。――2年後-9-
それから約二時間半にわたり話し合いが行われた。大方はジルトの現在の情勢、また王になったときに解決すべき問題点やその解決策。そしてサイジルからの支援方法と確約などだ。アイサクともう一人の側近、シャーロットとウルキが主に意見を述べている状況だった。たまにラクトやガイエンも武力的面で助言し、納得のいくまで話を詰めた。
「――――…では、サイジル国トルマディナ領主、サイジオール・セミール・ヴェルナンドの代理、アルキニス・ローズ・シャーロットとして、コウハ一族のアイサク様と共にジルトの発展に尽力することをここに誓います。」
「ああ、こちらも少しでもサイジルに貢献出来るよう努めさせて頂く。此度は真に有意義な時間を過ごさせて頂いた。改めて礼を申し上げる。ありがとう。」
シャーロットとアイサクの言葉で締めとなり、会談は無事終了した。
「明日発つのでしょう?どうかそれまでゆっくり精気を養っていって欲しい。我が国の食事が口に合うか分からないが、精一杯もてなしをさせて頂きたい。そうだ。屋敷の庭で今見頃な花があるのです、宜しければ案内させますよ?」
アイサクの提案にシャーロットは丁重に断りを入れる。
「感謝します。しかし花見は次の機会に。帰国の準備を進めなければなりませんので。…出来れば花見よりも貴殿の優秀な兵士たちの訓練する姿を、私の部下に見せてやっては頂けませんか?貴国独特の体術は部下にとってとてもいい刺激になると思うのです。」
「なるほど、宜しいですよ。ガイエン、彼らの案内を。」
アイサクの命令にニカッと笑みを浮かべて、ガイエンはラクトの肩をがっしりと掴む。
「おう、では行こうじゃないか!!小僧、お前の実力も見せてみろ!!ワシが直々に見てやる!!」
「え!?あ、えと…。」
ラクトは動揺してシャーロットとウルキに視線を向けると、シャーロットはびびっている他の兵士の背中を押しながら顎で行くように合図している。ウルキもいってらっしゃいと手を振っていた。
ラクト自身も強い人間と手合わせ出来るのは光栄だし、強くなるためにも見ておきたいと思った。ウルキのことが少し心配だったが、ガイエンについていくことに決めたのだった。
「よーし、行くぞ!!」
上機嫌のガイエンはラクトたちを引き連れて大声で笑いながら行ってしまった。
「ははは。彼はどうやらかなり気に入られたらしいな。あの気難しいガイエンが直々にとは。シャーロット殿は如何されますか?」
アイサクの問いにシャーロットは少し考えて答える。
「そうですね…一度部屋に戻って彼女と話をまとめます。そのあとガイエン様のご指導を拝見させて頂きますよ。」
ウルキの肩を叩きながらシャーロットはアイサクに頭を下げた。そして彼と別れて、部屋に戻ってウルキと話し合う。トルマディナに帰ってからどう報告するかをまとめて、ようやく一段落ついた。
「ふぅん…こんなとこか。じゃあ私はラクトたちがコテンパンにやられてる姿でも見に行くかな。」
背伸びをしてシャーロットは身仕度を始める。
「コテンパン…そんなことガイエン様も言ってなかったわよ?ただ見学してるんじゃない?」
「いいやー、あの手のオヤジは自分が納得するまでとことん他の人間を巻き込むタイプだぞ。」
「ちょっと、その言い方はやめなさいよ…ラクト大丈夫かしら?」
シャーロットの言葉を鵜呑みにするわけではないが、あの勇ましいガイエンの気迫を思い出すといささか不安が込み上げてくる。
「ははっ、なあに…他の奴等はついていくのがやっとだろうが、ラクトは毎日ミンチェと取っ組みあってたんだ。何かない限り心配するようなことは無いさ。ルキ、お前は行くか?」
シャーロットの誘いにウルキは少し考えて、首を横に振った。
「…ううん、気になるけれどやめとくわ。ラクトに何かあったら、思わず力を使っちゃうかもしれないし。」
