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。――2年後-11-






「はは…と、そろそろ私は戻らねば。ルキ殿は如何されますか?」


「私も戻ろうと思います。でもその前に少しあの花を見ていこうかしら…。」


ウルキは振り返って庭の大きな木に目を向けた。小さな花を幾つも咲かせているのに、その幹はとても太く力強い。見れば見るほど立派で魅了される。


「ああ、気に入って頂けたのですね?あれは桜という花です。今、この時期にしか咲かないのですが…見事でしょう?私も好きな花です。」


「桜…素敵ですね。」


ヒラヒラと舞う花弁を手のひらに乗せてウルキは微笑んだ。暫し桜を見たあと、アイサクがウルキを部屋まで送ることになった。



「では行きましょうか。」


「はい、ありがとうございます―――――。」


ウルキがお礼を言う途中で、ある異変に気づく。アイサクの背後にある建物、距離は少しあるのだが、その屋根の上に見覚えのある黒いものが見えたのだ。


「?どうしま…!?」


アイサクがウルキの視線の先にあるものを見ようとした時だった。何かの気配を感じてアイサクがウルキを庇うように立ちはだかる。すると遠くから何かが飛んできてアイサクは剣を素早く手に取り、鞘に入ったままで飛んできたものを叩き落とした。地面に落ちたそれは、細く尖った鉄の針のようなものだった。


「誰だ!?」


アイサクの声に反応はない。屋根にいた黒いものも姿を消していた。しかし、ウルキは胸騒ぎがして自分の鼓動が速くなるのを感じた。


「一体…何が?」


「ルキ殿、怪我はありませんか!?」


「は、はいっ。私は大丈夫です!」


ウルキはキュッと胸の辺りを掴んでアイサクと反対の方向を見つめた。背中合わせになりながら、二人は周りを注視して様子を窺う。



気配は余り感じられない。もう攻撃はされないのだろうか?


その時、突如として二人を突風が襲う。ブオオオッとけたたましい音を立てながら吹き抜ける風に、思わず目を瞑った。―――刹那、ウルキの耳に聞き覚えのある声が近くから聞こえた。


「あはっ♪スゴい風だね。」


バッと声のした方に振り向くと、そこにはニッコリと笑う見知った顔があった。



「――――リリ…!?」


ウルキが名前を呼んだ瞬間、素早い動きでリリはウルキの首の付け根に衝撃を与える。するとウルキは気を失ってカクンッと膝から倒れ込んだ。それをリリが受け止めて、小さな声で呟く。


「ごめんね、ウルちゃん。」


「――――ルキ殿!?」


背後の異変に気づいたアイサクが振り返ろうとしたのだが、リリに気を取られてもう一人居たことを認識するのが遅れてしまった。いつの間にかすぐ側に来ていた大柄な男に、ウルキと同様に意識を奪われる。


「っくそ…!!」


ウルキに手を伸ばすことも叶わず、アイサクは地面に倒れた。







「おおーい!!誰かいるのか!?」


「なんだ!?この風!!」


庭の様子がおかしいことに気がついた兵士がバタバタと走って来た。物凄い勢いで吹く風に戸惑い、顔を塞ぐように腕を前に出して様子を窺う。しかし視界が悪く状況が見えない。暫くすると徐々に風は弱くなり、荒らされたような酷い惨状の庭が姿を現した。



―――そこに人間の姿は唯の一人もいなかった。









その少し前、ラクトは屋敷の兵士達と手合わせとして闘わせられていた。体術を見るだけのはずだったが、ガイエンが兵士を集めてラクト等を紹介したあと、同じくらいの年齢の少年と闘うよう指示されたのだ。いきなりのことで戸惑ったが、ここで断ってガイエンの機嫌を損ねると外交に支障を来す可能性があるので、仕方なくラクトは承諾したのだった。


相手に選ばれた坊主頭の少年はラクトより背が大きくスラリとしている。しかし筋肉の一つ一つが引き締まっていて、よく訓練しているのだと一目で分かった。



「では、始め!!」


ガイエンの合図で坊主の速攻が始まる。いきなり頭を目掛けて蹴りを繰り出す彼にラクトは一瞬ヒヤッとしたが、ギリギリで躱して次の攻撃を見定めた。突き、蹴り、突き、突きと相手は容赦なく仕掛けてくる。だがラクトは全てを受け流して隙を探っていた。


「は、はえぇ…。なんだ、あの攻撃は!」


ラクトと一緒に連れて来られた他の兵士がつい驚愕の声を上げた。息をつく隙もない速さ、しかし攻撃は一向に止む気配はない。ラクトでも反撃は難しい…と思われた時だった。


「ふぐっ!?」


突如坊主から苦悶の声が漏れる。


遂にラクトの反撃が始まった。突きをしてきた彼の腕を掴み、流れのままに更に加速させて懐に飛び込む。そして下から掌を突き上げて顎に一発打ち込んだ。衝撃が脳にまで響いた坊主の少年は直ぐに体勢を整えられず、ラクトは胸ぐらを掴んで彼を一気に床に叩き付けた。


バターンッと倒された坊主は、キョトンとした様子で天上を見る。まるで何が起こったのか分かっていない彼に、ラクトは手を放してペコリと御辞儀をした。



「う、うおおっ!?」


手合わせを見守っていた誰もが驚く。あれだけ攻撃されていたのに、ラクトは一瞬で決着をつけてしまったのだ。しかも無傷で。



「そこまでだ!!…ふははははは!!」


ガイエンはドスドスと大きな身体を揺らしながらラクトの元にやって来て、大声で笑いながら肩をがっちり掴んだ。


「やるな、小僧!!思った以上だ!!これは愉快、だはははは!!」


その迫力にラクトは思わず顔が引き攣った。少年と闘ったときは終始表情を変えなかったのに、今は緊張でガチガチしているように見える。強いと思ったのに今は弱そうに見える、このギャップは何なのだろうとその場にいた人間は首を傾げた。



