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変人さんの誕生日 3

誕生日篇、終わりです。

 オムライスの下準備は完璧にできた。味付けも自分なりに満足できた。

 後はケーキを作るだけだった、ケーキの材料はもちろん家にはないので買い出しに行かなければならない。外に出ることを考えるとやはり憂鬱だった。

 忘れかけてはいたが私は家出をしてきた身だ、同級生や考えたくはないが家族などにもし会ってしまったら連れ戻されるに違いない。それはどうしても嫌だった。

 私には家出をしてきた理由はちゃんとある。しかしそれをまだ広野さんには言えずにいた、思い出すだけでも吐き気がするのだ。口にするのは耐えられない。


 「でも、行かなきゃケーキが作れない」


 そう考えてやはり外に出ることを決心して今に至るのだった。そして今、私は玄関の前にいる、ドアを開けると太陽の光が私を照りつけた。意を決して外に出てみる。

 久しぶりに昼間に外に出てきた。今までは夜に、知り合いがいなさそうな時間を見計らって外出していたのだ、青空を眺めるのは実に何日ぶりなのだろうか。

 警戒心と不安を抱えながら道を歩く、家の近所のスーパーに向かっていた。すると、近くから聞き覚えのある声がした気がした。恐る恐る顔を声のほうに向ける、その顔を見た瞬間私の頭は真っ白に染まってしまった。

 同級生だった、それも一番会いたくない同級生たちだった。

 嫌な汗が背中に流れる。逃げなきゃ、そう思うのに私の体は思うように動いてくれない。気付かれないうちにと思い全力でスーパーまで走って行った。

 同級生たちの横を通ったけれど気づいた様子はなくそのまま彼女たちは歩いて行った。


 「よかった・・・」


 ほっと安堵の溜息を吐く。もしかしたら相手は私のことなど忘れているかもしれないのに、余計な心配だったのかもしれない。


 「あんた、大丈夫かい?」

 「えっ?」


 買い物かごを持った初老の女性が私を心配そうに見て尋ねてきた。最初、意味が分からなくて戸惑ったがよくよく考えてみれば当然だった。私は必死にこのスーパーまで駆け込んできたのだ、周りの人から見たら誰かに追われているように見えたかもしれない。心配そうな顔をする女性に私は安心させるため笑顔を作った。


 「大丈夫ですよ、ちょっと走ってみたくなっただけですよ」

 「そう?ならいいけど・・・最近は物騒だから気をつけなさいね」

 「はい、ありがとうございます」


 心配させてしまって申し訳なく思った。考えてみれば今日は休日の昼間、同級生たちがいてもおかしくはなかった。


 「はぁ・・・」


 気を取り直して買い物をする。スーパーの客はほとんどが子連れの主婦やおばあさんなどだった。

 お菓子売り場では小学生が何人かでお菓子を吟味している様子も見れた。

 

 お菓子作りの売り場で考える。とりあえずスポンジは失敗したらいけないので既製品のものにすることにした。そして生クリームといちごをかごの中にいれた。


 「これだけでよかったっけ?」


 かごの中身を見ながら確認する。たぶんこれで全部買ったと思う、今私はものすごく家に帰りたい気分だった。

 会計を済ませスーパーを出る。周りを確認して先ほどの同級生たちがいないことを確認して家へと帰宅した。


 「はぁあああ・・・・つかれた」


 家に帰ると玄関に腰かけた。思わぬ出来事に体よりも精神的に疲れてしまった。


 「よし、さっそく作ろう!」


 気を取り直して明るく言ってみた。まず生クリームを泡立てる、これがなかなかに曲者だった。まず回すのに力がいる。私は最初は勢いよく混ぜていたが、だんだんと疲れてきてスピードが落ちてきた。


 「腱鞘炎になる・・・・」


 そう言いながらも何とか泡立てることができた。そのあとはもう飾り付けだけだったので、楽しみながらできた。自分でも会心の出来だった。


 「広野さん、喜んでくれるかな?」


 あんまり喜ぶところは想像できなかったけれども感謝の気持ちが伝わればそれでよかった。


 時計をちらりと見やる。時刻はもう8時を過ぎたところであった。


 「遅いなー」


 広野さんはなかなか帰ってこなかった、仕事だから仕方がないけれど待ちくたびれてしまった。

 テーブルの上には冷めてしまったオムライス、それに小さなケーキが置いてある。


 「まだかなー・・・」


 眠たくなってきていたときドアが開く音がした。振り向くと広野さんが帰ってきていた。


 「ただいま」

 「おかえりなさい・・・」

 「何?このケーキは?」


 心底不思議そうに尋ねられた、この人まさか誕生日を忘れているのでは。


 「広野さん、誕生日おめでとうございます!」

 「・・・誕生日?ああ、そう言えばそうだったな」


 他人事のようにそう言った。


 「ひょっとして忘れてましたか?」

 「大人になったらそんなもんだよ」

 「このケーキ、スポンジ以外は私が作ったんですよ」

 「スポンジ以外って・・・それほとんど飾り付けだけでしょ」

 「いいじゃないですか、さあ、食べましょう!」


 広野さんがオムライスを食べて初めに言った一言は「冷めてる」だった。


 「もっと感想はないんですか?」

 「・・・おいしい」


 それを聞いて私は満足した。ケーキも美味しく作れたしよかった。

 それに食べ終わった後、広野さんが本当に小さな声で「ありがとう」と言ってくれたことが何よりもうれしかった。


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