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夢の中

ひと月が経った。

維心は龍の宮から、まるで片恋であったあの頃のように、維月の気をそっと読んでは、心を震わせていた。いつも同じ場所に安定して、じっと留まっている気に、まだ目が覚めないのだとため息を付いた。

十六夜の気がいつも傍にあって、そして時に蒼の気が来て、維月の傍にはいつも誰かしら居た。

しかし、眠っているはずの維月の気が、時に大きく乱れる時もあった。夢でも見ているのか…。維心はそう思って、気遣わしげに月の宮の方向を見てまたため息を付いた。

維心は、今日も奥の間へと一人入って行って、寝台に横になった。奥の間には、衣桁に掛けられた維月の袿が、維心に見えるようにある。維心はそれをじっと見つめ、思った。自ら手放した、何より愛おしい者…。思えば、あれは自分の命だった。あれが居なくなった今、もう何も、悲しみさえも、感じぬ…。しかし、まだ流れて来る涙を感じながら、そしてそのうちに、維心は眠りに落ちて行った。


十六夜はずっと維月の傍を離れなかった。

いつ目覚めてもいいように、常に傍で手を握り、見守っていた。維月の気は、時に揺れて時に凪いだ。恐らく、夢を見ているのだろう。フッと微笑んだ維月に、十六夜も頬を緩ませた。何の夢を見ている…?せめて夢でも、お前に会えたらなあ…。

十六夜はハッとした。そうだ、あの玉…。維月の夢に入って、そして話せたら。維月は気を失っているのではない。眠っているのだ。ならば、絶対に夢を見ているはずなのだ。

十六夜は起き上がった。

「蒼!」十六夜は叫んだ。「ちょっと維月を頼む!龍の宮へ行って来る!」

夜中であるにも関わらず、蒼はまだ起きていたのかすぐに来た。

「維心様と話すのか?」

蒼の問いに、十六夜は首を振った。

「いや、義心だ。」と、窓に歩み寄った。「すぐ帰る。」

怪訝な顔をしている蒼を置いて、十六夜は龍の宮へと向かった。


宮は、シンと静まり帰っている。よく考えると夜中だったなと十六夜は思い、自分が誰の結界にも掛からない事をつくづく便利に思った。維心も寝ているだろうし気付かないだろう。十六夜は、義心の部屋へと急いだ。

義心の結界を抜けて部屋に入ると、気配に目を覚ました義心が驚いたように十六夜を見た。

「…十六夜か?なぜにこのような時間にここへ。」

十六夜は、義心に歩み寄った。

「あの玉を返してくれ。」十六夜は手を出した。「維月が目覚めねぇ。あれで夢の中へ行く。」

義心は、問うた。

「いったい、維月様はどうなさったのだ。池へ身を沈めるなど…王は何も言わずに戻られて、淡々と政務に明け暮れるのみであられ、しかもよくお休みになっておらぬのか、毎日険しいお顔で、沈み込まれて…。」

十六夜は、下を向いた。

「オレが悪い。維月が維心を想ってる事を妬んでたのは確かだが、それをつい、責めたんでぇ。維月はそれで自分を責めて、死ねないから身を隠そうとした。どっちも選べないと悩んでたあいつに、それでもいいと言ったのはオレなのに。維心はそれを知って、自分から身を退いたんでぇ。」

義心は、十六夜を見た。自分にすら同情してあんな玉を手渡してくれる十六夜が、王には、やはりわだかまりがあったというのか。それほどに、維月様は王を想っていらっしゃるのか…。

義心は、傍の引き出しを開けると、巾着を十六夜に渡した。

「維月様は、きっと分かってくださる。どうか王に、維月様を許して差し上げて欲しい。十六夜…主は特別であろう?維月様はいつも、月の宮へ帰られると子供のようなお顔をなさっていた。王はそれをどれ程に羨んでおられたことか…。主には勝てぬと、それは苦しんでいらした。我など割り込めるはずもない。我は、あれでもう満足よ。」

十六夜は、巾着から玉を取り出して見ると、頷いた。

「義心…すまねぇな。オレ達は維月が居ないと生きられねぇ。維心だって今どれ程苦しいか。お前にまで許す余裕は、オレにも維心にも、それに維月にも無いんだ。あの夢で辛抱してくれよ。」

義心が頷くのを見て、十六夜は飛び立った。義心は、涙を流した。分かっている。ただ想う事さえ許されるなら、我はもう、それ以上は望まぬ…。


あの玉を握り締めて月の宮へ取って返した十六夜は、蒼にその玉を見せた。

「これは、紫銀が長い事持ってた玉で、昔この辺りに住んでいた神達が作ったものらしい。夢の中へ入ることが出来るんだ…一番自分が想ってる者のな。」

蒼はその桜色の玉を見た。不思議な感じがする…でも、なぜそれを龍の宮で?

