束縛
十六夜は、湖の横の林で義心と話していた。義心は昨夜、確かに急に目を覚ました維月の夢の中へ囚われたが、またしばらくして眠ったらしい維月の夢の中で再び気が付き、その隙に戻って来たのだと言う。
「…まるで、眠るような感覚であった。」義心は言った。「気が付いた時も、眠りから覚めるような…。しかし、なぜに王が、維月様の夢の中へ。あれは、確かに夢などではなく、本物の王の気であったと思う。」
十六夜は、宙に浮かんで胡坐をかいていたが、考え込んだ顔で言った。
「…昨日は、維心と一緒だったからな。維月と一緒に寝てたから、無意識に気取って夢に入っちまったのかもしれねぇ。あいつは力が強い上に能力の高い神だ。自分でも知らない間にいろんなことが出来るヤツなんだろう。何より維月を想ってるから、そんなことまでしたんだろうよ。」
義心は残念そうにため息を付いた。
「…では、もう無理であるな。王が気取ったならば、これ以上は遮断されるだろう。」
十六夜は少し考えて、首を振った。
「いや、それなら今頃大騒ぎしていてもおかしくはねぇ。多分ただの夢だと思ってる。まあ、ちょうどいいじゃねぇか。お前がそれに溺れちまわないか心配してたところだったんでぇ。維月がここに里帰りしている時だけ、それを使いな。しかも維心の所に行ってる時は駄目だ。昨日みたいにな。いくらなんでも続いたら、維心は気取るぞ。あいつは維月のことに関しては、ほんとに神経質なんでぇ。」
義心は頷いた。
「…確かに、我はこれのことばかり考えておった…ここが月の宮であるからよかったものの、これが帰ってからであったら大変であったわ。軍務に支障をきたすからの。少し自重しようぞ。」と、踵を返した。「すまぬ、十六夜。手間を掛けたの。」
十六夜は頷いた。
「構わねぇ。」と、十六夜は宮へ向けて舞い上がった。「お前がちゃんとわかってそれを使うならな。」
十六夜はそのまま、宮のほうへ飛んで行った。おそらく、自分の部屋へ戻ったのだろう。そこには、今日は維月も戻っていると言う。では、今夜は大丈夫なはず…。
義心は夜までは考えずに置こうと、訓練場のほうへと飛び立って行った。体を動かせば、忘れて居られるだろう。
維月は、またどこかへ行っていない十六夜を待っていた。維心ならこんなことはないが、十六夜は維月が帰って来るとわかっていても、時にこうして居ない時がある。待ち構えていられると、それはそれでとても気がかりで仕方がないのは維心で知っているが、十六夜のように、別にどっちでもいいような感じでも気になった。
しばらくすると、十六夜はどこからか飛んで帰って来た。そして維月を見ると、言った。
「ああ、帰ってたのか。朝は待ってたんだが、お前いつも維心の所に行ったら昼まで帰って来ないからよ。」
そんなことを言いながら、特に気にしている様子ではない。維月はため息を付いた。
「聞きたいことがあって、維心様が言うのを断って今日は早めに戻ったの。」
十六夜は部屋の床に降り立つと、じっと維月を見た。
「なんだ?何かあったのか。」
維月は頷いた。
「あのね十六夜、別に他意はないから普通に聞いて欲しいんだけど、私最近、毎日義心の夢を見るの。」
十六夜は知らぬ風で言った。
「義心?お前、気にしてるからじゃねぇのか。」
維月は首を傾げた。
「そうかもしれない。だって罪悪感があるの…私が神の世を知らずに居て、あんなことになってしまったのだし、義心はそれからも他に結婚もしないし、ずっと耐えてるのかと思うと…居た堪れなくて。でも、昨日はね、二人で会ってる夢を見ていたら、そこに維心様が現れて…それは怒ってて、物凄く怖かった。半端ない怒り方だったのよ?あれほどは初めて見たわ。」
十六夜は笑った。
「そりゃそうだ。他の男が維月にべったりなのを見た維心が、正気でいられるはずがないじゃないか。しかも臣下だろ?そりゃあ怖かったろうなあ。」
維月はまあ!と膨れて横を向いた。
「もう、笑い事ではないほどだったんだから。私はそれで目が覚めて、それで横を見たら…維心様が苦悶するような顔で寝てらして。夢をご覧になっていると思って起こしたら、私が見ていた夢と同じことを言われたの。それって、おかしくない?隣で寝ていたとは言っても、夢なのに。神って夢まで連動するものなの?」
十六夜は、義心の言っていたことと合わせて考えて、やはり維心は維月の夢を見たのだと思った。心をつなげる維心が、隣でけしからぬ夢を見ている妃を無意識に気取って、その夢に入っていてもおかしくはない。十六夜は言った。
「維心とお前は、何回も心を繋いでるし、リンクが緩くなってるんじゃないか。おまけに維心は寝てたってお前の事ばっか考えてると思う。賭けたっていいぞ。それが隣りでそんな夢を見てりゃあ、そら気取りもするわな。」
