめなくて・・・」
なるほど、小説を書くことは本当に難しいことなんだなと思った。改めて広野さんを尊敬せざるを得ない。
それからしばらく広野さんは仕事部屋に引きこもった。一度は部屋に行ってみたが話しかけられそうになかった、広野さんから何とも言えない禍々しいオーラが出ていた。
ご飯を食べる時もぼんやりとしていて目を離すと箸を持ったまま何かを考えているようだった、時々箸を落とす時もあった。そして食べ終わるとおぼつかない足取りで仕事部屋へと戻って行くという日々が数日間続いた。
「ようやく一段落ついた」
目の下に黒いくまを作った広野さんが言った。
「お、お疲れ様です・・・」
「寝る、お休み」
「はい、おやすみなさい」
仕事部屋に戻って寝るのかと思ったらそのまま床に倒れこむように眠ってしまった。
「え、ええ・・・」
数分もたたないうちに寝息を立て始めた、こんなところで寝たら風邪をひいてしまう、そう思って起こそうとしたけれど全く起きる気配は感じられなかった。仕方ないのでこのまま寝かしておこう。
そのまま広野さんは朝から夜まで眠り続けた。
「おはよう」
「おはようって・・・もうお休みの時間ですよ」
「寝たらすっきりした」
「・・・人の話聞いてますか?」
「聞いてるよ」
誰が見ても嘘だと分かるようなぼんやりした顔でよく言えたものだ。
「まあ、ゆっくり考えたらいいじゃないですか」
「・・・そうだね」
久しぶりにちゃんとした広野さんの顔を見た気がした。