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逢瀬

宿舎に戻った義心は、まだその玉を見つめていた。

そうしているうちに、月は高く昇り、夜も更けていた。義心は悩んでいたが、思いきってその玉を手に横になると、目を閉じて念じて見た。スーッと眠るような感覚の後、義心は見覚えのある宮に立っている自分を感じた。

そこは、龍の宮だった。皆が歩き、すれ違うもの達は義心に頭を下げて通って行く。いつもと何も変わらぬ宮の様子…。これが夢の中など、義心には思えなかった。

ふと、窓の外を見ると、維月が一人庭を散策していた。義心は思いきって、そちらへ足を向けた。

維月がこちらに気付いて驚いたように義心を見る。義心は膝を付いた。

「…義心。」維月は言った。「どうしたの?何かあった?維心様と会合へ出掛けたのではない…?」

そういう夢だったのか。義心は首を振った。

「本日は王は、我はお連れくださいませんでした。非番でございまするゆえ。」

維月は頷いた。

「そうなの。ではお休みなのね、義心。」

義心は頷いた。これは夢なのだ…義心は言った。

「維月様…宮の外の森の花が、見事でございました。参られるなら、お供いたしまするが。」

維月はどうしようかと迷うそぶりを見せたが、ソッと言った。

「…では、外で待っていて。すぐに参ります。」

義心は驚いた。本来、絶対に受けるはずのない事だったからだ。王の留守に臣下と二人きりで散策など、許されるはずはない。あまつさえ気取った維心がどんな勢いで帰って来るか分からないからだ。義心は頷いて、頭を下げた。

「はい。お待ちしておりまする。」

維月は頷くと、また歩いて行った。

義心は、急いで外へと向かった。維月と二人で森を歩けるとは。いつもは王と共に散策されるのを、遠くから見ているしか出来なかった…。

森の入り口に着くと、維月がもう到着していて入り口を少し入った所で、隠れるように立っていた。庭のほうから抜けて出たのだと義心は思ったが、思えばこれは夢であるので、すぐにここへ来ることも出来ただろう。義心は微笑んで歩み寄った。

「維月様…。」

維月は恥ずかしげに影から言った。

「さあ、奥へ。花の所へ参りましょう。」

義心は頷いて、並んで歩いた。天気が良く、風が心地よい。こんなことが許されるはずはないのに。義心は維月から漂う気や、優しく甘い香りを感じて思った。何もかもが、まるで現実のようだ…。

花に見とれて嬉しげな維月に、義心はソッと身を寄せた。ますます近いその距離に、義心は堪えきれず維月を抱き寄せた。

維月は驚いたように身を震わせ、言った。

「義心…維心様がどれ程に…。」

義心はしっかりと維月を抱くと、言った。

「…これは、夢なのですよ。」驚く維月に、義心は続けた。「その証拠に、本当なら烈火のごとく怒られて飛んで来られるはずの王が、ここには来られない。あなたがそれを望まないからです。」

維月はハッとしたような顔をした。

「義心…夢…?」

義心は頷いた。

「そう、夢…私はあなたに会いに参った」義心は唇を寄せた。「愛している…何よりも心から、あなただけを…。」

唇が触れた。その感触は、夢ではない。深く強く、義心はいつまでも維月に口づけて、離さなかった。維月もまた、ためらいながらそれに応えていた。

風が吹き抜け、時が経っても、維心が現れる様子はない。義心は我を忘れそうになる自分を必死に抑え、言った。

「…この先に東屋がございます。茶でも召し上がりまするか?」

維月は戸惑った。急にこのようなことを言って、きっと驚かれたに違いない。だが、このままではこの場で維月を奪ってしまいそうで、これがいくら夢の中とは言っても、義心にはそれはためらわれたのだ。

維月は、そっと身を離した。

「義心…もう日が傾いているわ。維心様もお帰りになるはず…もう、戻ります。」

義心はそれを留めようかと思ったが、そのように焦るなど自分らしくもないと思い直し、頷いて、維月が宮へと戻って行くのを見送った。


義心は、目を覚ましてそこが月の宮の軍宿舎であることを知った。手には、しっかりとあの玉を握り締めている。我は維月様とあのように会った…。まだ、唇の感触も、抱いた腕の感触もはっきりと残っている。まるで現実のよう…。そして記憶も鮮明だった。