維月は身震いした。
「確かに維心様のことを愛してるけど、そこまでって怖いわ。だって夢よ?私も好きで選んで見てる訳じゃないし…これからもそんなことになったらどうしよう。維心様、眠るのさえ許してくれなくなりそう…。」
十六夜は気の毒そうに維月を見た。
「お前も大変だなあ。だが、維心は自分の夢だと思ってるんだろう?だったら大丈夫だ。これからは、維心の隣ではそんな夢は見ないこった。」
維月は恨めし気に十六夜を見た。
「どうして十六夜はそうなのよ。夢なんて選べないっていったでしょ?」と、怒って背を向けた。「もう、私が真剣に悩んで相談してるのに…。」
十六夜は笑って維月の背を抱いた。
「わかったわかった。拗ねるなよ。オレの隣では大丈夫だし、今夜は安心して夢を見な。それから、お前もオレも月だし、念じれば大概は叶う。維心と眠る時は、そういう夢を見ないって心に決めて眠るんだ。それだけで、結構いけるはずだぞ?それでも見るようなら、重症だ。オレも原因を突き止めてやるさ。」
維月は、肩の力を抜いて、十六夜を見上げた。
「本当?ねぇ、十六夜、他に何かあるんじゃあ…」
「ストップ」十六夜は言った。「とにかく、今度維心の所に行ったら試してみな。心配するのはそれからだ。わかったな。」
維月はため息を付いて、頷いた。
「わかったわ。じゃあ十六夜、今日は一緒に出掛けましょうよ。なんだか宮の中ばかりで飽きちゃった。」
十六夜は笑って維月を抱き上げた。
「よし!じゃあ、緑青の所へでも行くか。あいつは暇だから、遊びに行ってやると喜ぶぞ。」
維月は笑った。
「ふふ、そうね!行きましょう。」
十六夜は、自分達の部屋の窓から飛び立った。
維心はそれを感じて、慌てて自分の部屋の窓へ走り寄ると、二人を不安げに見送っていた。
十六夜と維月が緑青の鶴の宮で楽しんで帰って来ると、ちょうど訓練の終わった軍神達が、それぞれ思い思いの場所へと飛び去って行く所だった。
その中には義心も居て、李関と信明と共に宿舎へと戻って行く所だった。義心がこちらに気付いて、すいっと飛んで来たかと思うと空中で膝を付く形になった。
「…訓練なの?ご苦労様。」
維月が、少しためらいながら言った。義心は答えた。
「はい。こちらの軍神達も、日々精進して腕を上げておりまする。」
維月は頷いた。
「そう。よかったわ。早く神の世の軍らしくなったらいいわね。」
「遅かったではないか。」維心の声が飛んだ。維月はびっくりしてそちらを見た。「待っておった。」
維心が、傍に浮いていた。それを見た十六夜が呆れたように言った。
「だから心配ないって言ってるじゃねぇか。オレが付いてるんだからよ。」
維心は十六夜を睨んだ。
「主は信用できぬ。嗣重のこともあるしの。」と、維月に手を差し出した。「さあ、維月。」
維月は十六夜を見た。十六夜は仕方なく維月を離した。維月が飛んで維心の手を取ると、維心はその手を引いて抱き締めた。
「…今宵も、我の所へ来い。」
十六夜が首を振った。
「駄目だ。あのな維心、我がままばっか言うんじゃねぇ。龍の宮へ帰さないぞ?それでもいいのか。」
維心はじっと黙った。いつもなら怒ったように頷く維心が、今日は感じが違う。何か思い詰めているような…維月はそれを感じて、十六夜に言った。
「十六夜、もう一晩だけ。明日は部屋に帰るから。」
それを聞いた維心は、驚いたように維月を見た。きっと、行けないと説得しようとすると思っていたからだ。十六夜は維月の目をじっと見て、頷いた。
「…そうか。お前がそう言うなら、明日まで待ってやる。だが今度だけだぞ?維心。」
維心は頷いて、維月に微笑み掛けた。
「維月…我の無理を聞いてくれるのか。」
維月はフフッと笑った。
「仕方がありませんわ…維心様は大きな赤子でございまするから。」
「こやつめ!」維心は維月に頬を摺り寄せて、ふと義心を見た。「おお義心、ここの軍神は育っておるか?」
義心は頭を下げて答えた。
「は!段々に実戦に対応できるようになって参っておりまする。」
維心は頷いた。
「よう指南してやれ。ではの。」
維心は二人に背を向けると、維月を抱いてその場を飛び去った。十六夜がそれを見て言った。
「…何か感じてやがる。」十六夜は言った。「今夜は絶対に行くな、義心。維月も維心の様子がおかしいと思って、あんなことを言ったんだ。やっぱり維心は最強だと言われるだけあるな…侮れねぇよ。たかが夢だってのに。」
義心は黙って頷いて、二人を見送った。そう、誰よりも敬愛する王の、寵妃が我の、誰よりも愛するひと…。
義心は現実を見て、深くため息を付いた。
十六夜はそんな義心を見て、同じようにため息を付いたのだった。