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それぞれの決断

義心は、龍の宮の宿舎の、自分の部屋で飛び起きた。王が、呼んでおられる…一個大隊を。いったい何があったのか。

すぐに甲冑を身に付けると、急いで王の気を辿って軍神を率いて飛んだ。夜が白々と明けて来ている。気を感じた王と十六夜が、池から出て来て義心は驚いた。なぜに王がこのような池の中に。そもそも、王が水に入るなど、前例のないことだ。

「義心。」維心が全身びっしょり濡れまま飛んで来て、言った。「池の中を捜索せよ。維月がこの中のどこかに、気を遮断する膜に包まれたまま沈んでおる。月であるから死なぬ。だが、一刻も早くこんな所から出してやりたいのだ。」

義心はびっくりして、言葉を失った。思わず知らず、身が震える。維月様が…この池に沈んでおられると言うのか。しかも、気を遮断する膜に隠れて…なぜに、そのようなことに…。

しかし、義心にそれを問うことは許されていなかった。軍神は王の命に従うのみ…。

義心は、維心に頭を下げた。

「は!」

そして軍神達を振り返ると、次々と指示を出し、軍神達は頭を下げて、また次々と池に飛び込んで行った。それを見た維心と十六夜は、自分達も池に再び入って行った。


池は、龍の軍神達の一個大隊が浸かって、神の見える者ならば水面が龍の甲冑の色の青い色に染まっているのが見えた。池の水の量は増え、溢れている。龍達は水の中はお手の物なので、維心もそれはすいすいとまるで空でも飛んでいるかのようだった。神達に、暗さは関係ない。だが、濁りはなかなか透視出来なかった。なので、維心が水を瞬く間に浄化し、濁りを消し、視界を開いた。

日が昇って水の中は広く見渡せるようになったが、維月の姿は全く見つからなかった。その池は自然に出来たもので、底は複雑にゴツゴツと岩が転がり、人が一人入るような窪みが山ほどある。それは、横の淵もほうも然りだった。それを、軍神達が一つ一つ確認している。維心もそれに混じって必死に探した。普段王が軍神と共にこのようなことをすることはない。大体は離れた所で報告を待つ。なのに、維心は自ら岩の隙間と言う隙間を飛び回っていた。それを見た軍神達も、何が何でも見つけなければと一生懸命になった。

十六夜は、探しても探しても見つからない維月に、水底で膝を付いていた。このままじゃ、見つからない。恐らく、維月は自分から、誰の目にも付かない場所へ入って行ったのだ。 ずっとずっと、出来れば永遠に誰にも起こされないような、そんな場所に。

十六夜は頭を抱えた。気も読めないのに、探し出せるはずはない…維月は身を隠そうとして、見つからないようにしているはずだ。池の中を、大きな亀が通りがかった。十六夜はその亀に、念で話し掛けた。

《なあ、ここに入って来た女がどこに居るか知らねぇか。》

返事は期待して居なかったが、その亀は十六夜の方を向いた。

《…なんだ、この龍達はあの女を探しておるのか。》

十六夜はびっくりした。この亀は、神格化しているのか。

《お前、神か。》

亀はため息を付いた。

《ま、そうだ。長く生きておったらいつの間にかそうなっていたんだが、ここの水が汚れて困っておったら、入って来たあの女の回りの水だけ綺麗に浄化されるもんだから、また便利な女が来たと思うておったのよ。あのまま置いておったら、池の水全部が綺麗になるなあと。》

十六夜は、亀の甲羅を両手で掴んだ。

《どこだ!もう維心が水を浄化したんだ、構わないだろ!どこだ!!》

亀は揺すられて、目を回した。

《おい…乱暴だの。教えてやらぬとは言っておらんだろうよ。せっかくここまで生きて来たのに、死んでしまうわ。付いて来い。》

十六夜は、亀について泳いで行った。維心が遠目にそれを見て、急いで後を追った。

亀は、どんどんと奥へ入って行った。すると底に空いた岩の間の穴に入って行く。十六夜が付いて入って行くと、それは横へと曲がった狭い穴になっていて、洞窟のように奥へ奥へと続いた道のようだった。

その奥へまだ進んで行くと、少し開けた場所があって、そこには水草の中にふんわりとくるまれるように、薄っすらと黄色い膜に包まれた、維月が眠る様に目を閉じて浮いていた。

《維月!》

十六夜は、必死にそれに近寄ると、回りの水草を避けて維月を抱き寄せた。温かい…命は落としていない。やはり月だから…。

《水草は我のサービスなんじゃぞ?》亀は言った。《水をきれいにしてくれるゆえ、眠りやすくしてやろうとの。》

《おお維月!》後ろから、維心の念が飛んで来た。《維月…このような奥に…早く連れ帰ろうぞ。》

十六夜は維月を抱き締めて、亀に礼を言った。

《世話になったな、帰る。ここはまた汚れたら維心になんとかしてもらうから、月に言え。わかったな。》

十六夜は維月を抱いて、急いで来た道を戻った。維心がそれを追って来るのを感じる。十六夜はひたすらに維月を抱き締めて、水面を目指した。


十六夜は水面に顔を上げると、維月を抱いて岸へ上がって、纏っていた膜を破り、維月に必死に呼びかけた。

「維月!維月!」維月はじっと目を閉じて、ただ眠っている。十六夜は維月に頬を摺り寄せた。「維月…なんてこった…お前はどれだけ悩んだんだ。オレのせいで…オレが自分を抑えられなかったせいで…。」