義心は起き上がって、昇って行く太陽を見た。早く夜が来れば良いのに…。

その日、月の宮の庭を十六夜と歩いて行く維月を見掛けた。維月はこちらに気付いて、ためらいがちに下を向いたが、軽く頭を下げて通り過ぎた。きっと、昨夜の夢は維月も覚えていて、そんな夢を見た事に驚いていることだろう。義心は何も気付かぬように、頭を下げてそれを見送ったのだった。


その日は、なかなか維月の夢に入れなかった。恐らくまだ眠っていないのだろう。義心は逸る心を抑えながら、ただ維月が眠るのを待った。

深夜になり、月も傾く頃、ようやく維月の夢に入る事が出来た。そこは月の宮の中で、義心は早く維月に会いたくて、足早に探して歩いた。

維月は、やはり庭に居た。義心が歩み寄って行くと、維月は驚いた顔をした。

「まあ…私はまた夢を見ているの?」

義心は微笑んだ。

「恐らくそうでしょう。」義心は答えて、その手を取った。「本日はどちらに?また森へ参りまするか。」

維月はためらっていたが、思いきったように頷いた。

「ええ。夢なら構わないわね。義心…私はいつも案じていたの。あなたが一向に結婚しないから…私のせいなのだって…。」

義心は維月を抱き上げて、飛び上がった。

「良いのですよ。こうして夢で会えるではないですか。誰も咎める事はない。こうして飛んでいようとも…。」

維月は微笑んだ。

「ええ、そうね。あなたがそう言うのなら、いいわ。」

義心は、月の宮の森へ降り立った。木々の間を散策していると、木漏れ日に維月がキラキラと光っているように見えた。その姿は、いつも遠目に見て想いを秘めて、じっとこらえるしか出来なかったもの…。それが、今はこんなに近くに居る。義心は維月を抱き寄せ、ただじっと佇んだ。維月は黙って抱かれている。甘い香りと、癒される気。それに包まれて、義心は維月に口づけた。

維月はまた戸惑いながら、それを受けた。義心は深く長くその感覚に酔い、抱き締める腕を袿の内側に入れて、襦袢の上から維月の体を感じながら自分の身に引き寄せた。

ふと、何かの気が、急によぎったかと思うと、全く突然に、二人は引き離された。

「何をしておる!」火のように怒った、維心がそこに立っていた。「これは我が妃。そのような事は許さぬ!」維月を見た維心は、さらに言った。「主も!なぜに他の男と二人きりでこのような所へ参った!」

維心は、維月を引き寄せ、その場に押し倒して組み敷いた。そして首筋に顔をうずめて、袿の前を荒々しく開いた。

「きゃあ!」

突然のことに、維月は驚いて声を上げる。義心が止めようと足を踏み出した時、辺りは急に薄暗くなり、義心は眠気を覚えてその場に倒れた。


維月は、月の宮の維心の対で目を開けた。胸がドキドキしている。なんて夢…やっぱり、あんな夢を見る事に罪悪感があったのかしら。

ふと見ると、隣で維心が維月を抱いて眠っていて、眉をひそめている。苦悶するような表情に、維月は維心を揺すった。

「維心様…いかがなさいました?維心様?」

維心はハッと目を開いた。維月を見て、ホッとしたような顔をすると、抱き寄せた。

「…夢を見た。」維心は言った。「あのような夢を見るとは…我もわだかまりがあるようよの。」

維月は急に不安になって、訊ねた。

「どのような夢を?」

維心は眉をひそめた。

「…主と義心が、森を散策しておった。義心が今にも主を押し倒すのではないかというほど激しく主に口づけておってな。」維心はフッと自嘲気味に笑った。「我は我を忘れてしもうた。あれの目の前で主を…」維心は首を振った。「夢よ。主はここにおる。のう、維月…。」

維心は、維月に口づけて頬から首筋へと唇を這わせながら、それを振り切るように維月を愛した。維月はそれを受けながら思った…もしかして…これはただの夢ではないのでは…。明日、十六夜に聞いてみよう…。

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