「なんとも不思議な男だな、一体どういう育て方をしたのだ!?シャーロット殿!!」


ガイエンの言葉に皆の視線が一気に動く。いつの間にかシャーロットが訓練場の入口に立ち、腕を組んで様子を窺っていた。名前を呼ばれて彼女はガイエンやラクトの方へ歩み寄る。



「これの性格が変わっているんですよ。私はひたすら戦い方を叩き込んだ、それだけです。」


「ほほう、興味深いな。小僧、我らの体術を初めて見たにしては動きが良すぎた気がしたのだが…何処かでジルトの兵士と闘ったことがあるのか?」


確かにジルトの体術は独特で、速さ、身軽さ、急所を狙う正確さ、そして流れるような猛攻。初めて相手にしたなら、誰もが驚き隙を見せるだろう。しかしラクトはずっと冷静に、全ての動きを読み、攻撃を躱した。何故ならこの体術を見たのが初めてでは無かったから。


この二年、毎日のように闘い、動きを熟知していたからだ。



「ええと…まあ…。」


「なんと!!それはどんな奴だ!?」


ギラギラした眼差しがラクトを射す。ミンチェのことを話さない方がいい、そんな気がするのだが、この迫力についつい負けてしまいそうになる。


「それより、なかなかやるでしょう?私の弟子は。」


「なんと!!そなたの弟子なのか!?成る程、弟子にして側近…ぶははは!!益々面白いな!!」


シャーロットの助け船にラクトほっと胸を撫で下ろす。


「良かったな、ラクト。気に入られたようで。」


「あ、あはは…。」


苦笑いするラクトだが、まだガイエンの視線が痛い。本当に興味を持たれたようだ。



「は…。シャーロットさん、う…ルキは?」


彼女の隣にいないウルキを探してラクトがキョロキョロすると、シャーロットは溜め息を吐きながら言った。


「あいつは部屋か、アイサク殿が仰っていた庭にいるだろう。」


「ひっ、一人で!?」


驚いて不安そうな顔をするラクトに、シャーロットは苦い表情でデコピンを食らわせた。


「過保護か!!ちょっとは離れてみろ、ウザイ!!」


容赦ない言葉の暴力にラクトはガーンッとショックで固まってしまう。その様子にガイエンは違った意味で驚いていた。



「小僧…さっきの闘いは実力か?マグレなのか?」


「ええ!?じ、実力…だと言いたいですが…ええと…。」


疑ってしまうほどラクトは弱そうに見えたらしい。それもまたラクトにはショックだった。


「…ちょっと頭を冷やして来ます。」



ラクトはふうと溜め息をつきながら隅っこに行き、壁に寄り掛かる。トルマディナから一緒に来た他の兵士が次の標的にされたらしい。シャーロットとガイエンに捕まり、無理矢理ラクトと同様に手合わせさせられている。


(はは…二人共大丈夫かな…。―――…ウルキは…。)



左腕に着けた腕輪を見つめて物思いにふける。母親の形見であるこの腕輪は生まれ育った村から持ってきて残っている数少ないものの一つだ。そして、とても大きな意味を持つ、大切なもの。


(はあ…ウザイ…ですよね。本当に自分が嫌になる。ウルキはウルキ、ちゃんと自分の立場も理解して、それでも強くなろうと頑張ってる…だからそれを応援しようって決めたじゃないか。)


少しの間でも離れると不安になる。彼女に何かあったら、自分の前から姿を消したら…。



『ミンチェ――――お願いね?』



船での言葉が頭の中で何度も繰り返される。


(お願いって何だ…――――ねえ、ウルキ。君は…何を覚悟しているの?)



バターンッ!!


「どうした!?あの小僧とは大違いだな!!」


「ギャーッ!!」



ふと我に返って顔を上げると、仲間がガイエンに苛められている真っ最中だった。どうやら手合わせだけの筈が、ガイエン自ら指導を始めてしまったらしい。シャーロットはケラケラと他人事のように笑っている。ラクトはハハッ、と小さく笑って助けに行こうと壁から身体を離した。



―――――その時だ。


ラクトは視界の縁に光を見た。形見の腕輪を凝視し、前身が震える。そして直ぐ様ラクトは駆け出して訓練場をあとにした。



「なっ!?おい、小僧!!何処に行く!?」


ガイエンの言葉すらラクトの耳には入らない。姿の見えなくなった彼に動揺する人々、そしてシャーロットがすっとガイエンの前に立ち、頭を下げた。


「失礼しました、ガイエン殿。彼はどうやら…用を足しに行ったようです。」


「――――はっ!?」


シャーロットの言ったことにガイエンも、その場にいた全員が耳を疑う。


「しょ、小便をしに行ったと?」


「はい、あれは変なところを我慢する癖がありまして。恐らく限界が来たんでしょう。スッキリしたら戻って来ますよ、部下が失礼しました。申し訳無い。」


ペコリと謝るシャーロットにぽかーんとした空気が漂う。と。


「ぶわっはっは!!本当に面白い男だ!!このガイエンに何も言わず立ち去るなど、ふふっ。よし、帰ってきたら厳しく指導してやろう!!」


そう言って笑い声を上げると、何事も無かったかのようにガイエンは他の兵士達を指導し始めた。



シャーロットはまたケラケラとその様子を眺める。が、心境はあまり面白くもなかった。ラクトの出ていった扉を睨み、心の中で舌打ちする。



(―――何をやっているんだ…あの馬鹿共!!)







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