維月の髪から、水が滴り落ちた。維心が言った。

「とにかく、早く着物を代えねば。このままでは、体に悪いであろう。」

十六夜は頷いた。

「…すまねぇが、月の宮へ連れて帰る。維心、オレ達の事はまた考えよう。維月を起こさなきゃならねぇ…。傍に居てやりたいんだ。」

維心は視線を落としたが、頷いた。

「我も参る。せめて傍に居させてくれ。」

十六夜は小さく頷いて、維月を抱いて飛び立った。維心は義心に引き揚げるように言い、すぐにそれを追って飛んで行った。


月の宮の侍女達は、涙ぐみながら維月を拭いて着物を着せかけた。着ていた人の服は持ち去った。

髪もきれいに乾いた維月は、ただ眠っていた。顔色も悪くなく、まるで本当に、眠っているだけに見えた。十六夜は何度も維月に口づけた。だが、何の反応もなく、ひたすらに眠り続けている…人に、戻りたいのか。維月はそう考えたのか…。

維心が、維月を見つめて言った。

「…維月は、辞世の句を呟いた。」維心は、夢で見た光景を思い出した。「1000年以上昔、人の世で流行った物語の中で、二人の男の間で悩んで河へ身を投げた女が、詠んだ和歌だ。我は夢に見た…我らは、連動しておるゆえ。」

十六夜は、人であった維月が学生時代、好んで読んでいた源氏の話を思い出した。維心が言っているのは、おそらくそれだろう。浮舟という女のことを、維月ははっきりしない女だと笑っていたものだった。維月があまりにもはっきりとした女だったので、十六夜も共に笑ったものだった。

だが、今の維月はもう笑えなかったのだ。そして自分を嘲るようにそんな和歌を口ずさんで、池へと入って行ったのだろう。十六夜は維月を抱き締めた。

「人に戻りたいのか。維月、オレを責めてるのか。自分のためにお前を月にして、オレの傍に連れ戻った事を。人のほうが、幸せだったのか…。」

「そんなことは無いと思うよ。」

後ろから、蒼の声が聞こえた。十六夜が振り返ると、歩いて入って来て、維月の顔を見た。

「十六夜…知ってるだろう。母さんはずっと死に場所を探しているみたいだった。人の頃、オレ達を守るためとは言っても、いろいろと抱えて無謀過ぎたんだよ。いつ死んでもおかしくないぐらい、がむしゃらに霧を浄化して回って…人の時が幸せだったなんて、オレには思えないな。だってさ、母さんはいつも、月ばっか見上げてたんだ。オレの小さい頃の記憶は、母さんが夜になると月をじっと見てたこと。居間のカーテンも閉めずに、部屋を暗くしてじっと座っていることが多かった。オレ、母さんは月になりたいのかなって、小さい時いっつも思ってたから。だから、オレの月のイメージって、本来女の人だったんだよ。十六夜が降りた時はだからびっくりしたけどさ。」

十六夜は、昔のことを思い出した。いつも、維月はこっちばかり見上げていた。まるで実体の無いオレと、目を合わせようとするかのように…。オレも維月ばかり見ていた。見ていれば維月は自分のものであるような気がして。お互いに、お互いをじっと見て生きていた。

「維月と話したい…」十六夜は腕の中の維月を見つめた。「こいつの望みを聞きたい。オレは月から見てるだけしか出来なかった時だって、ずっとそうだった。維月の望みを聞いて、それが叶うように二人で考えて、努力した。幼稚園の発表会の時だってそうだし、小学校のプールの時だって泳げない維月とどうすれば泳げるのか考えて練習を見ていたし、試験の時も一緒に勉強した。お前らの子育てだって一緒に悩んで育てた。こいつが望むなら、何だってする。何でも手を貸す。オレはそれしか望んでない。こいつの望みを叶えたい。ずっとそう思って来たんだ…忘れていた。」

蒼も、維心もじっと十六夜を見た。維心は胸が痛かった。わかってはいたが、十六夜は維月とずっと共に来た。おそらく維月という人格を作ったのは、十六夜なのだろう。そうやって育てて共に来たのだ。いつも二人で…。そこに、後から無理矢理割り込んでいった自分。維月が愛おしくて愛おしくて、手の中へ置いて、離したくないと、無理を言っているのは自分…その結果が、こうだ。維月は誰にも会わない選択をした。十六夜が見ていたからよかったものの、見ていなかったら今頃は探し出すことすら叶わず、ただ探し回っていたことだろう。

「我は…」

維心は、声を震わせた。わかっていても、諦め切れないこの想いはなんだ。だが、言わなければ。身を退くと。もう、二人の前には現れないと…。

「我は、主らの邪魔をするつもりも、維月を追い詰めるつもりもなかった。」維心は小さく震えながら、言った。「もう…」

維心は、維月を見た。慕わしい気。死しても離れたくはないと思っていた気。その維月を苦しめる存在が、自分なのだ。

「もう、主らの間に割り込んだりは、せぬ。」維心は言った。「すまぬ…十六夜。」

蒼が仰天して維心を見る中、維心はサッと身を翻すと、逃げるようにその部屋を出て、龍の宮へ飛び立って行った。

「維心…。」

十六夜が、去って行く維心の背に呟いた。維心はただただ、止まらぬ涙を必死で拭って、自分の宮へと飛んで行った。

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