冗談半分で笑うウルキに、シャーロットはため息混じりに笑みを溢す。
「んじゃ、行ってくる。お前はあまり彷徨くなよ…退屈ならアイサク殿の言っていた花でも見に行けばいい。」
「ええ、そうするわ。いってらっしゃい。」
そう言ってシャーロットを送り出して扉を閉めようとした、その時だ。
「…―――――リリには気を付けろ。」
閉じる瞬間に放たれたシャーロットの言葉に、ウルキは驚いて動けなくなった。ハッと我に返って扉を開けるが、彼女はすでに歩いて行ってしまい追いかけるには遠い。。
「…どういうこと?」
先程とは違う不安が残るものの、ウルキは扉を閉めて仕度を始めた。
明日の準備はもうすることがない。ラクトたちもいつ戻って来るか分からない。さて、どう時間を過ごそうか…。
「シャーロットの言う通り、花でも見に行こうかしら。」
部屋に置いてある鏡で自分の姿を確認したあと、ウルキは部屋をあとにした。柔らかな風が赤い髪を揺らす。旅の間だけだが、未だにこの姿はどうにも馴染めない。それでも、赤い髪は嫌いではなかった。
『うん、似合ってるよ!なんか…お揃いみたいだね。』
カツラを決めるときラクトが言ってくれた言葉が反芻する。ラクトよりも明るい色だが、赤錆色の彼と同じ赤の髪…そして伸ばしたことのない長さ。
魔人ではない…人間になれた気がして…。
顔に掛かる髪を指で遊ばせながらウルキはジルトの兵士に聞いてアイサクが言っていた庭を目指した。
「!…わあ、綺麗…。」
それは庭をピンク色に染めていた。太い根や幹から空へ大きく伸びる枝には、無数の小さな花が咲いている。風に吹かれる度にヒラヒラと花弁が宙を舞う様子はとても幻想的だ。整えられた石畳や灯籠、池には落ちた花によって淡い色付けがされていて、何だか上を歩くのを躊躇ってしまう。それだけ絵になる光景に、ウルキは感嘆の溜め息を漏らした。
「こんなに綺麗なものもあるのねえ…。」
しばらくウルキは立ち尽くしたまま、花弁が落ちる様子を静かに眺めていた。
そしてウルキはふと気づく。何処からか声が聞こえるのだ。
「…かった……よく………なあ…。」
遠くはないが、誰かが小さな声で喋っているようだ。ウルキはそっと音を立てないように静かに移動した。段々とハッキリ聞こえてくるこの声、どこかで聞いたことがある気がする。ほんのつい先程まで…?
「もう何であんなに迫力があるのか…いやガイエンだって恐いけど昔からの知り合いだし男だからだけど、女であの気迫ってないよなあ。よくあの人についていけるよ…はああ…。」
大きな溜め息にすごい弱気発言だ。どうやら強い女の人に会ったけど恐かったらしい…。…強い女?
ウルキはある人物を想像しながら苦笑いする。まさかだとは思うが、ガイエンの名前が出てくるとなると…。
二つ目の灯籠を過ぎた池の傍で、踞る人影が見える。黒い髪を上部だけ束ねているその人は、赤っぽい服が地面に着いているのも気にせず下を向いて池を見つめている。その周りにはどよーんとした暗い空気が漂っていた。
ウルキは確信して後ろから声を掛ける。
「…アイサク様?」
瞬間、赤い服がぶわっと動き獣のような眼光がウルキを睨む。抵抗する間もなく、ウルキはその場に押し倒され首元には鋭い刃が向けられた。
驚くウルキに覆い被さるようにアイサクが上から彼女を見つめている。その瞳は冷たく、しかしどこか怯えているようにも見えた。と。
「…ルキ殿!?」
ようやくウルキのことを認識して、彼は慌てて上から退いた。そしてウルキの手を引き、起こして立たせた。
「もっ、申し訳無い!!気配に気づかなかったので奇襲されたのかと…こちらの不注意だった!!すまない!!」
慌てて謝るアイサクの姿は会談のときと印象が大分違う。あのときはキリッとしていて男らしく、王としての風格が備わっている気がした。
しかし今の彼は、おどおどして頼りないようにも見える。