「龍の宮ってことは、維心様が持っていらしたのか?」

十六夜はしばらく黙って、首を振った。

「いや。オレが、義心に渡したんでぇ。あいつが不憫だと思ってな…だが、維心が維月と一緒に居る時だと、あいつは気取って夢に割り込むなんてことを、知らずにやりやがった。だから、今は使ってはいなかったがな。」

蒼は驚いた。維心様は、知らないのか。でも、知らなくても夢の中にまで割り込んで行って母さんをって、維心様はどれほどに母さんを想っているんだろう。蒼は変に感心しながら、その玉を見つめていた。十六夜は、玉を握り締めて維月の横に横たわった。

「じゃあ、ちょっと維月と話して来る。それで戻ってくれたらいいんだが、そう簡単には行かないかも知れないがな。ま、明日の朝また話すよ、蒼。」

蒼は頷いて、立ち上がった。

「じゃあ、オレは戻るよ。母さんの性格は知ってると思うけど…十六夜、意地を張っちゃ駄目だぞ。二人ともいじっぱりだから、心配なんだ。」

十六夜は笑った。

「大丈夫だよ。今回は、オレだって反省してるんだ。いくら我がままだと言われようが、オレと維心の為に戻ってもらわなきゃならねぇ。」

蒼はえ、という顔をした。

「維心様は、もう割り込まないって…」

十六夜は苦笑した。

「あいつがどれほどつらい思いをしながらそれを言ったと思うんだ?あいつもオレと一緒なんでぇ…ただ、維月に辛い思いをさせたくない。だからオレ達は、一緒なのさ。」

蒼は黙って微笑んだ。十六夜は微笑み返すと、手にした玉に気を込めて、そして目を閉じて維月の中へと入って行った。


維月は、今日も一人勉強していた。勉強が好きな訳ではなかったが、このまま行くと、留年してしまいそうな勢いで、前回のテストの成績が悪かった。

窓を向いた机の上で、黙々と計算式を解いていた維月は、ふと、月を見た。なぜか気になる月…。何かとこうして話していたような気がしてならない。自分は、いつも誰かと一緒に勉強していたような…そんな気が…。

維月は首を振った。そんなはずはない。だって自分には兄弟も居ないし、父は単身赴任で家におらず、居るのは母だけだからだ。母は維月の勉強を見たり絶対にしない。なので、これは気のせいなのだ。

また計算式を解き始めた維月は、背後に何かの気配を感じた。母が起き出して、何か持って来てくれたのかしら。でも、母はそういうことは一度もしたことがないし、多分違う。では、父が帰って来たのかしら。

振り返ったそこには、見たことも無いような色…青いような、銀色の…髪に、金色のような茶色の瞳の、背の高い男が一人、立っていた。維月はびっくりして立ち上がった。

「誰?!」

その男は苦笑した。

「維月…勉強か?」その男は言った。「ああこれか。これはな、ここに数字を代入するんでぇ。」

維月は、なぜか危険な気がしないその男に問い掛けた。

「…どうしてここに居るの?」

相手は少し黙って、言った。

「話しに来た。」相手はじっと維月を見た。「ここはお前の夢の中だ…維月、オレを忘れようとしてるのか?だから、月と話せた事実は忘れちまっているのか。」

維月はハッとして月を見上げた…誰かと話していたと思っていたのは、月だったのか。そう、自分は月と話していた。月は小さい時からお遊戯の練習から、水泳の練習、それに苦手な食べ物の克服の仕方まで一緒に考えてくれたじゃない。どうして忘れてしまっていたのかしら…。

