変人さんと花火大会
新聞のチラシに花火大会のお知らせが入っていた。チラシに所狭しと花火が沢山写っており見ているだけでわくわくした。
「花火大会かぁ・・・」
この花火大会には私も何度か見に行ったことがある。ここらあたりで一番大きな花火大会らしい。
ぼんやりと花火を見たときの記憶を思い出す。夜空に沢山の花火が打ちあがって、儚く、溶け込むように消えていく花火を思い出していた。
「何見てるの?」
「あ、広野さん、これ見てくださいよ」
広野さんに花火大会のチラシを渡す。
「花火大会か、もうそんな時期なんだね」
「はい、早いですよねー」
「・・・行きたい?」
「へっ?」
「花火、見たい?」
「はい」
「ふーん・・・」
そう言うと広野さんはチラシを置いてどこかに行ってしまった。何なんだろう、変なの。変なのはもとからだけど。
すると、広野さんがまた戻ってきた。少し得意げな顔をして。
「どうしたんですか?」
「ベランダから花火見えるよ」
「本当ですか!」
「本当、去年さ見えたんだ、少し遠いけど」
「やったー!」
花火を見れるごときでこんなにも舞い上がってしまう自分が子供っぽくて恥ずかしい。
「夜が待ち遠しいですね」
「そうだね」
夜の8時から打ちあがるらしい、その日の夕方まで私は時計を見ながらそわそわしていた。
「もう打ちあがりますかね?」
「んー、もうそろそろかな?」
「広野さんも見に行きましょうよー」
「嫌だ」
「へ?」
予想外の返答に驚いた。私はてっきり広野さんも花火が好きなのだと思っていたからだ。
「なんでですか?」
「暑いじゃん、蚊に刺されるじゃん」
「いいじゃないですか、見ましょうよ」
「いいよ、俺は中から見るから」
「そんな・・・」
「中から見ても十分きれいだし」
こう言われてはこの人はベランダでは見ないだろう。仕方がないから一人でベランダに出た。生温かい夜風が頬をなでた。しかし、嫌な暑さではない。梅雨のようなじっとりしたものではなくさわやかな暑さだった。
ちらりと部屋の中を見る、広野さんは目の前のテレビをけだるげに見ていた。花火に興味がないのだろうか。
花火が大きな音を上げながら打ちあがった。
「うわあ・・・綺麗・・・」
子供の声が聞こえたので、下を見ると子供が同じくベランダから見ているのに気が付いた。どうやら、隣の隣の人らしい。
どれくらい経っただろうか、しばらく眺めていたが少し寂しく感じた。花火を一人で見るのはなんだか寂しかった。
広野さん、ちゃんと見てるかな。後ろをちらりと振り返ると窓越しに広野さんがいて思わず叫んでしまった。
「なんで叫ぶの?」
「いや、背後にいたからですよ!普通、驚きますよ!」
広野さんは窓を開けて私の隣に立った。
「・・・外に出ないんじゃなかったんですか?」
ちょっと意地悪を言ってみたが、広野さんはどこ吹く風と言ったように気にしなかった。
「涼しくなってきたし、虫よけスプレーも掛けてきたから大丈夫」
「そうですか」
「うん、でも、暑い・・・」
「エアコンのきいた部屋にいたからですよ、暑くないですよ、そんなには」
「いや、もう無理だわ、うちわ持ってくる」
暑いのに、なんだかんだで外で花火見るんだなとおかしく思った。言わないけれど。
花火を見終わり、部屋の中に入るとなんだかやけに体がかゆいなと思ってみてみると、沢山虫に刺されていることが分かった。
「かーゆーいーです!」
「・・・虫よけスプレーは偉大だね」
「なんで貸してくれなかったんですか!」
虫さされ用の薬を足に塗りながら広野さんに抗議した。
「忘れてた」
「ううっ、かゆい」
広野さんは蚊になど刺されていないようで、このかゆさを分けてやりたいと思った。