「…あなたは、誰?」

相手は答えた。

「オレは、月だ。名は十六夜。お前とオレは、結婚の約束をした。そうだろう?」

維月は河原の土手を思い出した。私は月に結婚しようと言った。月はそれを受けてくれた。どっちかが、どっちかと同じようになったら…。

「私が、月になるか、月が、地上に来られたら…。」

十六夜は微笑んで、頷いた。

「そうだ。オレは地上へ来た。お前はどうする?」

維月は、みるみる涙を流した。

「ああ月!私は…あなたに会いたかった…!」

十六夜は、抱きついて来た維月を抱き締めた。高校生の頃の維月。まだ顔はどこか幼くて、それでもこれは間違いなく維月だ。

「維月…愛している。」

「私もよ。」維月は言った。「私も愛しているわ、十六夜。」

十六夜の名を呼んで、維月はハッとした。この名…どこかで…。

維月は、頭を抱えた。

「十六夜…。」

十六夜は、維月を抱き締めながら緊張した。回りが目まぐるしく変化する。維月が混乱して、景色が定まらないのだ。

「十六夜…私…」

維月は、成人した姿になっていた。来ているのは着物…神の世に行ってからの格好だ。回りは、月の宮の自分たちの部屋だった。

「維月…お前に謝らなきゃならねぇんだ。オレ…妬んで嫌なことを言ったな。自分がいいって言ったことなのに、お前が悪いんじゃない。」

維月は、何かを思い出したような顔をした。そして、涙ぐみながら言った。

「私が悪いの。」維月は言った。「私のことなんて忘れて。十六夜、維心様も、二人とも私が黄泉がえりしなかったら、こんな嫌な思いをせずに済んだのに。私が安易に帰って来たばっかりに、こんなことに…。もう、池の底に沈めて置いてくれていいのよ。」

十六夜は首を振った。

「必死に探し出したんだ。お前をあんな所に置いておける訳ねぇじゃねぇか。大事に育てたオレの妻なんだ。維月…オレと維心のために、目を覚ましてくれないか。お前は悪くないんだ。オレ達が勝手に争ってるだけで。維心だって反省して、死ぬほどつらい思いをしながら、お前から身を退くと言ったんだぞ。お前が二度とこんなことをしない為に。だけどあいつは、あれほどお前を愛してた…本当にひとりぼっちで、今度こそ死んじまうかもしれねぇ。放って置けるのか?長く孤独を生きて来たオレ達二人と、ずっと一緒に居てくれるんじゃなかったのか。」

維月は、涙をこぼして十六夜を見た。

「だって私は…十六夜のことを思いやったりもしないで。愛してるんだもの、十六夜が平気でないのも当然なのに。そんな風には感じなくて、気に掛けもしなかった。嫌な女…。」

十六夜は維月を抱く手に力を込めた。

「あのな維月、オレは心があればいいって言ったじゃねぇか。ただ、お前が維心をあまりにも好きだから、オレだって冷静で居られない時もあっただけでぇ。他のヤツだと仕方なくって感じのお前が、維心に対しては自分からだって体を重ねたりしてただろうが。その記憶を見た時に、維心だけはちょっとイラっとしちまってよ。それだけなんでぇ。自分だって同じことしてんだから、今思うといいじゃないかと思うんだけどな。」

維月は首を振って下を向いた。

「いい訳ないわ。普通じゃないんだもの。神の世ではたまにあるとは聞いたわよ、女王だったりしたら、複数夫が居るとか。でも、私普通に月だし。そんな偉くも無いし。なのに維心様と十六夜を、なんて。酷い女よねって思った。でも、生きてる限りは神の目について、それでまた誰かを不幸にとか思ったら、身を隠したほうがって思ったの…。どこかで生きていたら、十六夜も維心様も悲しまないと思って。なのに見つかるなんて…でもどうやって見つけたの?とても深くに潜って、絶対に大丈夫と思ったのに。」

十六夜は維月の頬を撫でた。

「オレを誰だと思ってる。月だぞ?お前が何かしようとしてると聞いて、その行動が読めないと思ったのか。きっとあそこへ行くと思って見てたんだ。案の定お前が居て…池に入って行ったのが見えたから、慌てて追い掛けたんでぇ。維心も義心も、龍の軍神達一個大隊があの池に潜って大変だったんだからな。」と、ため息を付いた。「ま、それでも見つけられなくて、最後は亀に聞いた。そしたら神格化したヤツで、お前の所まで案内してくれたという訳さ。維心があの池を、濁って見えないと言って浄化したから、その礼みたいなもんだろうがな。」

維月は遠い目をした。

「維心様も…。」

十六夜は、維月を抱き締めて口付けた。これが夢だとは思えないほど、しっかりとした感覚で驚いた。

「維月、目を覚ませ。お前は生きて傍に居てくれるだけでいいから。勝手に取り合っている男達を、お前は高見の見物してりゃあいいのさ。ただお前自身が想うのは、オレと維心だけにしてくれよ。それは生涯掛けて、違えるな。」

維月は、じっと十六夜を見た。

「本当に愛しているの。」維月は言った。「十六夜…私はあなたとの事ばかり思い出していたわ。生きて来た道を見ていたら、それしか出て来ないのだもの。でも、あれほどに愛してくれる維心様も、私はやっぱり愛してる…。本当に、こんな女なのに、いいの?」

十六夜は頷いた。

「お前だったらなんだっていいってのが本音だ。」十六夜は言った。「ただ、お前が傍に居なきゃ駄目なんだ。」

維月は十六夜に口付けた。十六夜はそれを受けて、抱き寄せる腕に力を入れた。

二人はこれが夢の中だと、すっかり忘れて愛し合った。

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